プリンターはランニングおばけですか?
お疲れ様です。
ヘルプデスクです。
いつもより遅い時間のアップは、残業の証です。
今回は、少し業界の裏側の話です。
タブーな話も含んでいますので気をつけてお読みください。
嘘も本当も、一笑に付していただければ幸いです。
――プルルルル……
電話です。
「はい。ヘルプデスクです。できたら、PC関係の質問をお願いします」
あらかじめ防衛線を張るという荒業をやった夢子は、正面の皆藤ににらまれてしまいます。
〈……あ、あのぉ……?〉
「まあ、PC関連以外でも受け付けないことはないですよ、はい」
夢子の声からは、よく振ったコカ・コーラ―の炭酸の泡のように、強い嫌々感が勢いよく溢れだしています。
〈いや、まあ、PCというか、プリンターのことなんですけど……〉
「よしきたOK! まかせとけ!」
自分の得意ジャンルだとわかり、スカッと爽やか夢子さんです。
〈はあ……。えーっと人事部の吉住です。実は先日、複合機を追加購入したのですが、その時にね、僕の交渉のたまもので、モノクロのA4レーザープリンターと、小型のインクジェットプリンターをおまけでもらったんで、使いたいんですけど……〉
「……なるほど。使い捨てですか?」
〈……え?〉
「使い潰して捨てるんですよね?」
〈なっ、なんで!? 新品ですよ!〉
「わかっていますが」
〈それなのに、なんで使い捨て!? もったいないお化けがでちゃいますよ!〉
思わず古いネタを振りかざす吉住は、夢子の予想外の言葉に動揺しているのでしょうか。
しかし、夢子の方は、非常にクールです。
「それ、罠ですよ。ハニートラップですよ。淫魔の誘惑ですよ。飛んで火にいる夏の虫ですよ。撒き餌みたいなものですよ」
〈……え? ハニー!? ってか、なんでサッキュバスが出てくるの!?〉
「そこは問題ではありません」
〈えっ!? 問題じゃないなら言わなきゃいいんじゃ――〉
「私、そういうこと言う人、好みじゃありません」
〈君の好みなんて聞いていない! ……けど、どこかショックなのはなぜだ!?〉
「そもそも、なんでそんなものを『おまけ』でくれたのか考えてみてください」
〈そりゃあ、複合機なんて高い商品を買ってやったからに決まっているじゃないか〉
「やれやれ。これだから戦争を知らない坊やは困る」
〈いや! 君だって知らないだろう!? ってか、僕の方が年上だとおもうんだけどね!〉
「そこは問題ではありません」
〈なら、言うなよ!!!〉
「それより、インクジェットプリンタの型番を教えてください」
〈……PRJ-C2700だけど〉
「なるほど……。それの相場は、3,000円です」
〈……うん。安いよね。でも、おまけだし〉
「しかし、それ用のインクカートリッジは、カラーが2,200円で、黒が2,000円ですす。あわせていくらでしょうか?」
〈……え?〉
「計算もできないのですか。4,200円ですよ」
〈できるよ! そうじゃなくて……〉
「さらにこのカラーインクは3色セット型なので、どれか1色でもなくなったら交換です。加えて言うと、小型インクジェットプリンターは、インクの量が少ないために非常にコストパフォーマンスが悪くなっています」
〈…………〉
「では、問題です。インクがなくなったプリンターをあなたはどうしますか?」
〈うぐっ……〉
電話の向こうで、吉住は苦虫を噛み砕いたような顔をしていることでしょう。
〈し、しかしだな、レーザープリンターの方は問題ないだろう?〉
「型番をお知らせください」
〈……PRL-B5500〉
「……なるほど。相場は、19,800円です。しかし、その交換用トナーは、約5,000円です」
〈ほら! それなら交換する意味があるじゃないか! それにサードパーティの再生トナーとか使えばもっと安くなるよ! これで使い捨てたら、もったいないお化けだよ!〉
まるで鬼の首でも取ったように、はしゃいでいます。
吉住は、どうやら「もったいないお化け」が気に入っているようです。
「なるほど。では、それを何年ぐらい使うつもりですか?」
〈え? そうだな。3年ぐらいは使えるんじゃないか?〉
「保守契約なしでですか? 消耗品もでますよ」
〈む……〉
「ちなみに、そのモデルで3年保守契約すると、3万円です。そのほか、消耗品を一通り交換すると、1年間で1万円ぐらいになります」
〈うぐっ……〉
「ちなみにご購入なさった複合機ですが、定価が400万円で100万円ぐらいで購入していますよね」
