11.オイシイ
ミズキがシャナンシーならば色々と辻褄があうことがある。コンビニに行った時の18禁コーナーの本に興味を示したし、大きくなったのものそうだ。俺はやはり死ぬんだろうか。モモタのいう通り、ミズキに喰われてしまうのか。手の震えが止まらなかった。
人生に未練があるのかどうかというと、この先に待つのはただ老いて死ぬ、それだけだろうからそうでもないのだが………
今、死にたくは、ない。
アーサーなどというふざけた名前をつけた本人、つまり親だが、まだ存命中だ。早く結婚しろだの、孫の顔をみせろだの親不孝ものだとかうるさいけれど、俺が先に死ぬのは…流石に悲しむだろう。こんなんでも一応息子なのだから。
ミズキが俺を呼ぶ声が聞こえる。その声に思わずビクリとなった。
「ミ…ミズキ…もう少しゆっくりしてても良かったのに。」
ミズキは首を傾げる。
「ミズキ?○※∈?」
「うん………なんでもないよ……。髪乾かしたら寝よう。」
ドライヤーをかけながら俺はミズキに向かって呟く。どうせドライヤー轟音で聞こえない。でも、俺は呟かずには入られなかった。
「ミズキはシャナンシーなのか……?」
「シャナンシー?」
ミズキは答えた。思わずドライヤーをかける手を止め、電源を切る。
「聞こえてたの?」
「ウン。シャナンシー?オイシイ?」
「ううん。美味しくない。妖精の種類だよ。」
「……?」
「わからないよね……。人間の男の精を喰べる妖精なんだって。」
わからないはずだけど、説明する。今の俺は言わずにいられなかった。せめてミズキに違うと言って欲しくて。しかし、次の言葉に希望は打ち砕かれた。
「ニンゲン?オイシイ。」
ミズキは
人間は美味しい
と言った。
震える手。やはり、モモタのいうことは正しかった。俺は、喰われてしまう。しかし、食べようと思えばいくらでも機会はあったはず。なのにミズキは俺を食べようとはしなかった。それに俺と出来る限り一緒にいようとしていた。違って欲しい。違うと言って欲しい。怖くて泣きそうになる自分を抑えて、極力落ち着いた声で俺はミズキにもう一度聞く。
「俺は美味しい?」
「ミズキ、オイシイ、ダメ。」
ミズキは俺を食べる気がないようだ。少しホッとしたが、依然ミズキが人を食べるという可能性は高い。そしてもう一つの疑問がわく。通じないとは思うが聞かずにはいられない。
「ミズキ、なんで俺を食べないの?」
「ミズキ、イッショ。オイシイ、ダメ。」
通じた。そして恐る恐る俺は聞く。
「ミズキ、俺は人間じゃないの…?」
「ウン。ミズキ、♂∀∇。イッショ。」
肝心なところはわからなかった。ただ、わかったこと。
俺はやはり人間じゃなくなった。
その事実だった。
「ミズキは俺を食べない。それだけわかればいいか…。俺達が一緒にいるのはこれからも変わらなそうだし。でも、モモタは俺を救おうとしてたのは本当だったってことか。悪いことしたかな。」
そう呟くとミズキは
「ミズキ、ナンデモナイ?」
言おうとしたことを先に言われてしまった。
「そうだね。なんでもないよ。大丈夫。」
「ウン、ダイジョウブ。オヤスミ。」
そう言ってミズキは布団に潜りこむ。
「まだ髪乾ききってないよ?………いっか。もう疲れちゃったし、寝ようか。おやすみ。」
そう言うと俺も横になった。ミズキは俺の胸上に登って顔を胸に埋めて寄り添う。胸元があったかい。指先で背中を撫でてやると心地良さそうな顔をしている。
この子が人を食べる。
本当なんだろうか。まだ信じられない。俺も同じ種族になったのなら、俺もそうなってもおかしくないのに、そうじゃない。だから、まだ希望はある。今すぐ死ぬことはないこと、食べられない安心感で急激に眠気が襲ってくる。ミズキがぎゅうっとくっついてきた。先程まで恐怖の対象だった小さな存在の温もりに心地良さを感じながら、俺は眠りに落ちた。
翌日も普通通りに出勤し、普通通りに業務をこなした。また帰り道はいつもの道ではない道を通った。同じ道だとまたモモタに会うかもしれないからだ。会ったら、ミズキと別れることになるかもしれない。でも、俺が食べられると思って、救ってくれようとしたモモタに謝りたい気持ちもあった。こんなときは先送りにしておくに限る。
すると、ばったりとニチカに会った。
「いやぁ、ミズキ君。ん?まだ彼女に洋服を買っていないのか!君って人は……!」
「注文はしたんです。今日あたり届く予定で……。」
「ふん、そうか。それはそうと、ミズキ君、またあの店で話を聞かせて欲しい。」
「いや、あの……はい…少しだったら。」
通販が今日あたり届くと言ったのをこの人は聞いていたんだろうか?出来れば早く帰りたいのだが。それが言えない俺もいけないのだと思うけど。心の中でそう思いながらニチカに追随する。
着席するとまたコーヒーを頼む。店員さんが去るとニチカは口を開いた。
「ミズキ君、君はどのように彼女達と親しくなったんだい?君程親密そうにしている人は見たことがないんだ。僕も参考にしたいのだが。」
「ところでカズキはどこに……?」
俺はカズキに会ったが、ニチカには会ってないとかないよなと思いながら聞く。洋服がそろそろ届くと知らせたいのだ。
「僕のスイートを気安く呼ばないでくれ。…………まだだ。」
「あ、すいません。まだって?」
「………まだ僕のスイートには会えていない。」
「そう……ですか。」
俺はもう会ったなんて口が裂けても言えない。やや気まずい顔になってしまう俺。しかし、ニチカは気にせず、続けた。
「どうしたら彼女達と親しくなれるんだ?」
「どうって…誕生日を迎えてしばらくしたらミズキが居たんです。」
「誕生日?」
「ええ、30の誕生日を迎えたら、突然現れて、ずっとこんな調子です。」
肩に乗っているミズキを見る。ニコリと笑い返された。
「そう…なのか……ミズキ君、失礼なことを聞くが、許してくれ。君の病名はなんだい?」
「は……?え…?病名?俺はただ、インフルエンザになっただけですけど…?」
「………僕はずっと思い違いをしていたんだな。」
ニチカは笑った。
「どういう…?」
どんな意味かわからず、俺はニチカを見た。
「皆、病気をして、生死の境を彷徨ったから彼女達が見えるようになったのかと思っていたよ。違っていたのか。きっと…僕のスイートが姿を現さないのもそのせいだ…。先輩達はみなまで言うなと言っていたから、きっと病名を言うのが憚られるからだと思って居たんだ。言ってくれ、本当の条件っていうのはなんなんだ?」
この流れで条件は童貞だなんて言えないわ!!
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