プロローグ
少女にとって、目の前の本はあまりにも〈重い〉ものだった。
憧れを抱き、いつか自分が受け継ぐと信じていた。だが、自分はそれに〈足りない〉とも感じていた。だからこそ、彼女は自らを律し、鍛え上げてきたのだ。
「アリシア=アリム=アシュリアルよ。ここに汝を、正統なる法の守護者と認める。さあ、全てを戒める〈鋼鉄の書〉を手に取り、大いなる誓いを立てるのだ」
王冠を戴く若き皇帝は、少女――アリシアに向かって告げる。
アリシアは自ら歩み出て、台の上に置かれた一冊の本に手を置いた。
鈍色と茶褐色にまみれた、一冊の古い本――彼女が憧れ、焦がれ続けたものが、ようやく目の前に……。
感慨にふけりたい気分を抑え、アリシアは静かに息を吸う。そして約束された言葉を、ゆっくりと――だが、力強く――口にした。
「我が名はアリシア=アリム=アシュリアル。法の神〈ロースウェル〉と、我が主ガーランド二世陛下に誓う。バストラード帝国の平和と正義を守るため、この身は主の盾として、この魂は主の剣として――命尽きるその時まで、全てを捧げることを!」
大いなる宣誓が響き渡る。同時に、彼女は目の前の――錆にまみれた分厚い本を持ち上げた。
その様子を周りで見ていた者たちからは、どよめきが湧き起こる。なぜなら、その本は持ち上げられるはずがない物だからだ――彼女には、決して。
だが、彼女は持ち上げ、そして天にかざす。「この本は私のものである」と、その場の全員に誇示するように。
そんな彼女を、皇帝だけは静かに――微笑みを浮かべながら眺めていた。
「バストラーデ帝国皇帝ガーランド二世の名の元に、この者を〈六法の守護者〉と認めよう。異議ある者は前に出よ!」
皇帝の声に、どよめきは消え失せる。
だが、そんな周りの様子を、アリシアは全く気にかけなかった。
――ここから、私の全てが始まるんだ!
その想いだけが、少女の世界を照らし出していた。