1.MP足りない
俺は部屋の天井を見つめていた。カーテンを締めた窓からは外の様子などわ分かるわけもなく。前日のTVでは雪が降り、不要不急の外出は控えるようにと言っていた。しかし、そんな警告のせいで俺は部屋の天井を見つめているわけではない。
「ごほっ!ごほっ!うぇっほ!」
…辛い。咳をしても一人。これは誰の言った言葉だったか?思い出せないが、全くその通りの俺。日頃の不節制が祟ってインフルエンザにかかったらしい。仕事へ行くのは医者に止められた。それ故、部屋の天井を見つめているのである。動くと節々が痛み、今は寝返りすら辛い。
医者から帰って来た時、インフルエンザのため2日ほど休むと上司に電話すると、
「診断書持ってきてね。」
それだけで電話を切られた。俺が出勤して他の人に感染されるより良いのだろう。正しい判断だが、寂しいものだ。雪が降ると言っているのに見舞いになどくるものはいないし、看病に来てくれそうなものも母親くらいだ。30手前の大の大人が寝込んで母親を呼ぶのは…
「あ…手前じゃ…ごほっ!」
ひとりごちた。寝込んでいるうちに30歳を迎えていた。この歳にもなると祝うという感覚もほぼないし、めでたくもない。一緒に祝ってくれる彼女なんかがいれば話も違うのかもしれないが、そんな存在もいない。というかそんなものいたこともない。年齢=彼女いない歴。この経歴が示す通り、俺は童貞である。同じ経歴でも経験済という御仁もいるが、俺はそういったお店に行ってしまったら、負けな気がしてそのままずるずると過ごしてしまった。そして30歳を迎えた。…インフルエンザにかかった状態で。
「イオナ…○ン!ごぼっ!」
童貞は30過ぎると魔法使いになれるという都市伝説を思い出してつい唱えてしまった。熱に浮かされたせいだということにしておくが、やはり初っ端からイオ○ズンはないかと反省する。やはりMPがたりない。それに一人きりの部屋で使えてもしょうがない魔法だ。
「ごほっ!ごほ…。」
なんとも言えない顔で咳き込んでから俺は息を吐いた。どちらかというと俺は魔法使いよりも賢者になりたいしな、派手な魔法よりも、全体回復もできて、HPも攻撃力もそこそこ高い賢者に…。それに今必要なのは回復魔法だ。攻撃魔法じゃない。そんな魔法が使えなかったことに対する言い訳のような思考を巡らせながら目を瞑る。
「水…。」
発した声も掠れている。喉が渇いて痛い。水が欲しいが起きるのも辛い。こうやって一人で死んで行くんだろうか?ふと思ったが、きっと熱のせいだと思うことにした。目を瞑っているのにチカチカする視界に限界を感じながら、俺は意識を手放した。
青い髪の美少女が俺に水を飲ませてくれる。女の子の年齢なんて見た目じゃないからよくわからないのだが、10代だろうか?その少女は手にすくった水を直接俺の口元へ持っていき、俺の喉を潤す。喉の渇きは癒え、身体に力が戻った。身体を動かすと少女は驚いた様子で俺を見たが、少し視線を泳がせた後、俺に笑いかけた。可愛い。
そこで目が覚めた。夢だ。もちろん夢だ。でも熱に浮かされてた割にはいい夢だった。眠ったおかげか身体は楽になり、なぜか喉の渇きもおさまっていた。
「っうーん。」
伸びをして起き上がる。
「うん?」
枕元にはコップに入った水。汲んだ覚えなど全くない。きっと寝ぼけながらなうえに、熱のせいで記憶が曖昧なのだろう。意外と30過ぎると魔法が使えるようになるっていうのが冗談じゃないのかもなどと呑気に思いながら残っている水を飲み干すと、乱れた掛け布団の方から声が聞こえる。ハウリングのような甲高い音。もはや声と言えるのかは謎だが、俺には声に聞こえている。でも、こんな小さなところから声が聞こえるなんて…。
「……………っ。」
思わず息を飲んだが、きっと気のせいだ。あったとしてもipodとかラジオとかオーディオ機器だろう。俺はスマホしか持ってないけど。そう考えると背筋が薄ら寒くなる。俺は辺りを見回した。汲んだ覚えのない水、覚えのないオーディオ機器らしき音。俺が寝込んでいる間に誰かが侵入した…?総合的に判断するとそうなる。さっきの夢は現実…?辻褄は合うけど、彼女は看病してくれたし…悪人ではないはず。いや、でも侵入犯だ。面識もないし、ストーカーの類?でも可愛かった。いや、そういう問題ではない。侵入するなんて異常だ。常識がない時点でダメだ。そう考えて頭を振りながら冷静になるためにトイレに立った。
トイレにいっている間に声は止んだ。一応、侵入犯の残した手掛かりだから確認しなければ。後で警察に電話しなければいけなくなるかもしれない。へっぴり腰になりながら、俺は掛け布団をめくった。
「人形…?」
そこにあったのは人形だった。所謂美少女フィギュアといった代物だった。人形は簡素なワンピースのようなものを着ていた。しかし、良くできている。髪とか肌の質感がすごい。まるで人のようで柔らかそうだ。今の体勢はまるで赤ん坊のように丸くなって目は瞑られていた。触ったら硬いんだろうか?おそるおそる俺は人形に触れる。
「!!」
柔らかい。まさに人のそれだった。そして俺は人形の顔を見て更に驚愕する。夢で見た少女とそっくりだった。きっと曖昧な意識の中でこの人形を見たからあんな夢を見たのだ。そうなってくると侵入者の正体は母親のような気もしてくる。母親がこの人形を持ってくるかどうかは別として、泥棒が看病なんてないだろうし、わざわざ看病しにくるストーカーが付くほどの色男ではない。そう結論づけると警察に電話するのはよすことにした。
それよりも…。侵入者が誰だとかそういうことよりも、今の俺はこの人形が気になってしまっていた。このようなすごい技術が詰め込まれた人形を見るとやりたくなることが。
…………パンツチェックである。
ここまで細かい人形だ。きっと細部までこだわってるに違いない。変な意味ではないんだ。造形が気になるだけで他意ないんだ。そう思いつつ、簡素なワンピースの裾にそろりと手を伸ばす。めくろうとしたその瞬間。途端に人形の目がパチリと開いた。白目のない黒目だけの目がこちらを睨んだ。
「ぎゃぁぁぁ!!」
「☆φ×××!!」
俺は人形に伸ばした手を引っ込めながら叫んだ。人形も叫んでいた。
この人形、喋るのか!!
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