2.妖精さん
叫び声を上げた人形は怒っていた。
「○£、☆φ××!」
怒っている…?思わず俺は後ずさる。もはやただの人形ではなさそうなのは確か。感情があるということになるのだけど、何を言っているのかがわからない。コップの水を指差して何かを言っているのが分かるのだけど、全く言語の理解ができない。かと言ってわからないまま怒らせておくわけにもいかない。ホラー映画のように人形に殺されるなんてこともありえる。とりあえず落ち着いてもらおうと意思の疎通を図ろうと手振りを交えて伝える。
「と…とりあえず、落ち着こう!ごめん!ごめなさい!」
俺は人形に両掌を向けて落ち着くようにジェスチャーをして、両手を胸の前に合わせて言った。人形はその様子を黙ってじっと見ていた。もしかして謝り足りてないのかもしれない。人形とはいえ、スカートの中を覗こうとしたんだ。人間にやれば犯罪だ。そう思って土下座をして謝ると、明らかに引いている表情をした。これはこれでマズかったらしい。座りなおして素直に
「変なことしてごめんなさい。」
頭を下げると人形は息を吐きながら、やれやれという表情をした。
「○⊃×∞。☆φ◎∂¥…。」
やはり全くわからないのだが、人形は尚も喋り続けている。俺が言葉がわかっているかのように。困った俺は右手を振りながら言った。
「すまない、全くわからない…。」
すると人形は驚愕の色を浮かべて、俺を指差して何やら喚いている。怒っているのはさっきと同じなのだが、なぜだろうか、ディスられているのが分かる。確実に悪口を言われている雰囲気を察して湧き上がる怒り。さっきまで殺されるかもなどと思っていたのだが、よく考えてみたら、相手は小さい。勝てる。さっきまでの恐怖はどこへやら。怒りに任せて立ち上がり、右足を踏みつけるように高く上げる。
「☆☆☆!♨︎♫○♡?」
先ほどの俺のように落ち着いてというジェスチャーをする人形を見て、俺は足を戻し、座る。先ほど粗相をしたのは俺も同様なので、これで怒りを収めることとした。俺が座ったのを見て、安堵の息を吐いた人形は同じように俺の前に座る。しかし、どうしたものか。言葉が通じない。とりあえず、初対面の基本、自己紹介をしてみることにした。
「ミズキ。」
自分を指差して俺が言うと、人形も嬉しそうに自身を指差して
「ミズキ!」
と言った。真似しろってことじゃないんだけどな。そう思って、もう一度、自分を指差してから、
「俺はミズキ。君の名前は?」
人形の方を指差して言う。すると膨れ面で
「ミ・ズ・キィ!」
と言った。どうやら本当にミズキというらしい。俺は笑いながら交互に指差して
「ミズキ、一緒?」
「ミズキ、イッショ!♫○!」
小さなミズキもニコニコと笑っている。こうして女の子と笑いながら話すなんていつぶりだろう。小学生以来だろうか?いや、彼女は人ではないとは思うけど。
「………。」
「………?」
彼女は小首を傾げている。俺が黙っているからだと思う。名前を聞いたがいいが、次に何を聞いたらいいかわからない。一生懸命考えたところ、さっきの夢を思い出した。そうだ、夢の中で彼女は俺に水を飲ませてくれた。看病してくれたのだ。ある意味命の恩人かもしれない。そのことを聞こうと通じそうなジェスチャーを考えて口を開く。
「俺、寝てる時、水飲ませてくれたのは君?」
寝るジェスチャーとコップで水を飲む仕草をして彼女を指差す。すると若干気まずそうな顔をしながら目を泳がせた後頷いた。なんで気まずい顔をしているのかわからないが、俺は素直にお礼を言った。
「ありがとう。」
両手を合わせる仕草も同時に行うと、またもや彼女は俺をじっと見た。
「イッショ。×○★。」
彼女も同じように両手を合わせて俺を見て笑う。
「×○★、ミズキ。」
同じ言葉を俺を見て言う。どうやら真似しろと言っているようだ。俺はもう一度手を合わせる。
「これでいいのか?」
コクコクと頷く彼女は言葉を発した。
「☆×φ!」
「ンユタ!」
俺は日本語で一番近そうな発音をして彼女を真似する。バシャ、という音がする。音の方向をみると床が水浸しになっていた。
「わぁあぁ!タオル、タオル!!」
慌ててタオルを取りに向かっていると彼女は首を傾げながら俺を見ていた。
「どっから来たんだ?この水…。」
そう零しながら、床を拭いていると、彼女はその様子をニコニコ笑いながら見ていた。その様子を見て俺は目を剥いた。
「飛んでる…。ミズキは…飛べるの?」
「ミズキ、トベルノ。θ○×∞?ミズキイッショ。」
「俺は飛べないよ?っていうか…ミズキ…何者?」
「ミズキ、イッショ。」
いや…一緒じゃないって。そう思いながら頭を振って、
「俺は人間。ミズキは?」
自分を指差した後、彼女を指差して聞く。彼女は首を傾げた後、人差し指を一本立てて
「イッショ。」
と言って手を合わせた。どうやらもう一度真似をしろということのようだ。彼女の指示通り、また手を合わせる。
「☆×φ!」
「ンユタ!」
彼女は言葉を発したが、手を合わせていなかった。俺は合わせたまま言葉を発した。またバシャっと音がした。今度はコップの方で。空だったはずのコップには、なみなみと水が入っていた。まさか…
「これは…?」
彼女の方をみると彼女はニコニコを笑っている。
「俺がコレを出したってこと?」
コップの水と俺自身を指差して彼女ヘ聞くと、ニコリと笑いながら頷いた。
「ミズキ、イッショ。」
彼女は自分と俺を交互に指差して笑った。
「まさか…魔法使い…いや、違うな…。」
俺は彼女には聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。そういえば、都市伝説で30歳までそうだと妖精になるっていうのもあったことを思い出す。
「ミズキは妖精?俺も一緒ってこと?」
「ヨウセイ?○★∞…?」
彼女は少し首を傾げた。
「妖精っていうのは小さくて、飛べる。で今みたいなのが使えるのもいる。」
ジェスチャーで小さいことと飛べることをやると、わかったような顔をして、
「ミズキ、ヨウセイ。ミズキ、イッショ。」
彼女は頷いた。どうやら俺も妖精さんの仲間入りしたらしい。衝撃の事実に息を吐いてぼんやりしていると彼女はコップの水を飲もうとしていた。
「あ、危ないよ…。」
そう言って手を伸ばそうとすると、案の定、コップの水をぶちまけてかぶってしまった彼女。
「あぁ。ほら、言わんこっちゃない…。」
さすがに床を拭いたタオルで拭くのは可哀想なので、俺のタオルで拭いてやろうとバスタオルを持ってくると…水が滴った女性が…そこにはいた。
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