それが、カイトウなのですか?
お疲れ様です。
ヘルプデスクです。
とうとう40話にもなりました。
さらに、3万PVも達成となりました。
ここまで続けられたのは、皆様のおかげです。
本当にギャグって長く続けるのが大変で、ストーリー物の方が楽なことは間違いないと思います。
これからは、少しペースを落として、ゆっくりと掲載していければなと思っています(ポイントが上がるとハッスルすることもありますがw)。
というわけで、今回は「40話&3万PV達成記念」で、赤い彗星もびっくりの通常の3倍ぐらい長い、超ロングバージョンをお届けします。
いろいろと伏線やらも回収です。
ごゆるりと、一笑に付していただければ幸いです。
――その日。
社内の空気が平穏ではありませんでした。
少なくとも出社してきた夢子は、そう感じていました。
ピリピリとした雰囲気が、そこかしこにあったのです。
「なにか、今日は会社の雰囲気が違いますねぇ」
お休みに入ってので、朝から出社してきた圭子も、夢子と同じものを感じていたようです。
「確かにそうですわね」
さらに悠までもとなれば、ただごとではありません。
夢子は不安になります。
「失礼……」
そこに、硬い雰囲気の聞き慣れない女性の声が聞こえました。
「皆籐部長はいらっしゃるかしら?」
「……はい。私ですが」
皆籐が席を立って、その女性を迎えます。
女性は、まだ20代後半ぐらいですが、目つきが鋭くどこか迫力があります。
真っ赤でタイトなスーツに身を包み、カールした長髪をフワッと後ろに流して見せます。
「あなたが、皆籐さんね。私は、業務改革プロジェクトのマネージャーの家野です。プロジェクトに関しては、ご存じですよね?」
かなり偉そうですが、それもそのはず。
彼女は今、社長勅命で動いていて、臨時に多くの権限を与えられています。
「ええ、概要は。社内の業務整理により合理化が目的とか」
「その通りです。その一環として、こちらのヘルプデスク部は解散していただく方向で動いています」
「……え?」
寝耳に水で、全員の顔が強ばります。
「まだ、正式決定前ではありますが、皆さんの異動先を確認したいために、異例として先にご連絡に来ました」
「ヘルプデスクの業務は?」
「もちろん、本来の部に戻します。もともと、各部への問い合わせに対する一次受付の工数を統合することにより、コスト削減するため生まれたヘルプデスク部ですが、PJチームの調査では各部で受け持つことも可能ではないかと見ています」
「そうですか……」
「それに……今のヘルプデスク部の人材は、宝の持ち腐れです」
「いえ、そんなことは……」
「たとえば!」
強い口調で、家野は皆籐の言葉を遮ります。
「上空さん。あなた、日商簿記1級資格を持つ経理のスペシャリストの上、司法書士資格ももっていて法務も詳しいそうじゃないの。それに、国際秘書検定も受かっているのでしょう」
――ガタッ!!
夢子と圭子が恐れおののくように椅子を鳴らして身をひきます。
本当に胸がでかいだけの女ではなかったのです。
「でも、わたくし、心理学の方が……」
「そっちの才能は、欠片も認められていません!」
きっぱり言われて、悠は肩を落とします。
「あなたには、秘書課に行ってもらうつもりです。……それから、花氏さん」
「……なんでしょう?」
「あなた、世界各国のIT企業どころか、国家機関からまで声がかかるプログラマーなのに、なんでこんなところにいるんですか?」
「こんなところ?」
カチンときますが、まだ夢子も我慢します。
「私はプログラマーになりたくてきたわけじゃないんで、ここでいいんですけど」
「そんなもったいないことできません。あなたには、ぜひソフトウェア開発部に行っていただきます。もちろん、給与は今の10倍はだすよう交渉しています」
「…………」
夢子にしてみれば、10倍でも20倍でも大差ないのです。
なにしろ、一生遊んで暮らせるほど、他の収入で得られているのです。
しかし、話しても無駄に感じてしまい、夢子は口が動きません。
「それから、石野さん。あなたの裏の仕事も調べがついています」
「ぎくっ! ……な、なんのことだかわかりません★」
「これ以上ないぐらいに惚けるのが下手ですね。目が泳ぎすぎですよ。……本来、あなたは年齢的に問題あるのですが、会社としてはあなたと関係を続けたいと考えています」
「……え? 会社全体がロリコンってことですか?」
「そういう関係ではありません」
きっぱりと切られます。
いつものボケが、彼女には通用しません。
「あなたとは、ぜひとも特別契約を結ばせていただきたいと考えています」
圭子も内心でやれやれと思ってしまいます。
もちろん、そんな契約を結ぶつもりなどありません。
しかし、相手は妙に自信たっぷりです。
「それから、皆籐部長」
「はい」
「あなたは、総務の清掃係に行っていただきます」
――ザワッ!
