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7/12

大魔術師は行動した。


日曜日のその後の時間を家中の書物を読むことに費やした私は、今回に至ってはきちんとした時間に

睡眠をとった。当然中学生の成長には睡眠というのは非常に重要な要素であるからだ。私の魔術で成長補助は既にかけているものの、さすがに睡眠を不要とすることはできないからな。


さて、早めに目が覚めた。現時刻は午前6時前で、家族はまだ起きてきていないようだ。軽く柔軟をしたのちにベッドから起き上がる。ああ、やはり若い身体というものはこの上なく素晴らしいものだな。目覚めからして全く違う。さてと、どうしようか。取りあえず学校に登校する準備はするとして。…そうだ。制服を着なければならぬのだったな。いやあ、制服など着たことがなかったのでな。少しだけ浮かれている。昔、学院で臨時に教鞭を振るった時期もあり、生徒たちが制服を着ているのを見てなんとも言えない羨望のような感情を抱いたこともあったが、私がそれを着ることができるとはな。


制服を着こんでみて、自分を姿見に映してみる。一般的にブレザー、と呼ばれるタイプの制服だな。この身体はまだ成長しきっていないため、少し袖がぶかっとしている。まあ、とは言っても着られているような感じではないからよいだろう。割と似合っているとも思う。しかし着てみたはいいものの、今は季節の変わり目というような時期だ。今は肌寒いから着ていて問題ないが、昼には暑くなって脱ぐかもしれないな。

あ、そういえば授業の時間割が分からないのだった。自室には1学期までの時間割表しかなかったため、準備ができない。取りあえずは一応、体操服というものを持って行っておくことにしよう。あとは…教科書は無しでいいか。嵩張るし、何よりもすでに頭の中に入っている。何ページ何行目を読めと言われても諳んずることができるだろうな。…といっても、それをすると流石に異常なので、一応は他の生徒に見せてもらう…かもしれない。別に私は気にしないが。


さて、持っていく内容物は筆記用具にノート、体操服、あと一応上履きで十分。身だしなみを再び確認し、私は部屋から出た。


今に降りてきたが、思った通り誰もいない。朝食の準備をして起床を待っていてもよいのだが、それをすると食材の使用計画なんかが崩れてしまいかねない。故にやめておく。取りあえず急いで調べる必要があるものもないので、ゆったりとテレビでも見るとしようか。昨日や一昨日はちらりとは目にしたが、ちゃんと見れていないからな。リモコンを手に取り、テレビの電源をつける。

丁度ニュース番組をやっているタイミングだったようだ。ふむ、今日の天気は晴れの予報か。雨具を持っていく必要がないから楽でいいな。…む、星座占いというものがニュースに付随して知らされるとはなんとも面白いな。ただ、その日の人の運命をたった12パターンに分けるというのはいかがなものかとは思う。私としては論理的な根拠に欠ける事物であると判断せざるを得ない。…まあ、こういった占いの類が好きな人にとっては楽しみのひとつになっているのかもしれないがな。

その後も流れているニュースをしばらく観ていると、階段を誰かが降りる音がしてきた。おそらくは陽子だろうと推測される。


「あら、早いのね。おはよう」


やはり陽子であった。私もおはようと手短に挨拶を返す。


「いつ起きたの?」


「たしか6時より10分ほど早い時間だったと記憶しているな」


「まー早起き。やっぱりおじいちゃんだからかしら……」


「いや、私の精神の年齢はあまり関係ないと思うのだが…。まあ、思い当たることがあるとすれば成長促進の魔術による作用ではないだろうか」


「なにそれ」


「言葉通りの魔術なのだがな。この身体の骨や筋肉が発達しやすくするために、タンパク質やミネラル分といった物質の吸収効率を魔術的な効力で高めているわけだ。それによって身体がしっかりと作られ、あまり長い睡眠が必要とされなかった結果で起床の時間が早くなったのだと考えられる」


「えーと、うん」


よく分からない、というような怪訝な表情を浮かべられた。心外である。

それはともかく、話題を転換しよう。


「ところで、今日の朝食は何にする予定なのだろうか。私も準備を手伝おうと思うのだが」


そう提案を投げかけると、彼女は寝耳に水とでも言わんばかりの驚いた表情を浮かべた。


「え、料理とかできるの?」


「失礼な。元々定期的に料理はしていたし、それも弟子からの評判は中々のものだったと自覚しているのだが」


「でも、こっちの食材とか調味料とか分かるのかしら…?」


「侮ってもらっては困るな。一昨日寄った本屋で料理本も一通り網羅している。ある程度のフレンチや中華ならば作れると思うぞ?」


「本当にオーバースペックね…。何なのかしらその記憶力と理解力は」


「元来のものもありはするが、魔術によって分離思考と思考加速をほとんど常に行っている状況だからだろうな。…いや、思えば記憶力に関しては元から優秀であった記憶がある。魔術による代替負担に関しては記憶力が約2割、それ以外が約6割といったところか」


