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生き抜くのに必死なんです。〜パンがないならカエルを食べたらいいじゃない〜  作者: スズキアカネ
公妃になるなんて無茶難題過ぎます。

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私の中の乙女指数上昇傾向ですわ!


「よろしいですか、ヴィクトル様、リゼット様」


 家庭教師の先生が私だけでなくヴィックまでも呼びつけてきたので何事かと思えば、彼女は男女のなんたらをまとめた手作りのレジュメみたいなものを手渡して師事してきた。

 ダイレクトな単語ではなく、まどろっこしい言い方をした性教育は逆に想像を掻き立てる。私は色々想像してしまって無性に恥ずかしくなったのだが、隣に座っているヴィックは平然として眉一つ動かさなかった。


「いくらおふたりが親密な間柄であったとしても、あなた方は未婚の男女なのです。口づけなら100歩譲ってお咎めなしといたしますが、それ以上の…ましてや同衾など許せません」


 先日のことでメイドさんから報告が行って、先生が性教育を施さなくてはならなくなったらしい。なんかごめんなさい。本当にごめんなさい。


「リゼット様もあなたはれっきとしたレディなのですから、結婚までは殿方の接触を毅然と断る姿勢を示しなさい」


 ついついヴィックの誘惑に負けそうになった私には耳が痛い。

 私はスラム育ちだったので、貴族の姫様のように貞操に拘っているわけじゃない。もちろん親兄弟がそういうことから私を守ってくれたので私は今も乙女だ。ここでは感覚の話である。好きな人に求められたらついつい許してしまうってものだ。

 しかしそれは貴族の間柄であれば眉をしかめられてしまうものであり、この場合私にも適応されてしまうらしい……。


「私としては明日にでも結婚したいと考えている。ちゃんと責任はとるつもりだ」

「駄目です。今のままではリゼット様が苦労なさるだけ。リゼット様は日々努力してはいらっしゃいますが、まだまだ公妃としては落第点です」


 ぐぬぅ、ぐうの音も出ない。

 公妃教育が開始してからというもの、久々の勉強で慣れない部分はあるが私は毎日励んでいる。そう、毎日頑張っているけど数カ月程度じゃ身につくもんじゃない。普通は幼いうちに婚約してから徐々に身につけるようなことだもの。


「先生のお眼鏡に叶う頃にはリゼットはおばあさんになっているかもしれないな。私から見たらリゼットはよくやっている。どこからどうみても立派なレディだ」


 彼はそう言って髪型が崩れぬよう私の頭に触れ、イヤリングのついた耳たぶを親指でなぞってきた。ぞくんとした私は小さく肩を揺らす。なぜここで私の耳を触るんだ。声が出そうになったじゃないか。

 ヴィックは盲目状態なので私のことをべた褒めしてくれるが、いたたまれないのでやめてくれ。先生はヴィックの態度にはぁ…とため息を吐きながらこめかみを抑えていた。


「とにもかくにもです。結婚するまでは性交渉などなさらぬよう」


 先生の念押しに私は肩を落とした。

 何が悲しくて周りの人にこういう秘め事を知られて制限されなきゃならないのか……恥ずかしすぎる。それなのに隣のヴィックは痛くも痒くもなさそうで涼しそうな顔をしている。男と女の違いであろうか。


「努力しよう」

「努力ではなく絶対にいけませんよ」


 不安しかないヴィックのお返事に先生は頭痛がしてきたのか嘆くように首を振っていた。そして「お話は以上です…」とふらふらしながら退出していったのだ。


 ……先生には申し訳ないが、不安要素はヴィックだけじゃない。

 また同じように迫られたら私だって簡単にヴィックに身を捧げてしまうかもしれない。周りが心配して色々言ってくれているのはわかるけど、私も女なので好きな人のお願いには弱いのだ。もっと触れられたい、そばに近づきたいと思うのは仕方のないことだと思うのだ。

 私の視線に気づいたのか、ヴィックがこちらをみた。薄水色の瞳に私が映り込んだとわかると、私の胸は単純にもときめいた。


「可愛い顔してどうしたの? リゼット」


 ほら、普通の人が言ったらくさいセリフもヴィックが言えば全然違う。私の中で乙女指数の上昇が止まらない。

 スラムの中でたくましく生きていた頃よりも物腰柔らかくなってなよなよしくなったかといえば逆だ。暇があれば私を口説き落とそうとするヴィックは素敵だ。なんで私この人にこんなに愛されているんだろうと自問自答してしまうくらいである。

 手入れのされた金に輝く髪は嫉妬するくらい綺麗だし、透き通るように白い肌は変わらず、中性的だった顔立ちはより男性らしくなった。今まで長髪の男性には興味なかったけど、今のヴィックを見ていると新しい性癖に目覚めそうになる。結び紐を解いておろしてみてくれとお願いしたら見せてくれるかな。触らせてくれるだろうか……

