あいん 幼女になった
Ein――Ich wurde ein Mädchen
ある朝。ぐーてんもるげん。
窓から入る日光が僕の顔に当たっている。
その光は、肌が灼けてしまうかのように眩しく、灰にでもなりそうなものだった。
その光で目が覚め、布団を蹴り飛ばし飛び起きる。その時。
僕は何か、違和感を感じた。
「布団が……重い―――?」
いつもは羽のように軽い羽毛布団(羽毛だからな)が、まるで大きな水風船を乗せられたかのような重量であった。蹴飛ばして、吹っ飛ばしたはずなのだが、ほんのり浮いた程度しか飛ばなかった。
……それでも僕が起き上がれる程度には浮いたのだが。起き上がった瞬間に寝間着は脱げ、左脇が顕となっている。また、見えた肌の色は病的なまでに淡く、化けて出てきた霊のような白色。
「……うぇ、こわ。それに、目線も低いし」
僕の目線が驚くほど低い。僕の身長は元々低い方ではあるのだが、それにしてもだ。
いつもなら見える、棚の上に置いてある小さなぬいぐるみ。だが、ほとんど棚に隠れていて見ることができない。
「なんか声も変だし―――」
僕の出した声が、やけに高いのだ。
元々の僕の声も、男子の中では高めの方ではあったのだが、それにしてもだ。
……完全に、男の声ではなくなっていた。
また、背中に長い髪の毛の感触がする。
ベッドから立ち上がると、ズボンもパンツもずり落ちた。
「―――ぇ?」
……ずり落ちたズボンとパンツには見て見ぬふりをする。辺りを見回すと、たまたまテレビの画面に僕の顔が反射した画が目に映った。その僕の姿は、まるで妖精のようであった。
白く長い髪、病的なほど白い肌、赤い瞳。
妹の面影も感じる整った顔、そしてもっちりとした頬っぺた。
庇護欲を掻き立てられるキョトンとした顔。
「……い、いやいやいやいやいや」
これが僕か……? いや、そんな訳はない。僕は黒髪で、茶色い瞳だ。
確かに元々も雄々しくはない顔だが、ここまで可愛らしい女の子の顔ではない。
「……よし、夢だな! 脳の片隅だとしても僕に女の子になりたいなんて欲があったとは思えないけども……!」
こんな光景、絶対に夢だ。男が女の子になることなど絶対にありえない。
しかも同年代でもなく10歳近く年下だ。
これは夢なんだ。そう思って僕は自分の頬を思いっっっきり、ぶっ叩いた。
「痛っっっっっっ!?」
ペチンッ! という甲高い破裂音が部屋に響く。すんごい痛かったです。
……夢ではないようだ。
どうするかなぁ……と考えていると、時計が目に入った。時計の針は7時55分を指しており、秒針もカッカッと音をたてながら動いている。なんなら56分になりそうだ。
「……昨日日曜日だったから……え、今日学校じゃん」
しかも今日は学校がある日だった。遅刻は免れない。
……その事に気づいた瞬間、だんっだんっという、体重をかけてわざと大きくしたような足音が聞こえた。とんとん、と扉が叩かれ、妹が部屋に入ってきた。
「お兄ちゃん! 遅刻する……ょ?」
「く、黒菜……っ」
僕の一つ下の妹、雪宮 黒菜。
同級生の女の子の中では身長が小さく、胸の大きさは皆無に等しい。顔は整っていて、兄である僕が言うのもなんだがアイドルみたいでとても可愛い。でも料理は壊滅的に下手。
「……ぇっ何この美幼j―――。ん"っ! だ、誰ですか貴女! 警察呼びますよ!? お兄ちゃーん! 警察呼んでー! ズボン履いてない不審者がお兄ちゃんの部屋にいるーっ!」
「僕がお前の兄なんだけど……。あと通報を人任せにするなボケナス」
……本当にふざけた妹だ。
その調子なら本当の不審者なら何の対処もできないだろうに。
「……えっ、いやいや、お兄ちゃんはこんな守護りたくなる幼女じゃない。お兄ちゃんは守護りたくなる中性的な少年」
「ありがとうね守護りたいって思っててくれて。でも兄だぞ守護りたいってなんだよ」
「……あっそう。兄って言うんならお兄ちゃんだって事を証明してよ」
僕であることの証明。特に思いつく事はないが、僕しか知りえない情報を言えばいいのだろうか?