「魔術って万能なの……?」


「魔術が万能か否か、という問いか。それはよく入門して程無い弟子に問いかけられた問答であるが、答えは否であると言わざるを得ない。まず一つ、いかなる魔術を以てしても生命体の創造は不可能であるということ。これに関してはまあ、魔術を極めた者に限ればある意味実現可能なのであるが、そうして造られた存在は単なる人形に過ぎないと言っても過言ではない。そう断ずるのには色々と問題点があるのだが、大きなものとしては魔力の自発的な循環が実現しないというのが挙げられる。そもそも」


「あー……はいはいはいごめんなさい。投げかけた私が悪かったから熱弁し始めるのはやめてもらえるかしら」


「おっと、ついつい喋りすぎてしまったな。申し訳ない。そうそう、料理の手伝いのことであったな」


学術的なことになると発言に熱が入ってしまうのは、やはり悪い癖だな。あまり一般ウケはしないだろうから、これは普段は出さないようにしなくてはならないと心に刻む。しかしながら、これは研究者としての私の本質的と言っても過言ではない癖であるため、ふとした瞬間に出てきてしまうのは避けようのないかもしれない。細心の注意を払いながら気を付けなくては。

そんなことを考えながらも、私の手は卵焼きを作るべくして動いていたのだった。



朝食を作り終えたが、余りものを弁当に詰めるというのでチーズと海苔を使うなどしてひと工夫してもみた。工夫とは何かというと、所謂キャラ弁である。テーマは秋ということで作ってみた。作り終わって陽子がこちらを窺ってきたのだが、非常に驚いた顔をしていた。ちなみにキャラ弁になったのは悠の弁当だけだ。自分にキャラ弁を作るのは流石に気が引けた。作っていて楽しくないだろうし。


弁当も作り終わったところで朝食用の茶碗などの準備をしていると、陽子が悠を呼びに行くという旨を伝えてきた。そうか、もう悠が起きてくる時間か。ここからは演技モードに切り替えなくては。黙々と飯碗に米をよそっていく。それにしても、この米のふわりとした甘い香りは嗅いでいて心地良いものだな。なんとも食欲をそそられる。ニマニマとしながらも準備を進めていく。


お、二人とも降りてきたようだな。盆に載せて持っていくか。

テーブルに運んでいるところで、丁度悠が姿を現した。


「悠、おはよう」


「あ、んん。兄ちゃんおはよー………って起きてるっ!!」


「起きてたら悪い?」

苦笑しつつ返事する。


「いやそんなことは……しかも制服着てるし、まさか」


「学校、行くよ」


私がそう言った瞬間、悠は一瞬泣きそうな顔にも見える表情を浮かべ、そして直後に安心したようにへにゃり、と笑った。


「そっかあ。そっかあ……!!」


やたらと嬉しそうだ。なんというか小動物のように思えてくる。昔飼っていたヴィルスナウト・ヘルハウンドのことを少し思い出すな。あ、いや。あやつは体長7メートルほどはあったから小動物という枠組みではないが、遊んでやった時の人懐こい感じには似通った雰囲気がある、というだけだ。


悠の表情を微笑ましく眺めながら、朝食の配膳をしていった。



朝食を終えると、悠が着替えや学校へ行く準備をするのを待ちながら、私自身も支度を済ませ。

そして7時30分ごろに自宅を後にすることとなった。


家から中学校までは徒歩15分ほどの距離があることが分かっている。昨日のうちに下調べをしておいたのだ。これを調べるために生徒手帳に書かれた住所を参考にしたのだが、ついでに分かったことがあった。それはクラス。私は2年4組に所属しているらしい。これが書いてなければ、悠に聞かねばならないところだった。流石に、何か月も学校行ってなかったからクラス忘れちゃったてへ!なんて阿呆なことは言えないだろう。


雑談をしながらゆっくりと歩いていたためか約20分の道のりであったが、中学校へと到着した。私達と同様に続々と生徒たちが登校してきているのが見て取れる。まだまだ幼さの残る顔立ちの者が多く、非常に微笑ましく思えてくる。私もそのうち伴侶を娶り、そしてこんな子供たちを育てていくことになるのだろうか…。それが最終的な目標であるのだから、達成のために能動的に動いていかねばな。


