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*承・続*



「名前は?」

(いぬい)健太(けんた)

「年齢は?」

「九歳、小学四年生」

「兄弟は?」

「いない。僕、一人っ子」

「自分んチの住所は分かるか?」

「うん、分かる」

「自分んチの電話番号は分かるか?」

「うん、分かる」

「いつからここにいるか、分かるか?」

「ううん、覚えてない」

「自分が何でここにいるか、分かるか?」

「……なんとなく。多分、僕――」



「僕はおおよそ大概なことには寛容だという自信があるのと同時に、その実績があると自負しているつもりなんだが、しかしそれでもこの事態は看過できないし、社会秩序的にすべきではないと思うんだ。もちろんこれは薄原すすきはらくん、君の為でもある。そして君の為になると思うからこそ、僕は厳正なる判断と行動を行おうと決意する。だから君の率直な意見を聞かせてほしい。薄原くん――僕は警察と病院、どちらに電話すれば良い?」

「…………」

 下山してまもなく、散歩中の大神おおがみさんにオレは出くわした。

 男子小学生――つまり健太の首輪の鎖を、握り締めているという状態で。

 ……まぁ、とりあえず状況説明するのが妥当だろう。

 もちろん異論は認めない。有無を言わせず、回想スタートである。

 ――およそ三十分前。

「とりあえず、色々何とかしてくれそうな知り合いがいるんだけど、一緒に来るか?」

 と言い終わり、オレは座ったままの健太に文字通り手を差し伸べた。

「――っ」

 そしてそれと同時に、初めて自分の失言に気付く。

 バックルが存在しない赤い革の首輪と、片側がアスファルトと完全に一体化している鎖。

 これらが『ここにいたい』という願いから生まれたのなら、そう簡単に外すことはできないだろう。

 つまり健太は首輪によって、強くこの地に縛られている。ここから動けるわけがない。

 第一、自由に動けるならこんな誰もいない――夜になれば完全に真っ暗になってしまうような場所から、とっくに移動している。少し考えれば分かるはずだ。

 それなのにオレは、軽々しくまたこんなことを口にしている。

 ……ホント、あの時から全く成長できてないじゃないか、オレは。

 しかし、そんな風に自己嫌悪に陥るオレより申し訳なさそうに、

「一緒に……行っていいの?」

 上目遣いの健太が訊いた――その瞬間。

 じゃらん、と今さっき聞いたばかりの音がオレの耳に届いた。

「え?」

「……ん?」

 先に気付いた健太の視線を追うように、オレも自分の手を見る。

 差し伸ばしていた、その右の手の平を。

「…………」

 鎖が――生えていた。

 健太の首輪と繋がる、今までアスファルトから伸びていたそれが、元々そういう形であったかのように手の平から生えていた。

 しかし当然ながら、そんな風に生まれてきた覚えはオレにはないし、母さんもそんな風に生んだ覚えはないだろう。

 だけど明らかな異物に対して、肉体的には違和感が一切ない。鎖が生えているという感触がない。

 ――見えるし聞こえるけど、ってことか。

 試しに開いてる手を握ってみる。

 すると案の定、鎖はすり抜け、見た目的には指から生えている状態になった。

「あ、あの。サトル兄ちゃん、手、大丈夫なの?」

「あ、あぁ大丈夫大丈夫。むしろ、何ともなさ過ぎて気持ち悪いくらいだよ」

 心配そうに、オレの手と顔を交互に見る健太。

 その様子を見る限り、鎖を自分の意思で動かしたわけではなさそうだ。つーか、そんなことができれば、ここに居続ける必要もない。

 ということはつまり、健太の無意識下で場所から人物へと縛られる対象が移行したわけだろう。

 ……まぁ、これが俗に言う『取り憑かれる』ってヤツだろうけど、今のところ特に異変はない。

 むしろ、移動できるようになってラッキーくらいに思おう。

 たとえもし、この光景を――健太の首輪から伸びる鎖をオレが握っているように見えるこの状態を、誰かに見られたとして何の問題もないわけだし。

 だって見られたところで、普通の人間には健太の姿は見えないんだから。

 だから万が一にも、おかしな誤解が起きる可能性はない。この状態のまま家に帰ろうとも、オレの社会的身分の安全は保証されている。

「よし。それじゃあ動けるようになったわけだし――行くか、健太」

「う、うん」

 そして。

 そして、今――

「なるほど。それでヴィアンちゃんのところに向かっている最中というわけか」

 オレの社会的身分は、危機的状況をなんとか回避した。

「えぇ。一応、家に電話してみたんですけど、ヴィアンのヤツまたどこかフラフラしてるみたいで」

 仮にも吸血鬼なんだから、日中は家でじっとしてろっての。つーか、太陽の光が嫌いだって言ってるくせに、アイツはいつも何してるんだろう?

 ……ま、どうでもいいか。

「いやぁ、そういう事情とは露知らず、僕はとんだ早とちりを。本当に申し訳ない、薄原くん」

「あ、いえ。オレもまさか、健太が自分以外に見えると思ってなかったんで」

 でも確かに、オレに見えるなら大神さんにも見える可能性があった。あれからどれだけ薄まったかは分からないが、少なからずオレと同様に吸血鬼“もどき”の血が体を流れているのだから。

 まぁでも、最初に出会ったのが話の通じる大神さんで良かった。

 これがもし魚住うおずみさんや馬渕まぶちだったら、すぐさま変な噂を流されていたに違いない。オレがショタ対応だという噂を。

「改めて初めまして、健太くん。僕は大神征志郎(せいしろう)、僕も薄原くんに助けてもらった一人だ」

 その長身を縮め、健太の目線に合わせて挨拶する大神さん。その対応は、オレと違って子供慣れしたものだ。

「は、初めまして。えっと……お兄ちゃんはサトル兄ちゃんの友達なの?」

「あぁ、その通り。と言っても僕が一方的にボケて、それに付き合ってもらっているような関係だけどね――っと、そういえば友達で思い出したんだが、薄原くん」

 と、大神さんが屈んだまま健太からオレへと視線を移す。そして、オレを見上げるという極めてレアな状態で続けた。

「この間、二年生の女の子たちに突然『僕と薄原くんが、どういう仲か教えてほしい』と、妙なことを訊かれたよ」

「えーっと、それってもしかして……」

 何かとても嫌な予感がする。つーか、それ以外がしない。

 しかし、そんなオレの予感の方向性には関係なく「あ、いや、大丈夫」と、慌てて弁明する大神さん。

「もちろん狼男や吸血鬼の件については、一切口外していないから安心してほしい。その子たちの雰囲気を見る限り、そっち関連の話でもなさそうだったしね」

 だから適当に濁しておいたよ、と大神さんは続ける。

「薄原くんとはいつも突っ込んでもらうだけの仲だ、とね」




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