〈お、おお。や、安くなっただろう? かなり値切ったからなあ。がんばったんだよ、僕〉
「しかし、見積を見ますと、購入するときに、当初考えていた秒間50枚モデルから、40枚モデルにランクダウンしていますよね」
〈ああ。まあ、そっちのが安くなるみたいだったし……〉
「同じですよ」
〈え? なにが?〉
「50枚モデルも40枚モデルも、中身は全く一緒です。原価、一緒ですよ」
〈はあ? なにをバカなことを……〉
「あれは、複合機のファームウェアを書き換えてスピード調整して売っているだけです。40枚モデルもファームウェアを書き換えるだけで50枚モデルと同じになります」
〈な、なにを……だって、値段違うんだよ!?〉
「速く設定している分、保証代的に高くしているんですよ。まあ、解析したことがあるんで知っているんですけどね。だから、50枚モデルのまま40枚モデルの値段まで値切れるはずなんですよ」
〈…………〉
「ちなみにね、メーカーにしてみれば、別に最悪、本体は赤売りでもいいんですよ」
〈……え?〉
「今、データを確認させていただきましたが、年間サポート代にそちらの部署での印刷枚数を計算して合わせると、年間ランニングコストでメーカーの売り上げは100万円になります。利率を考えても、すぐに赤ぐらい埋められます」
〈…………〉
「複合機も含め、プリンター業界の稼ぐ場所は、本体価格のようなイニシャルコストではなく、保守代やインク代などを含めたランニングコストなんですよ。値引き努力するなら、1枚当たりの印刷コストに力を入れるべきでしたね」
〈…………〉
「使い捨てにしかならないプリンターをもらった自慢も、性能さげてまで安くしてもらった本体の値引き自慢も、まとめて『もったいないお化け』の口につっこんでやったらいかがですか?」
〈…………〉
「…………」
〈…………うわあああああぁぁぁ~~~~ん!!! お前のかーちゃん、マツコデラ○クス~~~!!!〉
――ガチャン!
吉住、大号泣しながら電話を叩ききりました。
夢子は、思わず口をへの字にして電話を切ります。
「……悪口を言って、いきなり電話を切るなんて……ひどい人ですね!」
「……うん。ひどいのは、まちがいなく君だから」
その後、皆藤に謝りに行かされた夢子なのでした。
■用語説明
●「モノクロのA4レーザープリンターと、小型のインクジェットプリンターをおまけでもらった」
複合機などの高いものを買うと、サービスでプリンターとかくれることがあります。
しかし、「ただより高いものはない」という格言もあるように、親切でくれているとは限らないので注意です。
●ハニートラップ
甘い罠。主に色香を使った罠を言います。
男は弱いものです。仕方ないのです。本当に……。
●淫魔の誘惑
もろに色香です。
男が勝てるはずもありません。
もう宿命です。
男が負けても、女は笑って許してあげましょう。
切にお願いします。
●インクジェットプリンタ
最近、数千円で買えるモデルもたくさんありますが、ぶっちゃけ罠ですよ。
長く使うと考えるなら、「安物買いの銭失い」となります。
でも、夢子の言うとおり、使い捨てならありかもしれません。
●レーザープリンター
作者は物書きメインの時によく使いましたが、トナーを買ったことがありません。
●もったいないお化け
流行らせたのは、公共広告機構(現:ACジャパン)です。
●消耗品
「有寿命部品」という言い方をした方がいいかもしれません。
これが意外にネックです。
高いレーザープリンターや複合機などを買う時には注意しましょう。
そういえば、「女房と畳は新しい方が良い」と言いますが、もしかして「女房」は……。
●「定価が400万円で100万円ぐらいで購入」
複合機の定価ほど意味がないものも珍しいです。
●「50枚モデルも40枚モデルも、中身は全く一緒です。原価、一緒ですよ」
信じるか信じないかは……あなた次第です。
●「本体は赤売り」
というか、定価から考えると、複合機の原価はかなり安いのです。
●イニシャルコスト
たとえるなら、異性とつきあえるようになるまでに貢ぐ金。
●ランニングコスト
たとえるなら、異性とつきあったあとに貢ぐ金。
●「1枚当たりの印刷コスト」
複合機導入時には、ここを重視しましょう。
印刷枚数が多いなら、なおさらです。
本体値引きよりも重要です。
●「お前のかーちゃん、マツコデラ○クス」
これ、今ならば「売れっ子」と変換できるので、悪口ではないかもしれません。
ちなみに、今どきの若い子に「でべそ」という言葉が通じるのでしょうか?




