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両手に薔薇 ~据え膳に毒と棘を添えて~ 

 久しぶりの短編投稿!

 貴族だったら、こういうこともあるのかなぁ~って思いながら書いてみました。本当はヒロインをヤンデレ風にしたかったんですが、何故かその要素が入らずちょっと残念です(笑)。

義息子ムスコよ。なにも言わず、アステリアに子宝を授けてくれないか?」

 

 とても重大な話があると義父であり、我が国の重鎮であり公爵家当主に呼び出されてみれば、開口一番そう告げられた。

 義父上、あなたのことを心底尊敬していますが……一体全体なにを仰っておられるのか理解できないのですが…?


「…あの、義父上? 聞き間違いでしょうか? 今、アステリア様に……あの、そのぅ…」


 聞けない!

 もしも、聞いたら後戻りできなさそうとかそれ以前に、そんなことを聞いたらまるで変態じゃないか!!


「そうだ。アステリアに子宝を授けてやってくれ」


 どうやら聞き間違いではなかったようだ。

 そうか。

 へぇ……、そうなんだ。

 人ってこんなに簡単に絶望できるんだ……。


「――って、なにを仰っておられるのですか!!」

 

 そんなことできるわけがない。

 だって、アステリア様は――


「義姉上にそんな真似できるわけないでしょう!!」


 この日、僕の悲痛な叫びは王宮全体に響き渡った。




 アステリア様。

 そう。アステリア・ルージュ・パラサイト公爵令嬢は僕の義姉である。

 簡単に言うと、僕の妻でありパラサイト公爵家の次女ワインリー・ローズ・タネマール侯爵夫人の実の姉なのだ。

 あっ、ちなみにタネマール侯爵というのは僕の家名ね。

 そして、目の前にいるのはパラサイト公爵家の当主ナンガッセイ・マカス・フォン・パラサイトその人だったりする。


「義父上、失礼を承知で言わせていただきますが、なにをとち狂ったことを言っておられるかおわかりですか?」


 正直、ここで冗談だったあるいはボケが始まっていると言われる方が僕としてはありがたい。

 ていうか、そうであってほしい。

 だが、義父から返って来たのは無情な答えだった。


「重々承知している。我が娘にして、お前の妻の姉――そしてお前の義理の姉と寝て、孕ませてほしいと言っておるのだ」


 より具体的な内容にしてくるんじゃねえよ…!

 この時、初めて僕は義父を心の底から殴ってやりたいと思った。


「いやいやいや! 義父上、正気に戻ってください! 公爵家令嬢にそのような真似をすることもそうですが、妻がいる身でありながら他所の女性、それも妻の姉にそんな不埒な真似が許されるはずがないでしょう!」

「――案ずるな。儂が許す」


 あんたは神か!?

 あんたが許したからってそれで万事解決になるわけがないでしょう!!


「……そもそも、義姉上は未婚の女性でしょう? いや、この際未婚か既婚かどうかは隅に置いておくとしても私よりももっと相応しい……そう共に歩く伴侶を探すべきなのではございませんか?」


 そう、義姉上はなんと三十路近くにも関わらず、未だに独身なのだ。

 貴族の結婚は十代に入ってから行われ、遅くとも女性は十五までに嫁いでいるのが望ましいとされる現代において晩婚を通り越して売れ残り、嫁き遅れと言われる年齢。

 それが許されているのはひとえにパラサイト公爵家の長女だからという理由に他ならない。

 つまりは、身分が高すぎて釣り合う相手がいないのだ。

 実は私が候補として上げられていたのだが、妻と恋に落ちてしまい破談になったという経緯が合ったりする。

 だから、義姉上が未だに独身なのは心苦しい。……が!それとこれとは話が別だ!


「……むろん、儂だって初めはそう考えていた」


 この日、初めて真面目な口調で口を開いた。

 いや、真面目ではあったが、今まではどこか真剣みにかけていたというか…、こちら側の準備ができていなかったのでそう取れていただけなのだが……。


「しかし、現実は厳しいものよ。それこそ、ほんの数年前までは選ぶ側だったアステリアは……今や選ばれる側なのだ」

「…………」


 そ、それは、つまり…。


「……駄目だったと?」

「うむ」


 逃げ場がないほどの真っ正直な返答に僕はとうとう膝を着いてしまった。

 もう駄目だったのだ。

 義姉上は静観しているうちにすでに賞味期限が切れていたのだ!!