 なんかいつもいい匂いするし、この匂い嗅いでいるとベッドに押し倒された時の記憶がリアルに蘇ってくる。

 

「…なんでもない」


 恥ずかしくなって彼から目をそらして顔を下げる。すると手が伸びてきて顎を持ち上げられた。まさかの顎クイである。ヴィックがやると絵になるからすごいんだ。

 彼の整った顔を見つめながらそっとまぶたを閉じる。唇が重なると私はとても幸せな気持ちになる。一度くっつけばもうブレーキは効かない。自分から彼を求めてしまうのだ。

 ヴィックと一線を超えて一つになった時、私はどうなっているんだろう。もう二度と彼と離れられなくなっていそうでそれが怖い。



□■□



「リゼット、今日は城下町の視察に行こう。私も久々に君のご家族にご挨拶がしたいから」

「うん!」


 ヴィックの仕事は書類仕事だけじゃない。精力的に領地内を見て回って復興状況を確認するのも大切なお仕事だ。

 仕事の一部とはいえ、一緒にお出かけするのはなんだかデートみたいでワクワクする。周りをがっちり護衛さんに囲まれての視察ではあるが、私はウキウキしながら同行した。


「あっリゼットだ」

「うわぁリゼットがお姫様みたいな格好してる」

「ひさしぶり、みんな」


 城下町に足を踏み入れると、壊れた家屋の修理をしていた幼馴染の一部と遭遇した。屋根に登っていた人も軽々とはしごを降りて私に近寄ってきた。久々の再会に私の顔は自然と笑顔になる。

 移住した彼らは以前の貧しさから脱出してまともな生活を送れているように思える。以前は私含めみんな枯れ木のように細かったのに、今ではしっかり肉がついて生き生きとしていた。

 前世では貧困している人間は炭水化物ばかり食べるから肥満が多いって方程式ができていたけど、こっちでは話が別だ。炭水化物さえ満足に食べられない私達は身体が細く小さかった。だから今と昔じゃ大違いだ。きっと彼らも今では満足に食べられているのだろう。


 幼い頃から共にサバイバルしてきた幼馴染たちは兄弟のようなもの。彼らも人間としてまともに生活できるようになって私はとても嬉しく思っている。私と私の家族だけでなく彼らにも移住を勧めてくれたヴィックには感謝しかない。

 あの国にいたらたとえ領主が変わったとしてもスラムからは脱出できなかっただろうからね…


 彼ら彼女らは私の頭の先からつま先まで眺めて物珍しそうな顔をしていた。お前一人贅沢なドレス着てんじゃねぇよ、と文句言われるのかな。それとも似合わないね、と言われるのだろうか…。彼ら歯に衣着せぬ言い方するタイプだから……


「お前、本気だったんだな。リゼットのこと嫁にするって」


 幼馴染の一人がヴィックに馴れ馴れしく声をかけると、周りにいた護衛さんが殺気立ったがヴィックが手で制して止めていた。


「私は冗談など言わないよ」

「はは、本気じゃなかったら殴ってるところだったよ」


 2人ともお互いに笑っているけど、そこに親しみはない。

 ヴィックと彼らは親しかったわけじゃない。むしろスラムの仲間入りしたばかりのときは衝突した間柄でもある。ヴィックがあの国で信頼していたのは私と一部の人間だけだったから仕方のないことだけど。これでもだいぶ仲良くなったほうなのだ。


「スラムの5件隣にいたあのちゃらんぽらんじゃなくてよかったじゃない。公国の大公様の嫁ってめちゃくちゃ玉の輿よ? これ以上何を高望みするのよ」

「でもさ、あいつよりまともな縁談話来てたでしょ。そのどれもリゼットが断っちゃったけど」

「リゼットはおとなしくしていれば可愛いもんね。ただ中身が逞しすぎて男が引いちゃうことがあるけど」


 他の幼馴染女子たちがまぁまぁと仲裁に入ったが、それは私を褒めてんのか貶してんのか。

 私がカエルの丸焼き嗜好家だからか。自分で肉を狩ってくる女だからか。はたまた畑で芋育ててそれを調理して販売する商魂たくましい女だからか。

 いいんだよ、生きるためには逞しいくらいがちょうどいいんだ。


「へぇ……まともな縁談話。…他にも?」


 ん? なんだか地の底を這うような声が聞こえてきた気がしたな。

 ぽん。と肩に乗せられた手に顔を上げると、笑顔のヴィックと目が合った。


「城に帰ったらその話もっと詳しく聞かせてね、リゼット」

「……流石に理不尽じゃない?」


 これは浮気ではないと思うんですが。

 だけどヴィックは明らかに機嫌が急降下している。お付き合い以前に受け取った縁談話のせいで私は彼から尋問されることが決定したようである。


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