I love you
一章 〜僕と先輩とキューピット〜
そこには、僕の憧れであり、僕のファムファタルであり、僕の女神。
鯉野先輩がいた。
「…鯉野先輩?なんでここに。」
唐突な事で、自分でも引くほど足が震えている。
「…君は、三宅くん。だっけ?」
俺の名前を知ってくれていた。それだけで舞い上がってしまいそうだが、その気持ちは、後で家でたっぷり堪能するとして…。
「はい。あっあの。先輩は何でここに?」
真っ先に出て来た疑問をぶつけてみた。
「何でって、それは…まあ。」
鯉野先輩は、言葉を詰まらせ、考え込んだ。
そして次の瞬間
「金稼ぎかな。」
僕の思考回路は摂氏マイナス273度辺りまで、急速に凍てついた。
金稼ぎ?
僕としては、委員会が何やらとか、ここの教室が落ち着くだとか…。
そんな理由を想定していたのだけれど…。
まさか、鯉野先輩から「金稼ぎ」というワードが出てくるとは一切思わなかった。
簡単に言えば、意表を突かれた。
僕が頭を抱えていると、鯉野先輩が、もっともな質問をした。
「そっちこそ…。何で講義室なんかに?」
…言いたくない。
キューピットに会いに来たなんて死んでも言えない!
ただの恋愛脳のバカだって思われてしまう!
他の奴らが、僕の事をそう思おうが、構わんが、鯉野先輩だけは…。
「もしかしてキューピットに会いに来たの?」
ゔっ。
図星と言う名の重りが僕を潰した。
「なっ何の話…ですかなー?ははっ…はははははっはは…えへっ。」
あまりにも下手すぎる演技。
自分でも驚きだ。
「…ふふっ。三宅くん、嘘下手だね。」
鯉野先輩が少し笑った。
かわいい。
「何も、恥じる事じゃないよ。私に恋の応援を頼んだ生徒はこの一年でどれだけいたことか…。」
ははっ…そうですよね。
あれ?
何か引っかかるような。
「三宅くんは誰が好きなの?お金さえ払ってくれれば、私がくっつけてあげてもいいよ。この”恋のキューピット先輩”が。」
…ええええええええええええええええ⁉︎
あまりにも驚きの連続が多くて、脳みそがスライム状になってしまいそうだった。
「せっ先輩が、あのキューピット⁉︎」
動揺を隠さないまま鯉野先輩に尋ねる。
「そうだね。いい儲けになるんだよ。まあ、釣り合いが取れてそうな相手だったら五千円。不釣り合いだったら一万円。さらに、それ以上に不釣り合いだったら一万五千円。こんな風にして稼いでいるのだ!」
稼いでいるのだ!じゃねえ‼︎
ていうか、意外と金取るな!
「むふふっ当然だ。恋を叶えてあげるんだぞ?そのくらいの代価はいただいて当然だ!」
鯉野先輩はさっきとまるで別人格になったかのように、言葉を覚えたての、無邪気な子供の様に、語り出した。
「そもそも、私が何故、どんな恋も実らせることができるかお話ししよう!恋というのはそもそも簡単に、誰でも陥るもので、男であれば、女の子が少し仲良くしてくるだけで、『あれっ。ひょっとしてこいつ、俺のこと好きなんじゃ…』と、錯覚する!そして女は、少し優しくしてあげるだけで、『えっ、この人ひょっとして私のこと、気になってる?』とか何とか思い始める!そう!恋とは複雑な様で、案外単純構造!まあ、あくまでそれは私の持論に過ぎないんだけど。つまりだ!
恋を実らせるには実に簡単な事をすればいい!両想いにさせれば良いのだ!なに?それが難しいだって?馬鹿め!この甘々の甘ったれが!異性なんてのは単純で、一回好きって言ってみれば、誰だって少しは異性として意識してしまうもの!それを発展させて行き、
最終的に付き合うに発展する!その後の結婚については、私は一切干渉しない!私が手伝うのは付き合う段階まで!その後は本人次第だと私は考える!だから私としては、私がくっつけた恋人が百年続こうが、五分もたなかろうが、知ったことではない!私が手伝うのは付き合うまでという事をご理解いただきたい!さて、前置きはこのくらいにして。」
前置き長ぇ!!
何この人、超饒舌なんだけど!前置きだけで作文できそうなんだけど!
「君は一体誰が好きなんだい?」
本文短っ!
一行にすら満たない様な文数だよ!
ていうか、単刀直入過ぎるよ!
「恥ずかしがることは無い。私は秘密は守る主義だ。保証しよう。」
言えない。
僕がキューピットに好きな人を言う。それは即ち、普通に告白するだけの行為。
いきなり、ただでさえややこしい事が起きたのに、予測もしなかった告白を迫られている。
もう、なんて言うか。頭がいたい。
「で。誰が好きなんだい?」
追い討ちをかけてくる先輩。鬼畜さが伺える。
「言わなきゃ私も行動できないんだよ。自分の恋を実らせるために、一歩踏み出して!」
確かにそうだ。
言わなきゃ何も始まらない。
…確か鯉野先輩は、どんな恋も実らせると言った。
だったら、言ってやる。
ああ!こうなったらヤケクソだ!言ってやろうじゃ無いか!
当たって砕けろだ!
「…こっ。」
「こ?」
何を迷っているんだ!僕!
言ってしまえ!
「僕は…っ。」
僕はっ!
「僕は鯉野先輩が好きだああああああああああああああああああああああああああ!」
…。
辺りは冷えきった静寂に包まれた。
しばらくの沈黙。
内心後悔してる。だがこれでいい。
顔が熱い。喉が異様な乾き方をする。
「ふふっ」
しばらく続いた沈黙を破ったのは、鯉野先輩だった。
「うん。わかった。ハイ、五千円。」
…えっ。
「私が好きなんでしょ?だったらこのキューピット先輩が、鯉野 天使が君のことを好きになれる様、そして最終的に付き合うまでに発展させてあげましょう。」
先輩は頰を赤らめながらニヤリと笑った。
…これは、一体どう捉えればいいのだろう。
OKと捉えてよろしいのか?
「だから。この私が、鯉野 天使と君をくっつけてあげようって言ってるの。」
それはつまり、
僕と鯉野先輩を付き合わせる。
つまりそれは…。
うおおおおおおおおおおお!
マジかあああああああああ!
僕はこの学校生活は、薔薇色のものだと確信した。
でも、金は取るんだ…。
いや、待てよ。一番安い五千円っつーことは…。
釣り合いが取れている⁉︎
僕と先輩が⁉︎
少なくとも先輩にはそう映ったと言うこと、つまり。
先輩は僕を男としてとても良質な存在だと思っている。
そう捉えていいよな⁉︎な⁉︎
「じゃあ、明日は作戦会議ということで。放課後。講義室に来なさい。じゃ、また明日。」
スキップしながら帰って何が悪い。
そう言わんばかりの顔で、僕はニヤニヤしながらスキップして下校していた。
「たっだいまー!」
今ならバレエの大会で優勝できる気がする。
「おかえりーお兄ぃ…どうしたの。頭打った?」
「あっはっはー!」
今の僕には妹の失礼な言葉すら耳に届かない。
「莉奈ー!今日はお祝いだ!酒をつげ!」
「お兄ぃまだ未成年でしょ。」
「はっはー!言ってみたかっただけさ!」
「お兄ぃ…大丈夫?病院行く?」
そんな妹の心配を華麗にかわしながら、僕は、明日に備え、睡眠を早めに取った。
明日が待ち遠しい。
僕は今日あったことを胸に焼き付け、まぶたを閉じた。