そんなことを考えつつ下駄箱へ到着すると、あ、と悠が声を洩らした。


「兄ちゃん、僕こっちだから」


「ん、ああ。その、ありがとな。一緒に登校してくれて」


「ううん、僕がしたかったことだから。それにこれでお礼言ってたら、これから毎日のようにお礼言うことになるよ?」


冗談を口にしつつ悠はクスリと笑う。

私も思わず口元に笑みを浮かばせながら、それじゃあ、と手を振って各々の下駄箱へと向かった。

さてと、私のはどこか…ああ、これか。名前の書かれたプレートが付いているから一目で分かった。もし名前の無いタイプだったら靴を入れられず困るところだった。案の定上履きは置いていなかったので、靴を仕舞った後に鞄から出して履いておく。さて、教室に向かうとするか。2年ならば、単純に考えれば2階なのだろうな。ここは1階だから、進んですぐ近くの教室が1年の教室であれば確実。…うん、読みは間違っていなかった。少し距離はあるが、教室の表札に1年のクラス番号が書いてあるのが見て取れる。それでは階段を昇って2階に行くとしよう。ちょうど、私の周りにも2階への階段へ向かう生徒がちらほらと見うけられるため、それに従う形で階段を昇っていく。過半数はさらに上の階へと昇って行ったが、数人はそのまま2階へと進んでいく。左右に道が分かれているが、素早く双方へと視線を動かし、クラスを確認。うむ。左方向の空き教室を挟んだ2つ目の教室に4組の表札がある。挙動が不審にならないようにごく自然にその方向へと身体を運ぶ。そして、ついに私の教室へと到着した。よし。任務達成だな。あとは…席を確認するだけだ。掲示物を確認して、そこに記されていなければその辺に居る者に尋ねる。たったこれだけの簡単な工程。造作もないことだ。


教室の前方のドアから中に入ると、その瞬間に私へと視線が集まり、一瞬興味を無くしたかと思うと驚愕と共に再び視線が投げられた。教室に居た20人ほどのうち、約半数が同じような動作をしたために失笑してしまいそうになるが、顔面の筋肉を制御して我慢する。そして視線を気にもしていないように教室前方の掲示物に目を彷徨わせる。給食の当番、献立、…その他こまごまとした掲示物があったが、目当てである座席表のようなものは確認できなかった。目論見のひとつが外れて残念だが、次だ。他者に聞くしかあるまい。私は教室全体を見回すように振り向く。そうすると、私を捉えていた視線の大半が逸れた。そして周りの友人たちと小声で話し始める。まあ、不思議だろうな。陽子の話では、夏休み明けの新学期数日後から学校へ行っていなかったという。そんな者が約2か月ぶりにやってきたのだ。興味や不信感の対象にならないはずがない。


教室内の座席数は39、現在室内に居る生徒数は21人だ。約半数しかいないとはいえ、皆がひそひそと話をし始めたために少しざわざわとしてしまっている。仕方のないことだが、私は心中で嘆息しつつも手近な生徒へと声をかけるべく足を踏み出す。

教室の前から2列目、最も廊下側の席に座っている、痩せぎすの少年に話しかけることとした。痩せ形の体型とはいえ筋肉はそこそこあるうえ日焼けしているし、活発そうな印象だな。


「ごめん、ちょっといいかな」


私が話しかけると、少年は見ていた本から視線を外し、不思議そうに私を見た。


「……俺か?」


「あ、うん。里中っていうんだけど、僕。僕の席の場所って知ってたりする?しばらく学校来てなかったから分かんなくってさ」


人当たりの良さそうな表情を浮かべつつ、困ったような雰囲気で話しかける。


「ああ……そういえば久しぶりに見たな。斜め後ろの、そこだろう。席替えしたときからずっと空いてるなと思ってた」


「お、そうなんだ。ここね。ありがと、教えてくれて。えーと、名前は…」


「織田。織田遼だ。まあ、俺たちは今まで全然喋ったことなかったし。名前は忘れてても仕方ないな」


「ははは、ごめん。織田くんね、覚えた。とにかく、助かったよ。本当にありがとう」


「ああ。気にするな」


席を教えてくれた織田少年に笑顔で礼を言うと、私は自分の席へと座った。机の中を見ると、見事に空っぽだ。その中へノートと筆記用具を納め、ひとまず一段落つくのであった。







お読みいただきありがとうございます。

残念ながら次の投稿予定は未定になります。

早ければ明日になりますが、恐らくは遅くなることと思われます。

活動報告にてお知らせいたします。

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