「昨日カレーに勝手にジャム入れてきたよな。しかも僕のに」
「ナンノコトヤラ、コンナジャショウメイニナラナイナー」
「じゃあ去年、韓国料理だからってキムチにコリアンダーをドサーって入れてたよな、それでそのキムチ捨ててたよな」
「おっけお兄ちゃんだってよく分かったよ、でも恥ずかしいからSHUT UP」
言っておくが、コリアンダーは韓国とは全くの無関係である。真似はしないように。あの時一口も食べてなかったけど多分美味しくないので。
「で、でも何でお兄ちゃんがそんな……可愛い女の子になってるの……? あとズボン履いてよ?」
「知らないよ……! あとぶかぶかで履けないんだよ」
「じゃあ何でだろう……? はっ、まさか」
心当たりがあるのだろうか。まぁ、恐らくろくでもないことだろうが。
「私があの祠を壊しかけたから……? それともあの神社の御神木を間違って蹴ってしまったから? それとも私が姉と妹が欲しいって神様に祈ったから……? それとも……」
「元凶絶対お前だろ……! ……いやどこの祠なの……?」
想像以上に黒菜がやらかしていた。なら絶対神様がなんかやったせいだろうな……。どうしてくれるんだろうか……。
「でも、名前に合った見た目で良かったじゃん。本当に白い兎みたい。一回ぴょんぴょんって言ってよ可愛いから」
「お前は何を言っているんだ―――?」
黒菜の言う白い兎は多分アルビノのことだろうし、多分今の僕もアルビノなのだろうからその点は同じだろう。
……おっと、名乗っていなかった。僕の名前は雪宮 白兎である。はくとではない。しろうさぎでもないよ。間違えないでね、絶対に。
「お兄ちゃん、そのぴょんぴょんで救われる命があるんだよ?」
「そんなわけないだろ。は、恥ずかしいし」
「じゃあ私のおっぱい揉める券あげるからやってよ、おっぱい星人のお兄ちゃん」
妹は僕のことをなんだと思っているのだろうか。何故揉むとでも思っているのだ。
「いや……なんか肋骨の感触しそうだし……あと妹のなんか興味無い」
「酷い……っ! 大学になるまでには爆乳セクシー高身長クールビューティエッチなお姉さんに成長するんだから!」
「もしそうなったら病気を疑うよ。あと、どう足掻いてもクールにはならないでしょ」
諦めるんだ黒菜。多少ならまだしもそんなガッツリとした成長には期待するな。顔は本当にいいんだから別にそんなに期待しなくていいでしょうに。
「てか逃げてないで早くぴょんぴょんって言ってよ」
「嫌だよ絶対やらないって」
「折れないかぁ、だよねぇ……そっかぁ」
妹は突然諦めたのか、部屋の外へと出ていった。しかし、ぴょんぴょんで命は救われるだろうか?
試しに手を兎の耳に見立て、頭の上に置く。テレビの反射に映る自分は、僕は兎さんだよ、と言いたげな姿勢。うーん、非常に可愛い。
「ぴょんぴょん―――って……」
この見た目に、可愛らしく小さい声。
冷静に見なくてもとっても可愛い(冷静じゃないからね)。
そんな娘が、ぴょんぴょんと言う。
しかしこの娘は自分なのだから、恥ずかしさで頬はカァッと赤く染まっていく。
『ふぐっ……』
「ぉ……おい!?」
扉からダメージ音が聞こえた。
おい、絶対にいるだろ妹よ。
そんな妹をシバきに、部屋を出た。
……現在時刻は8時00分。
この時、遅刻は多分確定した。それどころではないが。
◇
「いたいよぉぉ……!」
「馬鹿じゃん」
妹をシバいたつもりが、叩いた衝撃が思ったよりも強く、手に痛みが走っている。
……いつもなら何ともなかった痛さなのだが、何故か涙は出るし痛みも引かない。
「……叩いたんでしょ? あんまり痛くなかったけど」
「ひっくっ……えぐっ……ひゅうっ……えっぐ……っ」
「あぁっ泣かないでお兄ちゃん……っ」
「泣きたくて泣いてないぃ……っ!」
涙が止まらない。
泣き止めない。幼女じゃん僕。
「ひぐっ……ぐしゅ……ひゅぐ……」
「ほ、ほら、飴玉!」
妹が果物の味の飴玉を取り出した。しかしそれで泣き止むだろうか……? まぁ家にお菓子なんて飴しかないからなぁ……。
「おいしい」
「泣き止んだ……」
飴を口に入れた瞬間、涙が引っ込んだ。
いつもよりも飴が美味しく感じる。
「むへへ」
「うーん可愛い、どんどんあげちゃう」
「もへへへ〜……じゃないっ!」
飴の甘さに、思わず頬が緩む。
僕はそこまで甘いものが好き……と言える程ではなかったが、凄く美味しい。
あ、流石に一度に二つ以上はいらない。
ずっとこれだけ食べていたいと感じてしまう程には。……いや流石にそんな事はしない。
「ところで今……、何時だと思う?」
