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*承・追*


 津々浦つつうら町、夢守(ゆめもり)神社まであと十分といったところ。

「星占いって案外当たらないのね」

 何の脈絡もなく唐突に、そんなことを言われた。

「だって今日の私、一位だったのよ? なのにミジンコ――じゃなくて薄原すすきはらに会うとか、運勢最悪じゃない?」

 とりあえず、こんなことを生き生きと言うヤツをオレは一人しか知らない。

「おい、馬渕まぶち。さりげにオレを何と言い間違えてやがる」

「いや、ゴメン。サイズ感が似てるからつい」

「オレは顕微鏡で観察されたことねぇよ!」

「じゃあ光学顕微鏡で」

「倍率を上げやがっただと!?」

 ちゃんと肉眼で確認できるわ!

「で、薄原はこんなとこで何してんの? 確か今日、魚住うおずみ先生の手伝いじゃなかった?」

「手伝いならもう終わったよ。そう言うお前こそ、こんなところで何してんだよ?」

 確か馬渕の家はこの辺りではないはず。ウチの近くで見かけたのも、これが初めてだ。

「格好見れば分かるでしょ。自主トレよ、自主トレ。ちょっとコースを変えて、休みの日はこの辺も走ることにしたのよ」

 そう言われ、改めて馬渕を見る。

 馬渕の格好は、有名スポーツメーカーの上下揃いのランニングウェア。伸縮性のある生地が、身体のラインをくっきりと出している状態だった。

 当然、ウェアは背中もぴったりと包んでいる。

 だけどそこに翼の姿は、もうない。人としてあるべきカタチが、しっかりと見える。

 ……しかしまぁ、見れば見るほど綺麗な身体だよなぁ、コイツ。

 さすが鍛えているだけあって、全身のバランスが美しい。

 これで――

「というわけで薄原、休みの日はずっと部屋にいてくれない? ついでに学校にも来ないでくれると、もう二度とアンタの顔を見なくて済むから、私的には助かるんだけど」

「何でお前のために登校拒否の引きこもりにならなきゃいけないんだよ」

 こういうことを言わなければ、完璧なんだけどなぁ。

「大丈夫、安心して。ちゃんと代返はしといてあげるから」

「クラスが違うヤツが、どうやって代返するんだよ」

 自分の授業サボってまで代返するのか。そこまでしてオレの登校を拒否するのか。

「ん? そういえば、何でお前が手伝いの話、知ってるんだよ?」

 オレの手伝いが決まったのは授業中。クラスが違う馬渕が知ってるはずがない。

「アンタがしでかしたことは大概聞こえてくるのよ。知らないの? アンタ意外と有名人なのよ?」

 特に女子にね、とニヤリと笑う馬渕。

「……それは、あの噂が原因か?」

「えぇ、それが原因よ」

「ちなみに訊くが、お前はそれ、本当に信じてるのか?」

「はっ、まさか。相手が男だろうが女だろうが、ヘタレチキンの称号をほしいままにするアンタが、指一本どころか爪1ミリ触れられるはずないじゃない」

「……一応、絶大な信頼をありがとうと言っておこうか」

「お礼なんて別にいいわよ、私はただの事実を言っただけだから」

 それに、と馬渕は続ける。

「現に体育倉庫で半裸の私と二人きりになっても、アンタは何もできなかったしね」

「何もできなかったって、あれはそんな状況じゃなかっただろ」

 背中から翼が生えて困ってる相手に、オレはおかしなことをするような人間ではない。つーか、そんなヤツを人間としてカウントしたくない。

 まぁ確かに、その後の展開を考えると『何もできなかった』というのは正しいけど。

 一方的にフルボッコにされただけだし。

 しかし、その時の記憶がない馬渕は「それじゃあ、もし」と言う。

「あんな状況じゃなかったら何かしてたって言うの?」

「……は? 何かって何だよ?」

「そりゃ、エロいことに決まってるでしょ。突然『罵ってください』と嬉しそうな顔して頼んでくるとか、『踏んでください』と地面に寝転がるとか、『縛ってください』と大縄跳びのロープを――」

「何でオレがMという前提なんだよ!?」

「え……ウソ……そんな……アンタがMじゃないなんて」

「母親に自分は本当の母親じゃないと明かされたような顔をしてるところ悪いが、オレはMではない」

 どちらかと言えばSだろう、多分。

「ああ、なるほど。だから身長もSサ――」

「そのやり取りは第一話でもうやった!」

 ちゃんと読んでおくんだったな、馬渕。人とボケがかぶるのは寒いぜ。

 ……いや、読んでない方が助かるのか? オレ的には。

 今、改めて思い返すと色々恥ずかしい展開やら台詞があったような気がする。特に後半。

 そんなエピソードをよりによって馬渕に知られたら、オレが大惨事に見舞われるのは目に見えてる。 この間と同じくフルボッコ確定だ。

 だからまぁ、この場合は知らないのが吉――いや、大吉だな。

 なんて、今度こそしっかりと危機管理能力を発揮してると、

「うわ、不毛なアンタと不毛な会話をしてたら、もうこんな時間じゃない」

 腕時計を確認し、ちゃんとオレを貶すことを忘れない馬渕。

「不毛が一個余計だ」

「うわ、不毛なアンタと会話をしてたら、もうこんな時間じゃない」

「…………」

 お前はホント惚れ惚れするくらい一切ブレないな。いっそ清々しい気分だぜ。

 そして馬渕はくるりと背を向けると、持ち前の俊足でオレの視界からあっという間に消えていった。

「それじゃあね、ミトコンドリア――じゃなくて薄原。アンタも小学生に間違われて補導されないよう、明るい内に帰るのよ」

 と、捨て台詞を残して。

「…………」

 二箇所ほど突っ込みたい――というか、突っ込もうとしたオレを残して。

「……ねぇ、サトル兄ちゃん」

 馬渕の姿が完全に見えなくなってから、背後からそんな風に声を掛けられた。

 しかし、それにオレは振り返らない。それはさっきの大神さんとの一件で、念のためオレの後ろに隠れてもらっていた健太けんたのものだ。

 そしてオドオドと、少し不安そうな感じで健太は訊く。

「今の人も、友達?」

「……そう、見えたか?」

 健太の答えは、もちろんノーだった。



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