私のドレスを脱がしてくださいな。【三人称/リゼット視点】
「エーゲシュトランド大公様がスラム出身の娘にベタぼれって言うのは本当でしたのね…」
ほう、とため息を吐いた令嬢はダンスホールで踊りながらくるくる回る男女を遠い目で眺めていた。
「ダンス中もあの娘を見ていたの気づいていらして? 近づこうとする殿方を睨みつけていましたわ」
「ダンスに誘われそうになった時わかりやすく妨害していましたわね」
共に居た令嬢たちは扇子で口を隠してふふふと溢れる笑みを抑えていた。優雅なパーティ会場で壁の花となった淑女たちはヒソヒソとうわさ話を繰り広げていた。
「どんな成り上がり女かと思っていましたが、想像していたよりも面白いお方だったわ」
妙齢の未婚の女性である彼女たちはこういうパーティの場では未来の旦那となる男性を見つけて射止めるのが任務なのだが、今日はそんな気分になれないようだった。
彼女たちが今気になっているのはあのエーゲシュトランドの若き大公がご執心となっているスラム出身の娘だ。
「彼女、本当に不思議な良い香りしましたわ。馴染みの異国の商人様が持ってきてくださる珍しいアロマオイルの香りとおっしゃっていましたわよね」
「髪も肌もそれでツルピカなのかしら…」
はじめはパーティに似つかわしくない下賤の娘に釘を刺してやろうと近づいて来た淑女たちであったが、話してみればその娘に興味が湧いていた。
最初から最後まで堂々としており、その笑顔に見惚れている男性陣も少なからず居た。見た目は可憐な少女なのに、話してみれば中身はなかなか神経図太い娘だった。
「ドレス布地も珍しくて美しかったわ。古い流行と新しい流行を融合させたドレスで私好きだわ」
「それに不思議なこと言っていたわね。もっとお話聞きたかったわ」
スラムで生まれ育ったリゼットの社交デビューは始まったばかり。厳しい差別の眼差しからは逃れられない。それほど貴族社会というものは狭く、厳しい世界なのだ。スラム出身の娘が受け入れられるかと言えば否だ。堅苦しい価値観に固まった貴族の彼らはきっと彼女を簡単には受け入れない。
恐らくこれからも差別の視線からは逃れられないし、心無いことを言われるであろう。
「また会えるかしら」
「例の商人様を是非紹介していただきたいわよね」
「わたくし、彼女あてにお手紙を送ってみますわ」
なのだが、可憐な見た目に反した芯の強さを持ったリゼットの魅力に惹かれたものも数名居た。
おしゃべりした令嬢然り、ダンスに誘おうとした若い青年然り──…
もしかすれば、若い世代のなかで新しい時代の変化が訪れるのかもしれない。時間をかけてゆっくりと。
エーゲシュトランドが生まれ変わったように、新しい波が訪れるかもしれない。リゼットの前向きな姿勢が変化を起こすかもしれない。
◆◇◆◇◆
まだまだパーティは続いているのに、私を連れて会場を出ていったヴィック。子爵邸のゲストハウスの宛がわれた部屋にたどり着くと、彼は私の髪飾りを解いた。するとまとめられていた髪がパサリと背中に落ちてくる。
「ヴィック、主催の人に言わないで退出して良かったの…? ん」
私の言葉を封じるように落とされた口づけに私は驚いた。
さっきまで優雅な物腰の貴族男性そのものだったのに、今のヴィックはお腹をすかせた獣みたいである。私をペロリと食べてしまいそうな勢いすらある。
パーティ参加中、私は令嬢達とおしゃべりしながらもダンスフロアを見ていた。女性と踊る彼は妙齢の女性だけでなく、年上の夫人からも視線を降り注がれていた。まさに憧れの的と言ってもいい。
私が行ってきていいと促したから文句は言えないけど、いろんな女性の手を取って踊るヴィックの姿を見て何も思わなかったかと言えば嘘になる。ヴィックが踊るのは仕方ないけど、私には他の男の人と踊ってほしくないって言われているみたいでなんて身勝手な男なんだってちょっと呆れてしまいそうだ。
「外交のためだと自分が決めたのに、君のきれいな姿を他の男に見られているのが許せない」
一旦唇を話したヴィックが苦しそうな表情をしていた。
またヤンデレモードに入ったのか。私を閉じ込めておきたいとか言うんじゃないだろうな。
「君の笑顔に見惚れて興味を持った男が何人居たと思う?」
「それヴィックの気のせいじゃない。好奇の視線だけだよ」
気にしすぎだって。会場内に腐るほど花が居たのに、誰が好き好んでスラムの娘に…あぁここに居たね、ヴィックが。
「リゼットは自分の魅力をわかっていないんだ。あそこで私が割り込まなきゃあの男は君の手を取ってダンスに誘おうとしていたはずだ」
「えぇ…」
あの人はお嬢様のうちの誰かを誘いに来たんでしょ。ずっとこっち見て、私達の会話が終わるのを待っていたけど、終わらないから焦れて誘いに来たみたいだった。ヴィックが妨害してしまった形になったけど、ちゃんとご希望の令嬢をお誘いして踊れたであろうか…
ヴィックの言葉を信じないで苦笑いしていると、ヴィックはムッとした顔をしていた。いやいや、ここで自分がモテモテだと勘違いしたら私ただの痛い人じゃないか。
私はスラム出身だぞ? 会場に入ってからずっと差別的な視線を浴び続けたのにどうしたらそんな勘違いができようか。
私は現実的なことを言っているだけなんだからそんな顔しないでよ。
もうこの話はしたくないのか、合図のようにちゅ、と軽くキスをされた。
頬を包んでいた手がそっと首に降り、デコルテを撫でた。パーティ用のドレスは普段着用しているものより露出が激しい。ヴィックの視線がそこに降り注がれると恥ずかしくて隠したくなる。さっきまで堂々と晒していたのになぜだろう。
「美しい君を独り占めしたい」
真剣な瞳に射抜かれた私は息を止めた。彼は私を美しいとか言うけど、ヴィックのほうが何倍も美しい。ヴィックの瞳に映る私はどんな姿なのだろう。いつもよりも可愛く見えているなら嬉しい。
ひょい、と抱きかかえられた私はそのまま寝室のベッドの上までお姫様抱っこで運ばれた。そのままそっとベッドの上に横たえられた私の上にまたがる形で乗り上がったヴィックは私に覆いかぶさってきた。
「もう我慢できない」
押し倒された私は困った顔をしてしまった。ドレスを脱がせてくれないのだろうか。シワになってしまう。
「ちょ、ちょっと待って」
性急に事を進めようとする彼を止めると、なぜ止めるんだと視線で窘められたので、私は彼の手をドレスの編み上げ紐に誘導する。
「着たままはイヤ……ヴィックがドレス脱がせて?」
ドレスを脱がせてくれとお願いすると、ヴィックは「…とんだ小悪魔だ、君は」と心外なことを言ってきた。
誰が小悪魔か。
私は初めてが着衣のままなのはどうかと思ったから脱がせてほしいだけだったのだが、焦らしているように受け止められてしまったのである。