「何って……あ……8時……20……分……?」
大遅刻は不可避となった。
しかも、欠席連絡も何もしていない。
まぁ、欠席連絡はギリギリ間に合うのだが。
「家庭の事情によりお休みさせていただきます、と……。よ、よし」
学校に欠席連絡のメールを送った。
電話しなくていいのは助かる。
「お、お兄ちゃん……私も遅刻確定してるから連絡してくれない?」
「あぁはいはい、家庭の事情により以下略」
「ありがと……」
妹も同じように欠席連絡をした。
しかし、これからどうしたものか。今の僕に服はない。先生達に説明も難しい。
「あ、黒菜……。僕の服……買いに行ってくれないかな……?」
「自分で買いに……あっ服無かったから外出歩けないよねごめん」
「そもそもサイズも分かんないし……」
今は一応、パジャマで上半身と下半身の上側は隠れている。だがこの状態で外へは歩けない。
「じゃあサイズ測るから、じっとしててね」
「測り方分かるの?」
「……知らね」
「オイ」
妹はメジャーを持ってきて、胸や腹、尻に巻く。年齢的に必要なのかは疑問だが、従うしかない。多分この年齢なら重要なのは身長だろう。知らないが。
というか胸を測る時だけちょっとだけ力が強かった気がする。
「チッ……なるほどね。じゃあ身長……」
妹は少し不機嫌そうにスリーサイズを伏せてきた。いやまぁ別に幼女のスリーサイズに興味はないのだが。
「114cmね。なるほど」
実に45cm近く縮んでいる。
一体その質量はどこに行ったのだろうか。
「じゃあ買いに行ってくるから、何かやらかしたりしないでよ?」
「お前は兄をなんだと思ってるんだ……?」
「そうだった、この子お兄ちゃんだった。お兄ちゃんやらかしたりとか絶対しないもんね……あ、トイレの仕方わかる?」
「多分。結構渋漁ってるから」
「参考にしていいのそれ……?」
黒菜は玄関のドアを開け、服屋へと行った。
帰ってくるまで、このスースーする服のままなのか……。こんな痴女みたいな……。
妹がスカートを買ってくる可能性もあるし、慣れた方が良いだろう……。
……というか、時間的に黒菜が一人でいたら補導されたりしないだろうか? 大丈夫?
窓を見たら、黒菜が近所に住んでいる銀郎爺さんと一緒にいた。……あの人と一緒ならいいや。信頼できるから。
◇
その間、僕は部屋に戻っていた。
しっかし、質量保存の法則はどこに行った? 近くにその質量分の何かがあったりはしないか?
そんなわけはないだろうな……。
そう思いつつ、布団をめくる。
「なにこれ? VRゴーグル?」
そんなわけあった。
布団の下にVRゴーグルが隠れていた。
どうやらとあるゲームが出来るようだった。
これが僕の体の元一部だったり? いやいやそんなわけないだろ。
「vast world of fantasy tales……あ、なんか友達がやってるあの……?」
VRゴーグルにこのゲームのデータが入っていた。セーブデータは無さそう。
僕の友達がしているゲームだ。
お世辞にもそこまで知名度があるとは言えないが、自由度が高く、マップも広大だという。じわじわと人気は上がって……はいるが、プレイヤー数はあまり増えていない。
何を隠そう、普通に値段が高いのである。
僕も欲しくはあったのだが、妹の無駄遣いやそもそもの金欠で買えずにいたのだ。
何故あるかは知らないが、ラッキー……いや、誰かの物だったりしないよね……?
あれ? VRゴーグルに付箋ついてる……。
【これは貴方のです。心配しなくていいですよ】
あ、うん……。そ、そうなんだ……。というか誰目線の付箋なんだろう?
ま、まぁいいや。このゲーム楽しみだったんだよね。今やろっと。
皆、直接世界に入った感覚って言ってるし。
それに、とっても広大なマップらしい。
なんでも、陸だけで大体カナダ六つ分の面積(約9,985,000*6(約59,910,000)km²)があるのだという。広すぎだろ。
ググッたところ南北合わせたアメリカ大陸(約42,360,000km²)どころかユーラシア大陸(約54,760,000km²)よりも大きい。
ちなみに海やら上空やらもあるので実際にはもっと広いとか。どうなっているのだろうかこのゲームは? 本当に異世界なのか?
【Vast World Of Fantasy Tales】
〘このモンスターが彷徨う世界で、貴方は何を目指し、成し遂げる?〙
▷【Start】
僕はスタートのボタンを押した。
皆が学校に行っている中でゲームする背徳感がとても凄い(語彙力)。
次回:やだーっ! ほしいのーっ!




