A-a
開かれたドアの向こう側にいた人物、それは見覚えはあるにはあるが、ぶっちゃけ知らない人といっても過言ではないが、知ってる人言えば知ってる人。
クラスメイトの女子、五十嵐 七生であった。
五十嵐は一瞬、強張っていた表情筋を一気に緩めて、低いトーンで言った。
「えっ三宅じゃん。なんでここにいんの?」
それはこっちのセリフだ。
「もしかして三宅が、あのキューピット⁉︎」
断じて違う。
と、言葉に出す前に、本物の恋のキューピットが、口を開いた。
「その子は違うよ。私がキューピット。よろしくね。」
先輩はおしとやかにご挨拶なされた。
「あっ。よろしくお願いします…。」
戸惑いながら応対する五十嵐。
「じ…じゃあ、あんたは何でここにいんのよ。あんたもそのキューピット…さんに恋の頼み?」
「…まあ。そんなとこ。」
「へぇ。誰のことが好きなの?」
ぎくっ。
「お前には関係無いだろ。」
「私だよ。」
はっ⁉︎
「えっ⁉︎」
先輩が会話の流れをスマートにせき止めた。
僕の顔がみるみる熱くなっていくのがわかる。
「へ…へぇ。三宅ってこう言う人タイプなんだぁ。確かに美人…だけど。」
五十嵐が言葉を詰まらせていると、先輩が、口を開き始めた。鯉野先輩の長文は大体どうでもいいことだったので聞き流そう。
何故長文を話すか分かったかって?
勘だ。
「さあて!キューピットの存在を知りながら委員会も無く、使うものもないこの講義室にわざわざ足を運んだと言うことは、君も恋の悩みを抱えている事は言うまでも無く分かるよ。ところで、君と三宅くんはどうやら知り合いみたいだね。それも同学年、そしてこれはあまり自信はないのだけれど、同クラスだね。あっているかい?何故分かったかと言えば、それは君たちの会話から推測したのだよ。まず、君が言った”えっ三宅じゃん”。ここで少なくとも君は三宅くんを知ってることになる。そしてその後、君は彼女の返事にそっけなく答えた。しかもタメ口で。ここで、君たちは同世代で、知り合い。そして2人の声のトーンから推測するにそこまで仲良くない、またはあまり接したことのない人物であると言うことがうかがえる。そこで…」
「ちょっと待ってください!」
五十嵐が、鯉野先輩を止めた。
「?どうしたんだい。」
「…あのぅ。その、えっと。私、別に恋の悩みとか無くて…。」
「なふぁっかぁっ⁉︎」
先輩は聞いたことない短い奇声を上げながら、机から転落した。
「とっ…友達にキューピットの噂は本当なのか確かめてほしいって…。」
五十嵐は困った表情で言い訳した。
「であれば、その友達には”居なかった”と伝えてくれ。」
先輩は何事もなかったかのようにすくっと立ち上がり、淡々と述べた。
「なっなんで?」
「私はこのキューピットという新しい分野の商売みたいなものをやっている。だが人と人をくっつけるというのは、そう短期間で終わらない上に、非常に繊細かつ地道な作業が必要だ。だから繁盛してしまうと、手付かずになってしまうんだ。だから私はあえて噂止まりにさせている。そして来た人全てに、私の存在を言わぬように、そして私は気まぐれでここに来る。これが噂止まりにさせ、繁盛させないためのシステムだ。君がやろうとしているのは、そのロジックを壊す事と同じ。つまり他の人達の恋を壊す事とおなじ同じ。そして、私の高校生活を壊すのとも同じ。非常に重い事だ。君が思ってる以上に、ね。」
「…わかりました。」
そうだったのか。知らなかった。というか教えてもらっていないのだから、当然っちゃ当然か。でもなんで先輩、昨日、僕に教えなかったんだろう。僕が言いふらす可能性だってあったはずなのに。