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何もしていないのですか?

※前回更新日時:2016/01/31 20:00


※2016/02/14:タイトル修正

「初めまして。花氏です。ご指導のほどをよろしくお願いいたします」


 自分の正面の席、その横に気をつけ(・・・・)をして、夢子は深々と頭をさげました。


 すると、正面で座っていた女性も、ゆっくりと立ちあがります。


「こちらこそ、よろしくお願いいたします。わたくしは、【上空(うえそら) (ゆう)】と申します」


 悠は、手を前で合わせると静々と頭をさげます。


 きれいな長髪が似合う、なかなか上品な雰囲気です。


 美人ですし、胸も夢子のように寂しくありません。


「今日の午前中は、皆籐さんが上空さんに仕事を習えと言われました」


「聞いていますわ。皆籐さん、朝からミーティングですものね。ああ、ご尊顔が朝から見られなくて残念ですわ」


 自分が美人だと自覚している美人が憂いた顔を見せるのは、なんとも嫌味なのですが、様になるので仕方ありません。


 コンプレックスがあると、腹が立つところですが、夢子は腹が立ちませんでした。


 なぜなら、彼女は自分のことをけっこうかわいいと思っている図々しい娘なのです。


 だから、普通に会話を続けられます。


「……上空さんは、皆籐さんがお好きなんですか?」


「ええ、もちろん。だって、あの目……素敵じゃありませんか。死んだ魚のような瞳。マンガだったら、きっと真っ黒に塗りつぶしただけで瞳なんて描いてもらえないようなキャラクターですわ」


「……人の趣味なので、とやかく言いませんが……そうですか」


「ええ。わたくしは、あの目で貶されたくて、しかたありません」


「……人の趣味なので、とやかく言いませんが……そうですか」


「わたくし、優秀すぎていろいろとストレスが溜まりにくくて。専門で心理学も学んでいますが、ストレスがないのもあまりよくないのですよ。ですから、あの目で貶されることで適度にストレスがたまれば……」


――プルルルル……


 そこにヘルプデスクへ助けを求める電話が鳴り響きます。


 悠は画面を確認すると、こくりとうなずきました。


「では、わたくしが対応のお手本をお見せしますので、聞いていてください」


 夢子は素直にうなずくと、音声のモニターリングをするためにヘッドセットをつけました。


 それを確認してから、指先から優雅に悠が受話器を上げます。


「はい、ヘルプデスクでございます」


〈お疲れ様です。営業開発の谷山です。実は、何もしていないのに、パソコンが壊れたんです〉


「あら。何もしていないのに、どのように壊れたのですか?」


〈ええ。使っているノートパソコンのキーボードが、まったく反応しなくなって……〉


「あら。何もしていないのに? 変な話ですわね」


〈え、ええ。そうなんですよ。今日、電源入れたらキーが打てないのでログオンできなくて。仕事ができないので、新しいパソコンが欲しいんですが〉


「あら。何もしていないのに、壊れたんですのね?」


〈……ええ。もちろん……〉


「あら。……な・に・も・し・て・い・な・い・の・に!?」


〈…………あ、あの…………〉


「な・に・も・し・て・い・な・い・の・に、壊れたと仰るのですね?」


〈…………〉


「なあぁぁ~~~にいぃぃぃ~~~もおぉぉぉ~~~――」


〈すいません! 私がやりました! コーヒーを昨夜、キーボードにこぼしました!〉


「あら。そうですか。では、オンサイトの修理手配を致しますので、そこで見積を取っていただき、修理代は営業開発につけてくださいませ」


〈い、一応、乾かしたんですが……〉


「無意味です。では、クローズしますね」


 こうして無事に、問題は解決して案件がクローズされました。


 電話がかかってきてから、なんと40秒程度のスピード解決です。


「いかがでしたか。このような感じで行います」


 平然と悠は口にしますが、夢子は少しひきぎみです。


「……確かに、ストレスがたまらなさそうな解決方法ですね」


 ただし、相手のストレスは大変なものでしょう。


「これは、心理学的にも正しい方法なんですよ」


「心理学というより、単なる心理攻撃というか、脅しに聞こえたのですが……」


 あれだけ強引に上から押しつけるように言われては、気の弱い人ならやってなくても白状しそうです。


「いえいえ。違います。やっていることを効率よく認めさせただけですわ」


「どうして、やっていると確信したんです?」


 確かにノートパソコンのキーボードがすべて効かなくなるという現象で、もっとも多いパターンは「何か液体をこぼした」であると、夢子も知ってはいました。


 しかし、ほかに原因がないとは言えません。


「それは簡単ですわ。心理学的に、なにも訊ねていないのに自分から『なにもしていない』といいわけを口にする人は、心にやましさがある、つまりたいがい何かやった人ですから」


「……予想外に心理学っぽい回答で驚きました」


 夢子は良くも悪くも素直なので、ここは素直に驚いて見せました。


 その反応がうれしかったのか、悠は頬をゆるめてしまいます。


「ふふふ。まあ、このわたくしにかかれば……」


 そこに1人の男性社員が、ニコニコしながら駆け寄ってきます。


「上空さーん、今朝の情報、役に立ったでしょう? 谷山の奴、コーヒーこぼしたの隠して、新しいPCを手に入れたがっりやがって。またなんかあったら教えにくるからさ」


 突然現れたわき役Aさん、疾風のように現れて、暴露をして去っていきました。


 悠の顔がおもしろいようにひきつります。


「……ええっと。つまり、心理学的には……」


「……傷口、広げない方がいいですよ」


 単なるチクリでした。


■用語説明


●「何もしていないのに」

パソコンを落として壊したり、勝手にアプリを入れて壊したりした人が、だいたい言う台詞です。

この台詞を最初に言う人は、経験上、たいてい何かやっています。


●キーボードにコーヒー

キーボードだけではなく、マザーボードというパソコンのメイン基板も被害を被って大変な修理代になることがあります。

ちなみに水でも超純水でもない限り、錆びてダメになりますが、水の場合は早めに分解して乾かすことで被害を減らせることもあります。


●心理学

これからもよく彼女は「心理学的には」と口にしますが、あまり信じないでください。


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