N君の弁明
小学生時代に遅刻のいいわけで
「いや、早めにきてたけど一度帰ってまた来た」
という子がいたが、それで何がどう許されると思ったのだろう
また別の子は
「気まぐれで、遅刻してみただけだ、わざとだ」
と、この子は烈火の如く先生に叱られていたが、おそらくこの子は、遅刻で叱られるというのは、その能力によって裁かれると考えていたのだろう
「自分は定時に来ようと思えば来れるのだ、その能力はある、だからいいだろう」と
遅刻の際の人の弁明を聞くというのは、おもしろいものだが、N君の場合は次元が違った
N君は、病弱で体育の時間はほとんど見学しているような子で、保健係をしていて、皆に君付けで呼ばれていた
坊主頭だが、それが似つかわしくないと思えるような少々日本人離れした端正な顔立ちをしていた
そして非常に無口だ
N君は私の後ろの席で、私はよくN君におもしろいことや、びっくりした話などを聴かせていたが、N君はいつも笑ってくれていた
本当におもしろいと思っていたのかどうかわからないが、私はそれが嬉しくてその時間が好きだった
そんなN君がある日遅刻してきた
朝のホームルームも終わろうかという頃に、教室に入ってきたN君の口から出てきたのは
「ひざの裏の青虫が....」
先生は若い女性だったが
「えっ、えっ何?」
N君の話すところによると
N君がいつも寝ている部屋の天井には木の節穴があいておると
その穴から夜な夜な
「ボトッ、ボトッ」
と青虫が落ちてくると
朝、目が覚めたら両ひざの裏に大きな青虫が一匹ずつきれいに挟まっておったと
それが、ぴったりと貼り付いていて剥がすのに難儀したと
私を含め教室の中の皆、冷やして潰された度肝を引っこ抜かれた
先生は目をひんむいて硬直していたが、その時、先生の頭を巡っていたのは、このようなことだろう
(うそ、作り話ではないのは確かだ
かといって
「青虫なら仕方ないわね、いってよし」
とはならない、ならば
「今度からは青虫に気をつけて、少し早めに起きましょう」か、いや絶対違う)
そこで先生から出たリアクションは
普段より1オクターブほど高い、か細い声で
「へぇ〜ー、んごくっ、そっそれぁー、たっ大変だったねぇ〜ー」
というもので、その後、N君の目を見て小さく二回コクリコクリと頷いた
N君はそれを見て、着席の許可と受け取り自分の席に向かった
私を含めた教室の皆の目には、まるで海を二つに割ってそこを渡るモーセの如く威光を放って見えた
ひざの裏に青虫をはさむような男が、私の話を本当におもしろいと思って聴いていたのか、非常に怪しく思えてきた
私はそれまでもN君に一目置いていたが、その日からは八目くらい置くことになった




