プロローグ 偽りのホームズ
「シャーロックさん、今回もまた警察の手に余る難事件を解決したそうですね! 」
家を出ると、マイクを片手に持った有象無象の記者たちに一斉に取り囲まれる。彼らの目的は私の隣にいる背高の男、シャーロック・ベイカー、町はずれで私立探偵事務所を経営しており、これまで警察に協力し数々の難事件を解決してきた。噂好きのメディアたちは、シャーロックホームズの再来だ、ともてはやし、いつもいつもこうして事務所の前には囲み取材の列ができるほどになっている。
「ほら、失礼。これから大事な用があるんだ。事件の話ならスコットランドヤードのほうに行ってくれ」
半ば無理やり記者たちの間を縫って、待たせていたキャブに乗り込む。シャーロックは、記者たちには目もくれず、まっすぐにキャブに乗り込む。
「ワトスンさんも大活躍だったと聞きました! 何か一言コメントを!! 」
記者のいう通り私、アーサー・ワトスン、もこの事件の解決に一枚噛んでいる。シャーロックの助手として、現場をめぐり死体や証拠品を検証したり。時には重要な証拠を見つけたこともある。
「私から言うことはありません。それでは」
帽子を軽く外して会釈をしながら、車に乗り込む。記者たちの猛攻を遮るように、半ば強引に扉を閉めて運転手に車を出すよう促す。ゴミにたかるハエのようなマスコミを振り払い、タクシーは夜のロンドンを走り出した。やっと静かになった。行きかう交通の音と、横にいる男の笑いをこらえる音を除いて。
「クク…… アッハハ! だめだ、もう我慢できねえ! やっぱりあいつら、バカだよな。なあ、お前もそう思うだろ、アーサー」
これがこいつの本性。記者やヤードの前だとミステリアスを気取ってあんまり喋らないが、うらでは人を見下ろしバカにする癖がある。
「あいつら、俺たちがゴーストディテクティブだってこと知らずに、ずっと持ち上げんの。"現代のホームズ"、"ロンドンの天才探偵"だとさ! 全く笑っちまうよなあ」
そう。シャーロックホームズの再来、とか持ち上げられてはいるがすべて演技。事件現場に行って検証はするが推理は全くの別人が行っている。それをまるで自分の手柄のように振舞い、いつしかロンドンの超有名人。裏を返せばイギリス全土をだます天才詐欺師だ。まあ、シャーロック曰く、推理をしてくれている人物もそれを許してくれているとのことだが…… しかし、その片棒を担いでしまっている自分も、共犯者である。学生時代の知り合いだった、こいつにこの話を持ち掛けられ、あれよあれよという間に流れに乗せられてしまった。大学で医学を専攻していたが、交通事故にあって、手先の神経をやってしまい、そんな絶望の最中でこの男にうまく乗せられてしまったのだ。
「あんまり調子に乗るなよ? お前のその性格だといつかボロが出そうで……」
心配すんなよ、とシャーロックに肩を小突かれる。まあ、こいつの演技力はそこら辺の俳優に引けを取らないのは、重々わかっている。だからこそ、マスメディアに取り上げられるほど、知名度が出てしまっているのだ。
「……ほら、もう着くぞ。 今日こそ、”D”に合わせてくれるんだろうなあ」
そう。わざわざ玄関前の鬱陶しいマスコミをかき分けてでもこうして外出してきたのには理由があるのだ。『D』。シャーロックはそう呼んでいる。ゴーストディテクティブというだけあって、もちろん本物の現代のホームズがいる。それが、シャーロックが呼ぶ『D』という人物らしい。これまで私が何度会わせてほしいといっても、シャーロックは頑なに会わせようとはしなかった。しかし、なんの風の吹き回しか、急に会食の約束をとりつけてきたのだ。
「もちろんだ。なんてったって今日は”D”のほうから俺たちに会いたいって言いだしたんだからな」