*終*
「番犬、つまり門番ってのはさ、門の外にいるモノなんだよ。中にいては何の役目も果たせないからね。だからケルベロスは、厳密には地獄の住人じゃあないんだ。ただし残念ながら、鎖から解き放たれた時、どちらに向かって走り出すか分からないのが問題なんだけれどね」
目を開けると、自分の布団の中にいた。
何で、オレはここにいる? 一体、何がどうなった?
とりあえず体を起こし、枕元にあったケータイを見る。
表示は月曜、午前七時十六分。オレの最後の記憶から、十二時間以上経っていた。
『おはよう、チルチル――って言っても、ボクからすればようやく起きやがったって感じだけどね』
頭の中に直接、そんな声が響く。
もちろん、声の主はミチル。オレの影に縛られてしばらく経つので、最近は現実世界に出なくてもこういうことが出来るようになったのだ。
「あれから、どうなったんだ?」
対してオレは、普通に声に出して訊いた。
一応オレも同じように考えをそのまま伝えることは出来る(ミチル曰く、全て聞こえてるらしいけど)が、どこまで伝わってるかが分かりにくいから基本しない。周りに人がいなければ、普通に喋った方が正直早いし。
『鎖を切った瞬間、気を失ったんだよ。まぁ、あれだけ生気を喰われたんだ、当然だね――って、ヴィアンさんが。実際、チルチルの存在が薄くなったせいでボクも曖昧になってたから、よく覚えてないんだよ』
「……健太は、どうなった?」
『さぁね。ボクもそれどころじゃなかったから。でもまぁ、ヴィアンさんの様子を見る限り、大丈夫だったんじゃない?』
――ま、何をもって『大丈夫』って言うかは分からないけどさ。
と、軽く苦笑してから「で、それについての伝言」とミチルは続ける。
『ヴィアンさんが、起きたら机の上のメモを読んで、だって。伝えたよ、ちゃんと伝えたからね。というわけでボクは寝ます。これを伝えるために、チルチルが起きるのずっと待ってたんだから。だから、しばらく話し掛けてこないでね。マジぶっ殺すから』
そう言ったきり、静かになったミチル。多分、本当に寝たんだろう。
だからオレは、言われた通り何も言わず、ゆっくりと立ち上がる。そして自分の机へ向かった。
「読めねぇよ……」
白い紙に書かれた文字は走り書きだった。それも、英語の筆記体。
英語の成績が良くないオレが、読めるわけがない。つーか、一単語も読めないので、これが本当に英語なのかも分からない。
あの吸血鬼“もどき”野郎、分かってやってやが――
『あぁ、一つ言い忘れてた』
という不意打ち気味のミチルの声に、オレはビクリと身体をすくめた。
「ね、寝たんじゃねぇのかよ」
『いやまぁ、そのつもりだったんだけどさ、思い出しちゃった以上、言わずに寝るのも気持ち悪いなぁと思って』
「何を思い出したんだよ?」
『ヴィアンさん、今日はしばらく寝かしてあげな。チルチルが気絶した後、ボクたちを回復させるのにかなりの量の血を分けてくれたみたいだからさ。ほら、昨日あんなことあったのに、調子良いでしょ?』
「…………」
そう言われれば、確かに調子は良い。むしろ、ここ最近では最高の寝起きかもしれない。
『で、そんなフラフラな状態でチルチルを布団に寝かせて、メモまで書き残したんだ。そりゃ、頭は回らないし、字も汚くなるさ』
――ま、いつものように叩き起したいなら、ボクは止めないけどね。
と、あくびをしながら言って、今度こそ何の反応もなくなったミチル。どうやら言い忘れたことは以上のようだ。
「…………」
言われたことを踏まえ、改めてメモを見る。
相変わらず全く読めはしないが、確かに所々、字が荒れているような感じがある。それにヴィアンは以前、海外が長いせいで日本語の読み書きが苦手になったとも言っていた。
……まぁ、今日のところはミチルの言う通りにしてやるか。
とりあえずメモをカバンにしまい、部屋を出て、洗面所に向かう。その途中、ちらりと客間を覗いてみた。
そこには死んだように動かないヴィアン(の入った布団の塊)。
血は、吸血鬼の力の源。こればかりはヴィアンでも『復元』できないらしい。なので実際、今は仮死状態に近いのかもしれない。
だからオレはそっと襖を閉め、顔を洗ってから居間へ。そして、しばらくヴィアンを寝かせてくれるよう母さんに頼んでから、久々に家族だけの朝飯。
その後、学ランに着替え(よく見れば昨日の格好のままだった)、登校。石段を降りきった所で、いつも通り結城が待っていた。
「おはよう、智流くん。今日はずいぶん早いね」
「あぁ、なんか早く目が覚めちゃってさ」
「ふぅん。珍しいこともあるんだね、智流くんのくせに」
「『のび太のくせに』みたいに言うな。オレだってたまには早起きするっつーの」
「十年に一回くらい?」
「もうちょっとあるわ!」
もっとあるとは言えないのが、悔しいところだが。
そして、そういうところを的確に見抜いてくる結城なので、オレは早めに話を変える。
「そういえばさ、向こうの山道で起きたバス事故って知ってるか?」
「あー、あの遠足の小学生のでしょ。ホント良かったよね、大した怪我人も出なくて。唯一意識不明だった男の子も昨日、目を覚ましたみたいだし」
「は? 意識不明?」
「え? 今朝の新聞読んだから、その話したんじゃないの?」
てっきりそうだと、と目を丸くする結城をよそに、オレの頭では昨日のことが思い出される。
――今ならまだ間に合うかもしれない!
確かあの時、ヴィアンはそう言っていた。
もしかしてあれは、そういう意味だったのか?
ということは――
「結城、これ読めるか!?」
カバンからメモを取り出し、押し付けるように渡す。英語の先生にでも和訳してもらおうと思っていたが、成績優秀な結城なら読めるかもしれない。
すると、オレの突然の行動に驚きながらも、メモに視線を落とし「……えーっと、ね」と口を開き始めた。
「番犬、つまり門番とは――
ちなみにこの後オレは、魚住さんに一日中『デートする相手』について質問攻めされるという地獄を見ることになるが、まぁ、それはわざわざここで話すようなことでもないだろう。
――第六話「vs.たたかうアルケミスト」に続く。
以上、もどきども第五話「vs.さみしいケルベロス」でした。
途中、ネット離れしていた期間があったので、完結まで一年以上かかってしまいました。お待ち頂いていた方々、本当に申し訳ありませんでした。
「べ、別に待ってなんかいなかったんだからねっ!」的なコメントがありましたら、是非感想まで。喜びの舞を披露します。
ちなみに拙作は残り三話。第六話からは、ようやく最終章となっております。
これからも頑張って参りたいと思っていますので、引き続きお付き合い頂ければありがたい限りです。
ではでは、ここまで読んで下さった貴方に最大級の感謝を!