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死にたいのですか?

 こんにちは。

 ヘルプデスクです。


 最近は少しずつ暖かくなってまいりました。

 いろいろと活動もしやすくなる季節です。

 でも、だからと言ってスケジュールを詰めこみすぎると、死にそうになりますね。


 そんな死にかけの私と共に、一笑に付していただければ幸いです。

「ヘルプデスクが依頼者たちを次々と泣かしていると聞いたんだが、どういうことかね?」


 ヘルプデスクにやってきたスキンヘッドの幸﨑がそう言うと、夢子はガッツポーズ、皆籐はため息をつきます。


「一言一句そのままヒネリもなく採用するのはやめてくれませんか、幸﨑専務」


「ん? なんのことかね? よくわからんが、ともかくいろいろとクレームが来ているのだよ」


「はあ。どういうのですか?」


 皆籐の言葉に、幸﨑専務がスマートフォンを操作します。


「たとえば直近のだとね、『苦労して雇ったメンバーを懐柔されて泣いた』『友達だと思っていたのに冷たくされたて泣いた』とか……」


「ああ。それ、両方ともIT部ですから」


「ん? そうか。ならいいか」


 いいそうです。


 なぜなら、IT部も幸﨑専務の配下だからでしょう。


 もみ消す気、マンマンです。


「他には、『褒めて欲しかったのに、もったいないお化け呼ばわりされて泣いた』『気がついたら、ファンクラブでSSRカードが出るまで課金させられて泣いた』『妻と娘にエロ動画見たのをバラされそうになって泣いた』……など、いろいろ泣きが入っている。これはどういうことかね?」