ヘルプデスクガールズの三人を包む空気が、音を立てて震えます。
総務の清掃係には、ほぼアルバイトしかいません。
要するに、左遷どころか、自主退職させる気満々です。
しかし、皆籐はやはり平常運転です。
「……それはまた、ずいぶんと畑違いですね」
「それは仕方ありません。あなたは、他のメンバーに比べて平凡。いえ、むしろ無能です」
――ザワ! ザワッ!!
ヘルプデスクガールズの髪の毛が、静電気で踊るように浮きあがります。
「それに皆籐部長。あなたには社内の一部から、強いクレームが来ています。中には、あなたに個人情報を盗まれて、貶められたという訴えもあるぐらいです」
夢子はすぐにピンときます。
(営業部の吉永……。なるほど、そこからの圧力……)
「あなたの悪い噂は、いろいろと聞いています。あなたが部長でありながら、ヘルプデスクの業務が今までまわっていたのも、周りにこれほどの人材がそろっていたからでしょう」
――ザワ! ザワ!! ザワッ!!!
ヘルプデスクガールズ、完全に怒髪天を衝く状態です。
「まあ、確かにうちは私以外、本当に優秀ですからね……」
どこまでも、皆籐は平常運転です。
「わかっているならけっこう。あなたの人事発令は、早い時期にでるので荷物をまとめておきなさい。どうせ大した仕事もしていないのでしょうから、引き継ぎなどはないでしょう」
――カチンッ!
――カチンッ!
――カチンッ!
心のトリガーが、3つ同時に落ちます。
「あのぉ。おばさま」
口火を切ったのは、圭子でした。
「誰がおばさまですか! 私は、まだ29です!」
「あ! そんなに怒鳴らない方が良いですよ。顎のライン大丈夫ですか?」
「……なんのこと?」
「顎のあたりとか、鼻とか目元も? ……整形なさいましたよね?」
「――なっ!?」
ヒューッと音がするぐらい、家野は息を思いっきり吸いこみます。
「わたし、ちょっとした特技がありまして。レントゲンとかCTとかMRIとかなくても、本気を出すと骨格ぐらいなら、外から見ても状態がわかっちゃうんです★」
「そ、そんな特技あるわけないでしょ! 特技と言うより超能力じゃない!」
「はい。確かに。知人に、『最近は体内に黒い影まで見える』と言ったら、超能力だと言われましたぁ~。……あれ? 家野さんの胃のあたりに何か影が……」
「ちょっと! やめてよ!」
完全に超能力です。
「いくらあなたが優れた技術を持っていようと、そんな根拠のないこと……」
しかし、そんな彼女のとぼけなど、スイッチが入った夢子は許しません。
「へぇ。11月に凸凹整形美容外科で手術したんですか」
「――なっ、なんでそれ!?」
「なるほど。この会社に転職する前に……」
「…………」
「まあまあ、美容整形は別に悪いことではありませんわ」
そこに悠が、家野をかばうように声をかけます。
「きれいになりたいというのは、女性ならあたりまえのことですもの。……でも……」
しかし、もちろん悠もスイッチが入ってしまっています。
「それを隠して、天野さんとおつきあいするというのは、微妙ですわね……」
「ど、どうして……天野さんのこと……隠していた……はず……」
天野というのは、けっこうエリート社員で、この会社の美男子八人衆の一人に数えられている有名人です。
「天野さん、実はわたくしのファンクラブ会員ですのよ。まあ、あなたとつきあい始めてから、クラブ活動はなさっていないみたいですけど、わたくしの情報網にはひっかかりますわね」
「……まさか、言うつもりじゃないでしょうね! やっとお付き合いできた人なのよ!」
「私が言わなくとも、人の口に戸は立てられぬと申しますし……」
「くっ……」
家野が真っ赤な下唇を噛み、屈辱に顔をゆがめます。
その姿は、まるでいじめられっ子……というより、悪魔に魅入られた子羊のようです。
「はいはい。そこまでですよ」
それに救いの手を伸ばしたのは、皆藤でした。
「でも、皆藤部長……」
「でも、ではありません。やりすぎですよ、皆さん」
夢子は不服そうに頬を膨らませ、悠はとぼけて視線をそらし、圭子はシュンと肩を落とします。
「…………」
その様子に、家野は不安そうにキョロキョロとしてしまいます。
「大丈夫ですよ、家野さん。このことは、私が責任を持って口封じしておきますので」
「口封じ!?」
「……あ。間違えた。口止めでした。わかりましたね、みなさん?」
皆藤がみんなの顔を見ると、それぞれ不承不承ながら「はーい」と返事を返します。
「しかたありませんわね。皆藤部長のご命令なら」
「わたしも、皆藤部長の指示には従います」
「わかっていますよ。皆藤部長の管理下にいるからには守ります」
悠、圭子、夢子がそれぞれ、含みのある「部長」という言葉を使いました。
もちろん、その含みに家野は気がつきます。
(この子たちを各部で飼いならせなければ……野放し状態!?)
