大魔術師は思案した。
どうやら寿命らしい。
私は先日それを悟った。
魔術師として生きて120余年。様々な魔術をほぼ極めたと言って良い身ではあったが、やはり人間。寿命というものには勝てないようだ。
死霊魔術という禁術を使えば不死者として生きられるが、それをするにもリスクが付き纏う。
いつ自我が崩壊するか分からないからだ。
そうなった私を討伐する者にも申し訳がないし、この案は排除した。
若返りの術は無いかと探し、見つけたものの、研究にあと数年はかかりそう、というのが弟子からの報告である。そもそも、すでに似た術は使っている(延命のための術だが)。それによって120歳を過ぎるまで生きることができているのだから。
他にも色々と生きる手段を弟子たちと共に探したものの、やはりどれも欠陥が多かった。
やはり、もう死ぬしかないのだろうか。
循環魔力量の減衰の割合から推測するに、もってあと2週間。早ければ1週間後に私は息絶える。
老衰で死ねるというのは喜ばしいことかもしれないが。やはりまだ死にたくない、という想いがあった。
何を見苦しい、と思うかもしれないが。私にはやりたいことがあるのだ。
それは、全くもって魔術に関することではない。世界が欲しいだとか、神になりたいとかいう事でもない。それどころか、崇高さのかけらもない、俗臭にまみれたもの。
ただ。
嫁が欲しい。
考えてみてほしい。私が魔術を師匠から教わり始めたのは若干6歳の頃。何年も毎日毎日が魔術漬け。思春期を迎えた私が、色ごとにうつつを抜かしそうになったことを感じた師匠は、私に呪いをかけた。
性欲減衰。それは単純で、そして絶大に効果を発揮した。
未熟な私はそれを解呪することもできなかった。やはり、美女と分類された師匠の尻を眺めていたのが良く無かったのであろうか。
やがて力をつけた私が呪いを解いたのは30に差し掛かったところだった。
しかし、20年近く抑圧され続けた私の欲求は、果たして爆発すらしなかった。
つまり、完全に枯れてしまったらしい。
流石に責任を感じたのか、師匠は責任を取ってやろうかと言ったが、いかんせん食指は動かなかった。私のせいではない。私のせいではないのだ。ボンキュッボンだった師匠がドカンドカン土管な体型になってしまったのが悪いのだ。
その頃には国を代表する魔術師になっていた私には、当然多くの縁談も舞い込んできていた。
しかし、多くは貴族からの申し込み。国の中枢とのコネを作りたいという策謀が見え見えなものがほとんどだった。何の変哲もない平民の家庭に生まれた私にとって、それらは肌に合わなかったようだ。
そうしているうち、40を超えた。その頃には弟子も取るようになり、中には若くも私に憧れの目を向け、恋慕の情を抱く弟子も居た。しかし、私は40半ばを迎えていた。
これでは隣を歩いてもまるで父と子。そのうち介護人だと思われるようになるだろう。優秀な弟子ではあったが、それ以上の関係に進むことはできなかった。
50,60,70と歳を重ねていくうち、諦めがつくようになっていった。80歳過ぎまでは私の研究の全盛期であり、世に幾十もの革新を打ち出した。
そして今、死が追いかけてくるのを感じ取った私は、後悔をはっきりと感じ取っていたのだ。
こんなことなら、オークと良い勝負になった師匠に責任を取ってもらうことで妥協すればよかった。…いや、良くはないな。良くない。それなら生涯独身の方がマシかもしれない。
まあ、そんなわけで私はジレンマへとぶつかっていた。
が、先日のことだ。弟子の一人が言ったことに衝撃を受けた。
曰く、師匠が生まれ変わればいいのに、と。
あ、師匠とはオークになった方ではないからな。私のことだ。
転生。その案は以前にもあった。しかし、それは一旦は廃案に追いやられた。というのも、魔力の循環の仕方は魂魄ではなく、肉体に由来する。下手くそで非効率な魔力の動かし方をしている身体に入ってしまうと、魂魄に由来する魔力を持て余し、循環させられずに肉体が崩壊してしまうのだ。これは、循環路の異なる変異種のラットから、通常種のラットへと魂魄を移動させる実験によって証明されている。
そもそもあらゆる生物は、その命の長さに関わらず魔力の循環を行っている。つまり、この世界で転生を果たすためには私と同等かそれ以上の循環効率を誇る肉体に入らなければならないのだ。しかも死亡して間もない身体である必要性もある。そんな人外のような生命体が都合よく死ぬか。
はっきり言って、不可能。そう結論づけた。
が、それはあくまでこの世界でのこと。
魔力が存在せず、魔力循環を記憶すらしていない生物が存在する世界。
そんな世界がありさえすれば、転生は容易に成し得る。
しかし、魔術によって宇宙を観測する研究を行っている私にも、そんな生物が居そうな星は見たことがない。
ろくに観測はできていないため理論も証明できてはいないが、そこは多元宇宙論が正しいことを信じよう。私が成し遂げさえすれば、生涯の研究がまた一つ実るのだから。なに、失敗すればそれまでのこと。実験に失敗はつきものだ。
そして決意を固めた私は、準備を始めた。転生の案が出た際に興味が出て研究をしてみたため、転生自体は容易だ。あらかじめ作成しておいた「魂魄転換式再生誕法陣21番」を次元収納から取り出す。これに魂魄の定着条件、多次元干渉の情報などを描き加えていかなければならない。
また、それと同時に身辺整理も進める。分離思考を3つほど展開し、重力魔術などで資料の類を整頓していく作業を始めた。
3日ほどですべての作業を終え、現在に至る。
一番大変だったのは弟子たちへの説明だろうか。私からすればそうではないが、実験の結果の如何に関わらす、彼らからすれば私の存在は認識できなくなる。つまり死んだのと全く同一となるわけだ。散々に泣かれ、行かないでくれと言われた。若返りの薬を研究している者も居るから、もう少し待ってくれと言われたのには少し興味が湧いてしまった。薬学は他の分野に比べれば精通しているとも言えないため、未知の知識に関して心躍ってしまったわけだ。
が、私の決意は固い。
私の最後の研究で実験だ、邪魔をするなと怒鳴ってやった。そこから一日程この研究の理論と実験過程、考察などについて熱く語ってしまった。
なんというか、弟子たちの「あー、こういう奴だったな」みたいな視線が若干痛かったな。そもそも、目的が変わってきているような気がしている。
というわけで説得?も完了し、法陣ももう完成しているために思い残すことは無い。
私は法陣を敷いた上に椅子をのせ、座る。
部屋と外の通路には、世界に散らばっていた弟子たちのうち9割ほどが集まっていた。
その面々の顔を見ているうちに、口から自然と言葉が零れてきた。
今までの人生、お前たちと一緒に研究をして、失敗して、成功して、喜び合って。
本当に楽しかった。
私は幸せだった。
私が居なくなっても、皆研究を続けろ。それが私にとってなによりの喜びだ。
皆で作り、分かち合い、笑い、泣き、楽しめ。
そうしてこそ、私が生きた意味がある。
―――法陣に魔力を通す。
私はこれから、人生最後の大実験に挑む。
成功するかは分からない。だがやることに意味がある。
そのことをしっかりと覚えておいてほしい。
―――涙で視界が歪む。
今までありがとう。
これが私の集大成だ。
―――法陣から眩い光が溢れる。
それでは行ってくる。
―――限界まで膨張した光が、収束を始める。
願わくば、また会おう。
さらば。
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1時間後、2016年9月17日1時に2話目を投稿します。




