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第8話 異世界酒造、月白

【三上 健太】


 陽光酒場の営業が終わり、客足の途絶えた店内で、俺は山と積まれた紫色の芋を前に腕を組んでいた。


「で、結局その芋、どうするんだい?」


 カウンターを片付け終えたレイラが、不思議そうに首を傾げる。彼女の視線の先で、俺は一つ、深いため息をついた。


「……正直、この芋で酒を造るには、予算も時間も足りないんだ」


(芋から酒を造るには、蒸留という工程が必要になる。それには専用の『蒸留器』がいるが、そんなものを今から作るのは現実的じゃない……)


 法律の抜け道を見つけたと興奮したが、技術的なハードルが思った以上に高かった。行き詰まりかけた思考の中、ふと、陽光エールに使っている黄色い果実が頭をよぎる。


(そうだ……麦が駄目なら、何も芋にこだわる必要はない。麦以外の原料で作ればいいんだから……あの果物なら、いけるかもしれない。麦を使わない合法的な酒……果実酒だ!)


 焼酎は蒸留の設備が要るが、果実酒なら樽一つで始められる。初期投資も小さい。営業的な視点で見れば、こっちが正解のはずだ。


 翌日、俺は新たな協力者を探すため、一つの建物を訪れていた。王都の職人街の一角に立つ、古いが立派な建物。『酒造ギルド』と書かれた看板が掲げられている。


 中へ入ると、エール特有の麦とホップの香りが充満していた。様々な酒蔵の職人たちらしき人々が情報交換をしているが、その顔はどこか暗い。まあ、法律で水で薄めることが決まっている酒しか造れないのだから、当然かもしれない。


 活気のないギルドの中を見渡していると、俺はふと見覚えのある顔を見つけた。陽光酒場のカウンターの隅で、いつも難しい顔をしながらエールを飲んでいる、小柄で頑固そうな老人だ。確か、いつも一人で来ては、静かに飲んで帰っていく。


 俺は意を決して、その老人に声をかけた。


「こんにちは。いつも陽光酒場をご利用いただき、ありがとうございます」


 老人はギョロリとした目で俺を一瞥すると、ふんと鼻を鳴らした。


「おお、あんたは陽光酒場の……。まあ、あんな水っぽいエールばかりじゃ、あんたの店の『陽光エール』に客が流れるのも当然じゃな」


 やはり、彼も同業者だったか。俺は自己紹介もそこそこに、単刀直入に本題を切り出した。


「実は、新しい酒を造りたいんです。麦を使わない、法律に縛られない酒を」


 俺は、この世界で天果(ヘヴンフルーツ)と呼ばれるブドウのような果実を使い、発酵させるだけで造れる果実酒のアイデアを熱く語った。空気中に漂うという酒精の胞子(アル・スピラ)を利用すれば、酵母もいらないかもしれない。


 俺の話を黙って聞いていた老人は、やがてその口元に、にやりと挑戦的な笑みを浮かべた。


「……面白い! 麦以外から酒を造るなど、考えたこともなかったわい!」


 彼はその節くれだった手で、俺の肩を強く叩いた。


「その話、乗ったゾイ。ワシはボルン。この道五十年の醸造家じゃ。ワシはアンタに賭ける!」


 こうして、俺はあまりにもあっさりと、最高の協力者を見つけることができた。


 ボルン爺さんの案内で、彼の工房へと向かう。人目を忍んで開発を進めるためだ。そこで、俺は一つの提案をした。


「ボルンさん。この新しい酒と、俺たちの工房に名前をつけませんか。陰でひっそりと、月明りのようにどこまでも澄んだ酒を造る。だから……『月白』。どうでしょう?」


 その名を聞いたボルン爺さんは、しばらく目を閉じていたが、やがてゆっくりと頷いた。


「月白……。いい響きじゃ。気に入った」


(まさか、この異世界で、古巣と同じ名前の酒蔵を立ち上げることになるなんてな……)


 俺は、遠い故郷の『月白酒造』に思いを馳せた。


(なるほど、俺が元いた酒蔵も、もしかしたらこんな風に、誰かの熱い想いから始まったのかもしれないな)


 俺たちの、本当の酒造りが、今、静かに幕を開けた。

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