「……元より、我が家には男児がおらん。ワインリーが嫁いだ今となってはアステリアの夫、そしてその子どもに家を継いでもらう必要がある」


「だが、嫁き遅れたあの子を貰ってくれる家など我が家に取り入ろう、下手をすれば乗っ取ろうと考えるような家ばかり…!」


 まあ、パラサイト家は伝統ある名家なだけあって敵も多いですからねぇ…。


「そこで考えたのだ! お前に子をなしてもらおうと!!」


 はい。飛躍しましたー。


「……義父上、話が飛び過ぎです」

「お前しかおらんのだ! 信頼でき、それでいて後腐れもなく、血筋も病気も心配のないような種馬はっ!!」


 おいこら待てや。

 てめえ、今種馬っつったか?


「頼む! 元より、お前があの子を見捨てたことが事の発端なのだ! あの子に幸せを! 我が家に跡取りをっ!!」

「ぐっ…!」


 言い方が汚い!

 人が気にしていることを…!




「――それで? 如何なされたのです?」


 僕は今、窮地に立たされている。

 それもこれもすべては義父の所為だ。

 だが、目の前の人物にはそんな言い訳が通じるわけがないことを僕はよく知っている。

 そう。妻である、ワインリーはどんな理由があろうとも僕が浮気をしたことを決して許しはしない。


「さあ、答えてくださいな。旦那様?」


 僕は正座をさせられながら、冷や汗を流しなんとか妻を見ないようにするが、圧力からは逃れられない。

 頭上から聞こえるムチが空を切る音、それがいつ自分に降りかからないか気が気でならない。

 答えを間違えればその凶器は即座に僕に牙を剥くことだろう。


「……義父上から話があってすぐ、アステリア様…義姉上のもとへ連れていかれました」


 僕には正直に話す以外の道が残されていなかった。

 あの思い出したくもない出来事を…!




 義父に連れられて、辿り着いた場所。

 そこは通い慣れた妻の実家のはずなのに、いつもと違う異様な雰囲気を放っている魔窟のように感じられた。

 いや、実際そうだったのかもしれない。

 なぜなら――そこには魔物がいたのだから。


『ッ!??』


 一瞬、なにが起きたのか理解できなかった。

 屋敷の扉を開いた瞬間、僕はまるで獲物を待ち伏せていた猛獣に引っ張られるかのように巣穴へと引き込まれていた。


『――アステリアには数日前から、薬で興奮状態にさせている。今は繁殖期のどんな猛獣よりも飢えていることだろう。ついでに、今日は出かける前に相手を連れてくると言っておいた』


 扉が閉まる直前、僅かな間に聞こえた義父の声が妙に脳に残っている。

 それは諦めろと告げられているような、生贄に対する声色だったからかもしれない。

 もしかしたら、それは僕にだけ聞こえた幻聴だったのかもしれない…。


『義姉上っ! アステリア様っ!! 落ち着いて――』

『――ぁはああああ』

『ひぃぃっ!! やめてくださいっ! 絡みつかないでぇえええええ』


 そこから先は思い出したくない。

 まるでヘビに絡みつかれるかのような逃げ場のない攻め、義姉のどこにそれほどの力があったのかはわからないが、僕は毒に侵されたかのように逃げる術を失っていき――ついには一線を越してしまった。


「――たっ! あなたっ!!」

「ッ!!」


 頬に走る激痛で僕はようやく正気に戻った。

 どうやらうわ言で語っていたようで、妻は怒り心頭だ。

 容赦なく振るわれたムチのおかげで正気には戻ったが、肉が裂け、血が滴っているのがわかる。


「……あなたが不本意な状況だったのはわかりました」


 憮然と言い放つ妻は、納得はしていないが受け入れてくれたようだ。

 ……なのに、なぜだろう?

