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9.逃げる

「わかるなら聞きたいことがたくさんあるんだ!」


カズキの小さい肩に手をかけた。いや、指をかけた。すると、コクンと頷くカズキ。


「まず、カズキはニチカと一緒にいなくていいの?」


まずそのように聞くとコクンとまた頷いた。


「じゃあ次の質問ね。俺は妖精になったの?」


ブンブンと首を振った。俺は妖精になったわけじゃないんだな。ってことはやはり魔法使いになったのかな。でもそれじゃミズキと一緒って言ってた意味ってなんだろう?ミズキが間違えたのか?


「じゃあ、ミズキが言ってる、俺とミズキが一緒っていうのはどういう意味?」


「…………。」


カズキは黙っている。難しかったのかな?そう思って簡単に喋る。


「俺とミズキは一緒?」


カズキは憮然とした表情になりながらも頷いた。しかし、さっきから頷いたり首を振ったりしかしない。もしかしてと思いながら、俺はカズキに尋ねる。


「もしかして、俺たちの言葉は喋れない?」


カズキは俺の目をジッと見つめて頷いた。何か伝えたいことはあるのだが、喋れないような様子は先ほどからあった。ミズキとはしゃべれるし、ミズキは俺の言葉がわかる時は日本語を喋る。カズキにも何か事情があるみたいだ。


「呪いか何か…?」


恐る恐る聞くとカズキは少し考えた後に頷いた。何かに縛られて話せないということのようだ。こうしてカズキと喋っていると、ミズキが私をほっておくなと言わんばかりに俺とカズキの間に入った。カズキはミズキに事情を説明して、ミズキはそれを理解したようだ。ミズキはそれを俺に伝えようとしてジェスチャーや言葉を喋ろうとしてくれているのだが、うまくいかない。


「とりあえず、喋るには呪いを解かないといけないってことだね?どうすれば方法解けるっていうのは分かる?」


コクンと頷いてミズキに説明したが、なぜかミズキは怒りはじめた。2人でまたケンカをはじめてしまったので、


「………俺、風呂入ってくるね…?」


聞こえてるのか聞こえてないのかわからない2人にそう告げて、俺は1人で風呂場に逃げたのだった。


風呂から上がっても2人はまだ言い争っているようなので、


「明日も仕事だから寝るよ?おやす…」


またも逃げの一手でおやすみと言おうとしたら、2人は言い争うのはやめて、俺の両隣についた。両手に華状態だ。


「おやすみ。」


「オヤスミ。」


ミズキは言って、カズキは頷いた。2人を潰さないように気をつけないと。そう思って目を瞑った。






翌朝俺は会社へ出勤する。ミズキは手袋に入りマスク姿の俺と一緒に。カズキはどこかに行くようで、家を出たら手を振って別れた。きっと戻ってくるんだろう。カズキの洋服も買っているし。呑気に思いながら俺とミズキは会社にむかった。会社にはミズキが見える人はいるんだろうか。いたとしても、カズキみたいにどこかに行ったりしないだろうか。俺は少し心配になった。


会社は電車で30分ほどの工場だ。俺はアーサーなどというふざけた名前のせいで、極力名乗らず済む職につくように努力した。集団面接という名の吊るし上げが行われる就活などせずにハロワで仕事を探した。それで見つけた仕事は工場でのオペレーターの仕事だ。工場での仕事はほとんど機械での作業。時々営業さんと打ち合わせしたりもするが、名乗るのも苗字で済む。名刺を渡すような相手など年に1回あるかないか。そのせいで女子との出会いも壊滅状態だったわけだけど。壊滅状態だったおかげでミズキに会えたんだけどな。そう思ってミズキを見て柔らかく笑うとミズキも俺を見て笑う。


「なーにぼーっとつったってんの?インフルエンザだったんだってー?大丈夫なの?」


事務のおばさまが後ろから声をかけてきた。


「ええ…。まぁ。」


まだ本当は出勤できないはずなので、曖昧に返事をする。


「私か弱いんだから、うつさないでねー?」


「ぐっ…。はい…。」


バシバシと力強く背中を叩かれ、思わず息が詰まった。ミズキが「ンユタ」と唱えようとしていたので、指で口を抑えて止めてから適当に返事をして俺は更衣室へとむかった。


「ミズキ、あの人は悪い人じゃないからそういうことしちゃダメだよ。って…カズキいないから言ってもわかんないか。えーとここではンユタ、ダメ。ンユタ出すと俺が怒られちゃうから。仕事中の約束ね。」


自分の首を締めるようなジェスチャーをして教えるとミズキはコクコクと頷いた。人に当てる気がなくても工場内は火気と水気は厳禁だ。


「ン、ヤクソク。」


「うん。約束ね。飛んでてもいいけど、一緒について来てね。」


どこかに行ってしまわないか、つい一緒について来てなどと言ってしまったのだが、


「ミズキ、イッショ♡」


と言いながら指を握られた。かわいいな。人の女の子だったら一緒に出勤して仕事場に来るなんて不可能だ。こうやってずっと一緒にいられるっていいなー、とぼんやり思いながら仕事をした。





仕事を終えて家路につく。家の最寄り駅から歩いて帰る際、声をかけられた。


「すいません、ちょっとお尋ねしたいんですけど。」


「はい?」


道を尋ねられることが多々あるので条件反射で返事をしてしまった。声をかけて来たのは20台前半の女性。長い黒髪ストレートで、楚々とした雰囲気だった。


「先日病院行かれました?」


「え…あ…まぁ…はい。」


病院行ったかどうかを聞くなんて不審だ。しかし、嘘をいう必要性もないので答えると、


「私があなたを救ってあげますよ。さぁ。」


そう言って笑う。その笑顔は晴れやかで美しかったが、これはニチカの言っていた救ってあげる女であると確信した。


逃げなくては。


俺は引きつった笑いを浮かべながらそう思った。

読んでくださって、ありがとうございます。

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