「幸﨑専務……。戦いに犠牲はつきものですよ」


「……まあ、そうかもしれないがね」


「彼らの流した涙の分だけ、我々は哀しみを背負って戦い続けるのです」


「……君は、妙にかっこよくまとめようとしていないかね?」


「いえいえ。そんなことはございません。ただ、喜びの声も届いていますし、やはりヘルプデスクの対応は難しいものなのですよ」


「難しいなどはいいわけだ。ともかく、クレームを減らしたまえ!」


「いいわけですか……。では、幸﨑専務。難しさをわかっていただくために、試しに一件だけ体験していただけませんか?」


「なぜ私がそんなことをしなければならん。必要ないだろう」


 幸﨑が鼻を鳴らしてそっぽを向いた瞬間、皆籐が目線を悠と夢子に投げます。


 すぐにうなずいたのは、悠でした。


「幸﨑専務♥ わたくし、専務の素敵な対応を見させていただきたいですわ♥」


 悠は立ちあがると、胸を挟むようにテーブルに両手をついて、少し前屈みで幸﨑の方に迫ります。


 しかたなく、夢子も乗ります。


「わあ! 私も専務のすばらしい対応を見せていただいて、参考にさせていただきたいです!」


「……そ、そうか。まあ、君たちがそう言うなら……」


 実は、裏で「チョロい専務」と呼ばれている幸﨑です。


――プルルルル……


 そこに電話が鳴り響きます。


 皆籐はモニターを確認し、サポートコードを確認してから幸﨑に椅子を勧めます。


「専務、ちょうど来ました。クレームにならない、大人の貫禄あふれる対応をぜひお見せください」


「ふん。仕方ないな……」


 幸﨑専務は、少し頬を緩めながら電話を取ります。


「こちら、ヘルプデスクだが……」


〈……死にたい……〉


 電話の向こうから重苦しい男の声が響きます。


 もちろん、皆籐達はモニタリング中です。


〈というか、もうぼく、死にます……〉


「こ、これっ! まままま、待ちなさい! 何を言ってるのかね!?」


 突然のことで、幸﨑は動揺してしまい、両手で受話器を握ってしまいます。


〈ぼくなんて、もういいんです……どうせ何の役にも立たないし……〉


「ま、待ちなさい! 人は誰も真夏のランナーでな、青春の重すぎる荷物を抱えたままでな……」


〈そんなのやです……〉


「なら、好きな子とかいないのかね? うん?」


〈いますけど……〉


「ならば、ほら、その子のためにだな、いつかはなりたい、君だけのヒーロー……」


〈なれません。死にます……死にました……〉


「死にました!? 過去形!?」


〈ええ。死んでしまいました……〉


「死んでしまったって…………おお。死んでしまうとは何事だ! 仕方のない奴だな。お前に、 もう一度、機会を与えよう!」


〈あなた、どこの王様ですか……。というか死んでも蘇らせられて働かされるって、とんだブラック企業ですね……〉


「ち、違うんだ! いいか、死ぬ時にはだな、こう……なんだ! もっと満足感をもってだな……我が生涯に一片の悔いなしと言えるぐらいになってから……」


〈あなた、どこの世紀末覇者ですか……。そんなのになれません……。どーせ、ぼくなんて、黒王号に踏みつぶされるモヒカンですよ……〉


「モヒカンにも五分の魂と言ってだな……」


〈一寸の虫……虫けらと言うことですか……そうですか……死にますね……ああ、もう本当に死にました……さようなら……〉


 幸﨑は受話器の口を押さえて、顔をひきつらせながら皆籐を見ます。


「お、おい! どうするんだ、これ! 死んじゃったぞ!」


「落ちついてください。まだ生きています。でも、このままだと本当に死んでしまうかもしれませんね。すると、相談に乗った幸﨑専務の責任……ということでしょうか」


「なっ!? ば、ばかを言うな! 私は何もしてない……」


「何せず、一人の若者を死なせてしまうわけですね……」


「うぐっ……。ど、どうすれば……」


「大丈夫ですよ、幸﨑専務。うちには、心理学の専門家である上空さんがいるではありませんか」


「……おお! そういえば!」


 いつの間にか、悠は専門家になったようです。


 なぜかモデル立ちして、腕を腰にあてて偉そうな悠です。


「彼女に任せればなんとかなるかもしれませんが……。しかし、我々はどうもクレームが多いと怒られたばかり。やはり、我々ではなく幸﨑専務に解決していただく方が……」


「えっ!?」


「我々ではまたクレームになってしまうかもしれませんが、難しいというのはいいわけですし……」


「…………」


「…………」


「……ヘルプデスクの仕事が大変であると言うこと、私も重々承知している」


 なぜか幸﨑は、見えない空でも見るように天井を見ながら語りはじめます。


「しかし、君たちは挑戦し続けて大会で優勝するほどの腕前となった。そんな君たちでも、クレームはどうしても出てしまうものなのだな……」


「そうですね。多少のクレームは仕方がないこと……ですよね」


「うむ。そうだな。クレームをなくすのは難しい。仕方のないことだな……うん。仕方ない、仕方ない。……おっと! すまん。私は急用があったのだった! 上空くん、この案件の後を頼んだよ!」


 まさに脱兎のごとく、幸﨑は逃げだします。


「上空さん」


 幸﨑の姿が完全に消えてから、皆籐は話しかけます。


「いつもどおり、この死ぬ気のない自殺志願者を慰めてあげてください」


「かしこまりましたわ。しかし、この方も毎週決まった時間に死にたくなるとは几帳面な方ですわね……」


 実は恒例でした。

■用語説明


●『ファンクラブでSSRカードが出るまで課金』

 SSRカードは、悠のセミヌードのカードのようです。


●チョロい専務

 女に弱いようです。


●「人は誰も真夏のランナーでな、青春の重すぎる荷物を抱えたままでな」

 振りむけばいつも後ろ姿ですね……。


●「いつかはなりたい、君だけのヒーロー」

 ウィングラブですね……。


●「おお。死んでしまうとは何事だ! 仕方のない奴だな。お前に、 もう一度、機会を与えよう!」

 作者と勇者に休息を!


●「我が生涯に一片の悔いなし」

 死ぬ時に誰もが言いたい台詞ナンバーワンではないでしょうか。

 でも、なかなか言うのは難しいので、少しスケールダウンして使うと良いでしょう。


 例:彼女に振られた時→「我が恋愛に一片の悔いなし!」

 例:怒られた時→「我が反省に一片の悔いなし!」

 例:いい出汁が取れた時→「我がスープに一片の鰹だし!」


●世紀末覇者

 「北斗○拳」の「ラ○ウ」です。

 別名「拳王」。


●黒王号

 すでに馬とは認めたくないです。


●モヒカン

 世紀末になるとなぜこの髪型が流行るのでしょうか。

 結構面倒だと思うんですよね、この髪型。

 世紀末に向いていない気がします。


●幸﨑専務

 オタク疑惑がありますね。


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