 ホッとすべき場面なのに、むしろ先程よりも恐怖を感じるのは…。


「何よりも、元凶が御父様(クソオヤジ)だということも…!」

「ワインリー!? ちょっと、落ち着こうか!!」


 ヤバいッ!?

 落ち着いたわけじゃなかった。むしろ、怒りが許容限界を超え始めたんだっ!


御姉様いきおくれも、どうせクソ父様に騙されたに決まっているわっ! そうじゃなければ私の愛しい旦那様に手を出そうなんて……しないわよねぇ?」

「ひぃぃっ!?」


 うわっ!?

 今の、物凄いアステリア様に似てたよっ!

 怖いから言わないけどねっ!


「ま、まあ…そうなんじゃないかな?」


 このままではアステリア様にまで被害が及んでしまう。

 どちらかというと被害者は僕だけど、女性に危害が加えられるおそれがあるならば助けなければ!

 ……えっ?義父上?

 知らん。

 自分でどうにかするだろう。


「義姉上とは結局、話しができなかったからわからないけど……義父上は僕との縁談が流れたから良縁がなくなったって言ってたし…。たぶん、そう言えば僕が怯むと思ってたんじゃないかな?」


 実際、怯んだしね…。


「キィィィッ…!! やはり、やはり、やはりぃいいいいい!! クソオヤジがぁああああああああ!!!!」


「……うっわぁ」


 ハッ!

 何を引いているんだ!!

 それでも由緒あるタネマール家の当主かっ!

 ……でも、あれはなぁ……。


「いやいやいやいやいやっ、あれは妻。あれは妻! 最愛の妻!!」


「――あなた」

「ひゃいっ!!」

「ちょっと、狩りに出かけて来るわ」

「…あっ、いってらっしゃ…い」


 駄目だ。

 僕にはもうどうしようもないよ。

 僕にできることと言ったら、せめて冥福を祈ることだけだよ。




「…ほんっとに、御父様には困ったものだわ…」

「ふふっ。そうね。あなたの言う通りだわ」


 今日は数か月ぶりに妹のワインリーが家にやって来ている。

 妹の夫であるタネマール侯爵様には会えなかったけれど、まだちょっと気まずいからそれはそれでよかったかもしれないわね。


「大体、御姉様のお気持ちというものをなんだと思っているのかしら? 薬で前後不覚になった状態で子をなして、愛情が芽生えなかったらどうなさるおつもりだったのかしらね!」

「……まあ、その心配は少なくともないと思うわ。だって、幸せですもの」


 私は不謹慎かなと思いつつも、膨らんだお腹を優しく撫でる。

 このお腹には新しい生命が宿っている。

 私はあまり覚えていないけれど、あの時タネマール侯爵様から授かった生命が。


「…ふぅ。そうね。御姉様が幸せそうなら、なによりだわ」


 ワインリーにとっては複雑でしょうけど、祝福してくれている。

 と言っても、あの騒動の直後は射殺さんばかりの視線を送られたものだけど…。

 それもこれもタネマール侯爵様のおかげかしらね。


「あまり興奮すると身体に障るわよ? ――あなただって、身重なのだから」

「! もうっ、御姉様ったら…」


 照れて視線を外すワインリー。彼女のお腹も私と同じくらい大きい。

 彼女もあの後、すぐに妊娠が発覚したのだ。


「でも、私はもう五人目だけど、御姉様は初めてなんですもの。気を付けてくださいね?」

「ええ。わかっているわ。…そうでなければ侯爵様に申し訳が立ちませんもの……っと、いけないわね。表向きは誰とも知れない遠方の国の子という設定だったわね」


 本当は気にしてないけれど、思い出したように設定という言葉を口にする。

 お父様が必死になって考えたのですから尊重してあげないとね。

 それにしても、国王様たちも納得させたという話だけど……一体どのような手段を講じたのかしら?