彼女の背筋に、ゾゾゾと蛆虫でも張ったような嫌悪感が走ります。
考えてみれば、彼女たちは特筆すべき能力がありながらも、アウトローな存在です。
特に夢子に関して言えば、国家レベルでも手に余る存在。
そんな相手をこの会社の一部門にすぎない、ソフトウェア開発部の部長が御しきれるとは思いません。
(……でも、今は……)
家野は、皆藤というリミッターをジロッと睨みます。
「……な、なんでしょう?」
「あなた、ずっと部長でいなさい」
「はい?」
「あなたは、ずっとヘルプデスクの部長です。この先ずっと、ヘルプデスクの部長をやってなさい!」
「……え?」
呆気にとられる皆藤に対して、ヘルプデスクガールズの3人に笑顔が戻ります。
その三人に苦渋を味わされた家野は、対照的に眉を強くひそめたままヘルプデスクを出ようとします。
「……失礼するわ」
しかし、呆然とする皆藤を放置して、なぜか3人は家野を送るように入り口にやってきます。
「……何か用なの?」
腹立たしい笑顔についてこられ、家野はかなり不機嫌です。
しかし、ふと3人の笑顔が消えます。
「家野さん」
真摯な目で、圭子が話しかけます。
「騙されたと思って、すぐに胃がんの検査を受けてください」
「……え?」
女子中学生ながら迫力のある声に、家野は青ざめます。
さらに夢子も続きます。
「家野さんの自宅のパソコン、マルウェアにやられてますよ。RATいれられてるので早めにセキュリティ対策した方がいいですよ」
「……え?」
そして、悠からもあります。
「天野さんには、正直にお話なさった方が良いと思いますわ。その方が、きっとうまくいきます。あの方、実はそういうことを気にしない方なんですのよ。よい方をお選びになりましたわね」
「…………」
家野はしばらく呆然としてしまいます。
そして、考えがまとまってから、大きくため息をつきます。
「ひとつ、聞いていいかしら? どうしてあなたたちは、皆藤部長には素直に従うのかしら?」
その質問に、三人は答え合わせをするかのように顔を見合わせます。
最初に開口したのは、悠でした。
「皆藤さんって、逃げたりしないのですよ」
「逃げない?」
「ええ。こんな面倒事処理のヘルプデスクなんてものを押しつけられて、ふりまわされて、精神まで病んじゃっているのに、なぜか逃げませんの」
「そーなんですよねぇ~」
夢子が続きます。
「それだけじゃなくて、なんか私たちがやらかしても、必ず最後は責任を持ってくれる。押しつけたり、部下のせいにしたりして、逃げないんですよ」
「わたしも、そう思います。それに皆藤さんって、いつもわたしたちのこと見てくれていますよね」
圭子も深くうなずきます。
「サポートということだけではなく、一生懸命理解しようとしてくれて。めんどくさいって逃げたりしないんです」
「…………」
三人の言葉に、ずっとこわばっていた家野の顔に苦笑いが浮かびます。
「わかったわよ。無能って言葉は撤回するわ。実際問題、予算や運用などのマネージメントに問題があったわけでもないしね」
家野は三人の顔を一通り見て、そして今度は微笑します。
「特別な才能はないけど、少なくとも『上司としては最高』……それがあなたたちのカイトウということね?」
家野の言葉に、三人は満面の笑みを見せるのでした。
◆
「部長……これからもずっと部長……もう昇進できないのか…………」
未来が絶たれたことに、地面に膝をつき、ひとりおちこむ皆藤でした。
■用語説明
●日商簿記1級
簿記の資格でも有名なのが日本商工会議所が行っている資格検定。
その中でも、税理士試験の受験資格が与えられる、非常に高度な資格です。
ちなみに、悠は税理士の資格を取ることもできる力はあるらしいのですが、今は心理学に夢中です。
●司法書士
似たようなのに行政書士などもありますが、司法書士は弁護士のように特定の法律相談で金をとれます。
けっこう難しい資格です。
●国際秘書(CBS)
日本秘書協会の資格です。
かなり高度で、バイリンガルじゃないとダメです。
●「営業部の吉永」
第33話参照。
●「レントゲンとかCTとかMRI」
男の夢、スケスケマシーンです。
●「クラブ活動」
悠のレアカードが当たる、カードガチャです。
SSRが当たる率は、そこらのソーシャルゲームの確立をはるかに下回るようです。
●RAT
リモートアクセスツール。
外からパソコンを自由自在に操っちゃうツールです。
●「もう昇進できないのか」
意外に上昇志向がある皆藤でした。
やる気があるのかないのか、よくわからない男です。




