勘違いしないでくださいまし、添い寝希望ですのよ!
やってきたお医者さんにヴィックの怪我の具合を診てもらったが、髪の生え際を破片でピッと切れているけど命には別状ないと診断をもらった。縫うほどじゃない、傷が開いたらまた出血するので今日は安静にしておくようにと言われた。
そんなわけで私はヴィックのベッドの横に待機して彼の様子を見ていた。メイドさんたちが看病を代わると言ってくれたが、私はどうしても彼のそばにいたかったのだ。
「もう夜遅いからそろそろ部屋に戻ったほうがいい。……寝室に2人きりだと落ち着かなくなる」
私に部屋へ戻るように促すヴィックの頭には包帯が巻かれている。意識ははっきりしているし元気そうだ。だけど私は軽い怪我のはずが坂道を下るように身体を悪くして死んでいった人を見たことがあるので怖いのだ。
「…明日会えなくなるかもしれないから、やだ」
「……スラムでのことを思い出してしまった? …大丈夫だよ私は。先生がちゃんと消毒してくださったし、破片も取り除いてもらった」
数年間あの地で生活していたヴィックも目撃したことがあるだろう。衛生環境も栄養状態も悪いあの地じゃ、ちょっとした怪我が原因で死んでしまう人もいるのだって。
今と昔は状況が違う、大丈夫だとわかっていても離れるのは怖い。私はヴィックの手を掴むと、そのぬくもりを確認して生きていることを確認した。
「ヴィックがいないとこの国は復興できないんだよ、私のために危険に身をさらさないで」
ヴィックの代わりはどこにもいないんだよ。私は理不尽な暴力にさらされた経験もある。あの程度なら耐えられるのだ。頼むから私を守って怪我をしないでほしい。ヴィックが傷つく姿を見たくない。
「リゼット、私はこの国の統治者だ。この国に住むもの皆を守る義務があるんだ」
握っていた手を持ち上げられると、手の甲に柔らかい感触がした。私を宥めるように手にキスをされるが、私の気分は晴れない。
私は怖いんだ。
ヴィックは革命を扇動した時、自分の命が消えても構わない覚悟で戦いに行っただろう。それがきっかけで自分の命を軽視してしまうようになったんじゃないかって不安なんだ。
お願いだから私のために命を投げ出すなんて真似しないでほしい。私は守られるために公国について来たんじゃないんだよ。
「私は守られるだけの人間じゃないんだよ。国民がいてからの私なんだ。その中でもリゼットは特別大切な存在なんだ。守らないわけがない」
そんなの、私も同じだ。
言葉にして言い返したかったけど、うまく言語化できない。
だけど溢れて止まらない気持ちを表現するために、私はヴィックが横になっているベッドに乗った。私の行動に少し驚いているヴィックの上に乗り上がると、私から彼にキスを贈った。
傷に響かないように、傷が開かないようそっと優しいキスをする。ヴィックを組み敷いた体勢でおとなしいキスを何度も何度も交わす。いつもは一方的にヴィックからキスされる側だけど今回は違う。
ヴィックの唇の感触やぬくもりを味わうように彼の唇を楽しむと、軽いリップ音を立ててそっと離れた。
目を開くとヴィックの薄水色の瞳とかち合った。いつも優しいその色が熱を持っているように見えた。
コロンとベッドで一緒に横になった私は甘えるようにヴィックの胸に抱きついた。もちろん彼の怪我に障りのないようにだ。ヴィックは何も言わずに私を見ていた。
そういえば一緒に横になって眠るのってあの日以来だね、あの時ヴィックは熱にうなされて寝ていたけど。
「今日、一緒に眠っちゃ駄目?」
添い寝しては駄目かとおねだりすると、ヴィックがぐっと息を呑んだ。
「んんん、だめ。我慢できなくなるから」
我慢? あぁ。人と一緒に眠るのは苦手なタイプ? 私いびきはかかないし、寝相も悪くないほうだけど……
「どうしても駄目?」
そばにいたら異変が起きてもすぐに気づけるし、私も安心できるし…今晩だけでいいんだ。
私がもうひと押しすると彼はじっと私を見つめて、頭をそっと撫でてきた。
「そうだね、リゼットが今夜にでも私の妻になってくれるって言うなら…」
え? 今なんて?
ヴィックが身動きを取ったことでベッドがぎしりと軋む。身を起こした彼は私の身体の横に手をついて腕の中に閉じ込めた。
先程まで私が乗り上がっていたのに、今では逆転してしまっている。
「ヴィック…?」
安静にと言われているのに何しているんだろうと彼の端正な顔を見上げていると、ヴィックは私の着ているネグリジェの胸元を結ぶリボンを引っ張ってきた。
「えっ!? なにしてるの!?」
そのリボンを解かれたら肌が晒されてしまう。私は彼の行動を止めようとしたが、ヴィックのほうが早かった。
ネグリジェの胸元が開いて外気に晒された私の胸元に彼はキスを落としてきたのだ。皮膚を強く吸われてチクリと小さく痛む。
「可愛いこと言うリゼットが悪いんだよ?」
ひぇっ…! どこでスイッチが入ったんだ…!
ヴィックがお色気モードに入ってしまい、そのお色気に圧倒された私は固まっていた。
違うんだよ、一緒に寝るってのはそういう意味じゃなくて! 私は夜のお誘いをしたわけじゃないんだ! 母親と子供が一緒に眠る感じで……
恥ずかしいのに、身体の奥からじわじわともっと触ってほしいという欲が出てきて私は彼からのキスを素直に受け止めていた。
ふわりとほのかに香る香水の香り。ヴィックが愛用している香りで私の肺の中は一杯になった。
あぁ私のすべてを知られてしまうのが怖い。だけどもっと触れてほしくて彼の手に自分の手を重ねる。
「ヴィック……」
私の声は掠れて震えていた。すると宥めるように耳元や首元にキスを落とされる。それがくすぐったくて私は笑った。
情欲に濡れたヴィックの表情はいつもの気高いエーゲシュトランド大公の姿ではなく、ただの一人の男だった。今の彼は私しか見えていないようだった。その逆で私も彼しか見えていなかった。その視線に映っているのが自分だと感じると嬉しくて心の中が満たされた。
このまま彼の腕の中で愛されて眠りたい。──私は、ゆっくり瞳を閉じた。
「ヴィクトル様、リゼット様! いけません!」
その待ったの声に私とヴィックはギクリと動きを止めた。
視線をバッと横に向けるとそこにはメイド頭と私付きメイドさんの姿。いつ、入室したの? 気づかなかった……メイドさん達に見られた…!
「ヴィクトル様はお怪我をなさっているのですよ」
「さぁリゼット様はお部屋に戻りましょうね」
「あっ! リゼット!」
私が顔を赤くしたり青くしたりして動揺している間に私はメイドさんによってヴィックから引き剥がされてお部屋に連れて行かれた。
メイドさんからは『結婚前の男女の距離感というものを学んでください』と念押しされたのである。




