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法律少女の裁定行脚(ジャッジメント)  作者: 五五五
第一章「辺境法務官、見参!」
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第5話

 ベルトールの屋敷から出て、宿へと戻る途中、アリシアはまた視線を感じる。敵意剥き出しの視線は――けれど、一定の距離を保っていて、正体はわからない。

 ――何者でしょうか? まあ、こういうことはめずらしくありませんが。

 アリシアは視線を感じる方向に目を向ける。だが、そこに相手の姿はない。相当に尾行しなれている……彼女はそう感じつつ、特に実質的な害がない以上、無視するしかないと考えた。

 仕方ながないので、気を取り直し、宿へと向かって再び歩き始める。だが、すぐに異変に気づいた。

 先ほどまで遠くからの視線だったはずが、急にすぐ背後からの気配へと変わったからだ。彼女は咄嗟に、その場で飛び上がった。

 ズッザーーー!!

 アリシアが立っていた場所に目掛けて、思いきり滑り込んでくる人影があった。明らかに彼女の足を狙った襲撃――だが、飛び上がったアリシアの下を通り過ぎる形にある。

「てめえ! 何で避けてんだよ!! 後ろに目でも付いてんのか!」

 よくわからないことを喚く男。アリシアは大きなため息を吐く。

「せっかく見逃して差し上げたのに……捕まりに来たんですか? ラルミドさん?」

「お前……どうして俺の名前を知ってんだよ! 誰に聞いた!」

 アリシアは手で頭を押さえる。冗談の一種かとも考えたが、目の前の少年は明らかに、本気で言っている。仕事の性質上、彼女はさまざまな人間と顔を合わせる。だが、ここまで馬鹿げた人間を見るのは初めてなのだ。

「さっき、逃げ去るときに自分で名乗ったではありませんか? あなたは鳩か何かですか?」

「あれ? そうだっけ……いや、そんなことはどうでもいい! 俺は鳩じゃねぇ、人間だ!」

 ――そんなことは見ればわかります。嫌味も通じないのですか……。

 アリシアは本気で頭が痛くなってきた。言葉の通じない相手なら諦めもつくが、言葉は通じても意思が伝わらない――彼女は、この手の人間が最も苦手だ。

「とにかく、俺はお前を泣かせる! 絶対に泣かせてやる!!」

 ラルミドは叫びながら、アリシアに殴りかかってくる。だが、彼の拳は空を切った。アリシアはさっと身を躱し、彼の左手側に回った。

 だが、ラルミドはそれを見越していたのか――殴りかかた勢いそのまま、足をあげて回し蹴りを放つ。逆立ちをする形になっているにも関わらず、バランスを崩すことはない。強烈な蹴りに、アリシアは驚くが、さっと腰をひねって避けてしまう。

 今度は彼女が、そのまま足払い――これだと腕払いになるが――をかまし、ラルミドのバランスを崩そうとする。だが、彼はそこからすぐ下半身に力をいれ、グルッとと反転。そのまま両足を地面につける。

「まるで曲芸ですね。少し感心しました」

 アリシアは素直な感想を口にした。確実に相手を倒せると思っていたが、その思惑が外れたからだ。ここまでバランス感覚に秀でた人間と出会ったのは初めてだった。

「うるせえな! お前に褒められても嬉しかねぇんだよ!」

 せっかくの褒め言葉も、ラルミドの機嫌をさらに損ねた。仕方がないので、アリシアは改めて罪状を口にする。

「帝国法千百十二条、窃盗罪。同じく九百九十八条、暴行罪。二つの罪であなたを拘束します。おとなしく捕まるなら、情状の余地くらいは差し上げますわ」

「だから、うるせえって言ってんだろうが! この――領主の狗がぁぁ!」

 アリシアは自分の頭に、血が上っていくのを感じる。〈狗〉と呼ばれること自体も、彼女の癪に障る。しかも、一領主の狗などと呼ばれ、彼女は一瞬だけ頭が真っ白になった。

 ――!! しまった!!

 アリシアは、怒りに身を任せてしまったことを悔やんだ。自分に向かって拳を放とうとする少年に向かって、彼女は全力で蹴りを放ってしまったからだ。

 ――ダメだ、止められない!!

 勢いに乗った蹴りは、すでにアリシアの意志では引き戻すことができない。目の前の少年の顔面を捉えた蹴りは、まるで全てを貫く槍のように……。

 ブゥゥオオオォォォォン!!!

 けたたましい風切り音がする。だが、少年は間一髪のところでアリシアの蹴りを避けていた。胸の中で「これは危険だ」という警告を聞いたからだ。

 地面に尻餅をつき、半分涙目になったラルミドは、訳のわからない叫びを上げる。

「お、おお――お前! 俺を……殺す気か! 俺は別にお前を殺そうなんて思ってないのに!! 女の癖に、男を殺そうとするなんて――卑怯だぞ!」

「卑怯って……何を言っているのですか、あなたは。元はと言えば、あなたが罪を犯すのが悪いのです。さあ、今度こそ大人しく……」

 彼女が手を伸ばすと、ラルミドはバッと立ち上がる。アリシアの手から逃れるように、駆け出し、逃げ去る。

「お前、次は本当に泣かせてやるからな! 本当だからな! 覚えてろよ!!」

 少年はまたも、捨て台詞を吐きながら姿を消す。アリシアは、彼を追いかけることなく、そのまま見送った。

 ――危うく、取り返しのつかないことになるところでした。

 ――まだまだ、未熟ということですか。

 アリシアは、自分が過ちを犯さず済んだことに胸を撫で下ろす。首から下げたペンダントを握り、心の中で「申し訳ありません」と、謝罪の言葉を繰り返しながら。

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