「こう言いたくはないけれど、私にはすでに子がいたのですからウチの子を養子にするという選択肢もあったはずなのに…。そういうことを考えずにいきなり御姉様に夫を宛がうというのが御父様の悪い所だわ。自分のことしか考えていないのよ!」


 まだ憤りが収まらないらしい、妹と今日ものんびりと静養しつつ未来の公爵家の跡継ぎの誕生を待ちわびる日々。

 平和だわ。

 …あっ、でももしこれで男の子じゃなかったら……その時はまたお願いしようかしら?

 …………なんてね。

 冗談よ。

 だから、そんなに怖い顔をしないでちょうだい?





 それからさらに数か月後。

 公爵家の長女アステリア・ルージュ・パラサイト様は出自不明の元気な赤子たちを出産した。

 赤子たち――生まれたのは男児と女児の双子だった。

 パラサイト家は跡継ぎ問題が一変。他家との縁を繋ぐための女児まで授かり、順風満帆となった。


 そして、その妹ワインリー・ローズ・タネマールも元気な女の子を出産。

 こうしてタネマール侯爵家は男の子が三人、女の子二人を授かり、パラサイト公爵家と縁戚関係になったことで整っていた家はさらに賑やかになったという。



 さて、ここで終わればめでたしめでたしとなるところだが、話はまだ終わらない。

 僕ことタネマール侯爵はパラサイト公爵の血を引く二人が無事に出産を終えた後、なぜか国王陛下に呼び出されていた。


「タネマール侯爵入ります!」


 通されたのは王の私室。

 そして、そこには居並ぶ諸侯たちが…。

 う~ん……どうにも嫌な予感がするよ。


「おぉっ! よく来たなタネマール侯爵」

「はっ! 陛下のお呼びとあらば即座に!」


 臣下の礼を取りつつも、僕の背中には嫌な汗が流れていく。

 特に諸侯たちの中でひときわいい笑顔を浮かべている義父上を見ると、駄目かもしれない。

 妻によって制裁され、ボロボロなのにその笑みはどこから出て来るんですか!?


「実は、そちに頼みたいことがある」


「――我が王国に子宝を授けてくれ!」


 陛下の口から飛び出た衝撃発言バクダン

 どうも義父上は、望まれたからと一発で子宝を授け、しかも望み以上の結果――双子を齎したことを陛下に報告していたらしい。

 ついでに、嫉妬した妻にせがまれて行為に及んだらこれまた一発で子をなしたことまで…。


 ……はぁ。

 ここは、あれだね。

 妻に倣って……いっせーの、はいっ!


「クソ義父上オヤジぃぃいいいいいいい!!」




 この日はなんとか辞退したタネマール侯爵だったが、彼が駄目ならばその子どもたちへと関心が移り、以来王国では子に恵まれなければタネマールを頼れという格言が生まれたとか生まれなかったとか…。

タネマール侯爵

主人公。後世では種馬侯爵家の初代と呼ばれる。本人はいたって誠実で妻一筋の愛妻家。ただし、騒動の後は妻に逆らえない恐妻家にもなってしまった。


アステリア・ルージュ・パラサイト

主人公の義姉でパラサイト公爵家の当主代行。子どもが生まれた後に、美貌に磨きがかかり無事に嫁の貰い手ができた。子宝にこそ恵まれなかったものの、関係は良好で周囲を呆れさせるほどのいちゃラブっぷりを見せつつ、この世を去っている。一度だけ、冗談で相手の子として産むからと主人公に関係を迫ろうとしたら妹に父親ともども折檻された。


ワインリー・ローズ・タネマール

主人公の妻。母を幼い頃に亡くしてからは父に懐いていたのだが、騒動以降は時折クソオヤジと叫んでいる姿が目撃されるようになり、常に武器を持ち歩くようになった。末の娘を異様に可愛がっており、彼女には良縁をと叫ぶあまりあやうく嫁き遅れそうになってしまった。夫である主人公との仲は相変わらず良好。


パラサイト公爵

主人公の義父。娘や義息子からは散々に罵倒されているが、王からの覚えもいい優秀な人物。国王に紹介したのだって国とタネマール侯爵家のさらなる発展を願ってのことだった。騒動以降は態度の変わった娘たちの影響を受けて、孫に冷たい対応をされることからちょっと傷心気味だが懲りてはいない。

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