7.なん…だと?
「いない?」
「そうなんだ…見えるようになった日に僕は先輩方に話を聞いて、服もその日に用意した…なのに…。僕の元には彼女たちは来ないんだ…。」
ニチカは涙ぐんでいた。その様子を見て、俺は苦笑いしか出ない。
「ついている人から話はたくさん聞いた!彼女たちのことは僕は一番知っている!こうして教えられるほどに!なのに…なんで…なんで…。」
おっさんを泣かせてしまい、困ってミズキの方をみると、ミズキもこの人なんで泣いてるの?みたいな顔をしている。俺はさっきまで苦手に思っていたニチカが少しだけ不憫に思えてミズキに尋ねた。
「オレとミズキは一緒。ニチカさん、一緒?」
「ニチカサン、イッショダメ。」
ニチカは違うというように首を振る。やはりこの人は妖精にはなってないらしい。質問をかえて聞く。
「さっきからチラチラ見える影はミズキと一緒?」
天井をよく見て影を探し、影を指差して聞く。
「イッショ。」
やっぱりあの影は妖精だった。病院からニチカにくっついてるからニチカについてる妖精だと思われるのだけど。ニチカはまだ泣いていた。
「ミズキ、ミズキ、ニチカ、……?」
順番に指差して名前を呼んだあとに影を指差す。あの影の名前を教えて欲しいとミズキに伝えるためだ。ミズキもこくんと頷いて影の元へ飛んで行った。その間に俺はニチカを力づけるための言葉をかけた。
「あの…ニチカさん。ニチカさんにも、ちゃんとついているみたいですよ。」
「え…そう…なの、か?」
ミズキが戻ってきて影を指差して言う。
「カズキ。」
「カズキって言うのか。ミズキ、ありがとう。カズキはこっち来ないのかな?」
ミズキにジェスチャーで伝えるとまた頷いて影の元へ。俺はニチカに向かって
「名前はカズキっていうみたいですよ。こっちに来れないか今聞いてもらってます。」
「本当にいるんだな!僕にも!!スイートな彼女が!」
明らかに目が輝き始めたニチカ。そしてかなり面倒くさそうな発言をしているので、やっぱり不憫なんて思わなくても良かったかもと思い始めいるとミズキが戻ってきて首をふった。
「カズキ、ダメ。」
「そっか。聞いてきてくれてありがとう。」
「僕のスイートは!どこだい?!」
今ダメって言ってたじゃん、と心の中で文句を垂れながら、
「なんか…出て来れないみたいです。」
「なん…だと…?なぜ…だ…。」
今にも崩れ落ちそうな表情に戻る。困ってミズキをみると、
「▼<××$∋。」
と言って頷いている。なんか理由があるみたいだが、わからない。
「恥ずかしがり屋…とかじゃないですかね…?」
「彼女がそう言っているのか?」
「細かいことまでわからないですけれど、理由があるみたいな感じです。」
ニチカはハッとした顔になり、
「そうか…彼女は僕を試しているんだな。ミズキ君、気づかせてくれてありがとう!」
握手をされた。
「あの…彼女たちのことなら一番知ってるって言ってましたよね?」
ニチカは面倒だけど、ミズキのことが知りたいからどんどん聞いていくしかない。
ニチカから得られた情報は少なかった。妖精がついていても見えない人間がいるように、声が聞こえないといったこともあるようだ。俺のように意思疎通が取れるのは初めて見たらしい。そのため、ニチカが話を聞いてきた先輩達もさほど詳しくはなかったとのこと。そして、かなり強めに念を押されたのは「救ってあげる女」の話だった。
「皆、女に操られてしまったかのように徐々に彼女達のことを忘れていった。それに付随して知り合った僕のこともおかしなことを言う変人の知り合いと思うようになっていくんだ。何人もの人が僕から離れていった。」
ニチカはこの話をしているときはまた涙ぐんでいた。辛い思いや心ない言葉をかけられたのかもしれない。
「だから…ミズキ君。君はそうはならないで欲しい。そして彼女を幸せにしてほしい!」
がしっ!とまた握手された。なんだかそのうち心の友とか言ってきそうで面倒くさそうだ。でもさっきの話を聞いていると何となく不憫な感じがやっぱりしてしまって、無下にできない自分がいる。
それにミズキを幸せに出来るかは分からないけど、俺はできればミズキのことを覚えていたい。詐欺臭い女にひっかかって忘れてしまうよりは、もう一生童貞で良いや。もう3次元の女性には諦めを覚えていたのだから。ミズキと一緒に過ごして、魔法使いからレベルアップする。そして賢者になってやる。だからニチカからの警告は正直に聞くつもりなのだ。
曖昧に笑ってニチカの手を離す。ニチカは目頭を押さえていた。
「ところでミズキ君。僕は君の友として下の名前を呼びたいのだが。」
やはり心の友的な発言をするニチカ。今、俺の顔は酷い事になっているに違いない。
「下の名前で呼ぶ方が俺の場合、友達じゃないんで。」
そういって俺は苦虫をかみつぶしたような顔で答える。
「なんでだ?友達なら下の名前で呼ぶだろう?」
「とにかく嫌なんです。」
「親からもらった大切な名前だろう?まさか恥ずかしいこともないだろう?」
「………。」
そのまさかだから、何も言えない。
「笑ったりしないから、とにかく言ってみるといい。」
真剣な顔のニチカに押されてついに名乗らざるおえない雰囲気だ。
「アー……」
「アー?」
「サー……」
「サ?アサなら普通じゃないか。」
「…アサじゃないです…アーサーです…。」
消え入りそうな声で俺が答えると、
「………。わかった。ミズキ君。」
ニチカが気まずそうな顔で答えた。わかってくれたらしい。この純粋な日本人顔で「アーサー」などという名前をつけられてしまった気まずい気持ちを。親がアーサー王物語に惚れ込んでつけてしまった名前のせいで名乗るのが辛いこの気持ちを。気まずい沈黙の時間を過ごしていると、
「アーサー?」
ミズキが首を傾げているので、
「ミズキ、覚えなくていいよ。俺はミズキだから。」
「ミズキ、イッショ♡」
ゲンナリした顔の俺を励ますかのようにミズキが俺の手にぺたりと寄り添うと、ニチカは寂しそうな顔をしていた。
「また何か聞きたいことがあったら連絡くれたまえ。友だからな。」
そうニチカは胸を張る。目新しい情報はほとんど得られなかったし、面倒くさい人が増えただけな気がするけど、警戒すべき敵がいることがわかっただけ良かったとする。
「カズキちゃんとコミニュケーション取れるといいですね。」
「そうなれるようにするさ。じゃあ、また。」
そう言ってニチカとは別れた。
「はぁ…面倒くさい人だった…。」
ため息をついて帰路につくとミズキがポケットから顔を出す。
「○※∈?」
「なんでもないよ。ミズキのことじゃないから。」
小声で答えると、ミズキは驚いた顔をしてポケットの中でペシペシと俺の鼠径部辺りを叩く。
「ちょっと、ミズキ、くすぐったいよ…。」
怪しいところをペシペシされて悶えていると、上を指差す。指差す方向を見やるとボーイッシュで際どい服の妖精が。近くに人がいるのか?そう思いキョロキョロするが、誰もいない。
「カズキ!」
ミズキが手を振っている。
「え?」
ニチカについてるんじゃないの?!
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