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第7話 陽光酒場、開店準備中 〜第三の酒と美人戦士〜

【三上 健太】


『ダンッ!』


 一人残された薄暗い酒場で、俺はテーブルを叩きつけていた。バルガスさんから聞いた『庶民の酒は水で割らねばならない』という法律。それが、この世界の酒をまずくしている元凶だった。


(ふざけるな……! そんな法律があるから、まともな酒造りが発展しないんだ!)


 しかし、怒っていても始まらない。俺の中に眠っていた営業マンの魂が、困難な課題を前に燃え上がっていた。


 翌日、俺とバルガスさんは、冒険者ギルドの一角にある、今は使われていない倉庫の前に立っていた。


「ここを、俺たちで改装して新しい酒場にするんです」


「正気か、兄ちゃん。ただでさえ陽光エールでギルドの酒場はてんてこ舞いだってのに」


「だからこそです! ここを拠点に、もっと多くの人に、本当の酒の楽しみを届けたい。それに、例の法律をかいくぐる『新しい酒』を開発するにも、専用の場所が必要ですから」


 俺の熱意に押されたのか、バルガスさんはギルドマスターを説得し、破格の条件で倉庫を貸してもらえることになった。さらに、ギルドが保証人になってくれたおかげで、商業ギルドへの登録もあっさりと認められた。


 商業ギルドの受付カウンターで、以前俺を門前払いしたあの女性職員が、満面の笑みで書類を差し出してきた。


「ご登録、おめでとうございます、三上様! いやあ、最初にお会いした時から、何か特別なものをお持ちだと感じておりましたよ!」


(どの口が言うか……!)


 俺は心の中で盛大にツッコミを入れつつも、営業スマイルで応じた。これが『信用』というやつか。陽光エールが生み出した利益と評判が、俺の社会的地位を確かに押し上げていた。


 埃まみれの倉庫を掃除し、カウンターやテーブルを運び込む日々が続いた。バルガスさんの顔の広さで、腕のいい大工や職人が手伝ってくれたおかげで、店の形はあっという間に出来上がっていく。店の名前はもちろん、『陽光酒場』だ。


 そんな開店準備に追われるある日の午後だった。店の入り口に、一人の女性が立っていた。


 陽光を背に受けて輝く、快活な赤茶色のポニーテール。鍛え上げられたしなやかな体に、軽装の革鎧をまとっている。以前、ギルドの酒場で俺の果汁入りエールを飲んでいた、あの美人戦士だった。


「よう、アンタがここの店主かい?」


 彼女はまっすぐ俺の方へ歩み寄ってくると、にっと眩しい笑顔を見せた。


「あたし、剣よりジョッキを振るってる方が性に合ってる気がしてね。ここで雇ってくれないかい?」


 突然の申し出に呆気にとられていると、奥から出てきたバルガスさんが、ふんと鼻を鳴らした。


「また変なのが来たな。うちは酒場だ、戦場じゃねえぞ」


「いいねえ、その冗談! あたしはレイラ。レイラ・フォーンだ。元はちょっと名の知れた冒険者だったんだけど、どうにも金遣いが荒くてね。借金返すまで、安定した給料が欲しいのさ」


 あっけらかんと話すレイラに、俺とバルガスさんは顔を見合わせた。ズバズバと物を言うが、不思議と嫌な感じはしない。むしろ、その明るさは店の看板娘にぴったりかもしれない。


 こうして、元女戦士のレイラが、陽光酒場の記念すべき従業員第一号となった。



(陽光エールは、果汁を加えているから『エールではない』という理屈で売っているが、いつまでも通じるかは分からない。法律の根本……『麦から造られた酒』という部分をどうにかしないと)


 俺は活気あふれる市場を歩きながら、思考を巡らせていた。その時、ある露店の隅に積まれた、見慣れない芋が目に留まった。泥のついた、ごつごつとした紫色の皮。だが、その形と大きさは、俺の記憶にあるものと酷似していた。


(……これ、日本の焼酎に使われるサツマイモに、そっくりじゃないか?)


 俺の頭に、雷が落ちたような衝撃が走った。


(そうだ……麦が駄目なら、麦を使わなければいいんだ! この芋から、酒を造れば……それは、この国の法では規制されない、全く新しい『第三の酒』になる! 少なくともこの世界で、エール以外の酒は見たことがない!)


 俺は興奮を抑えきれず、その芋をありったけ買い占めた。


 その日の夜、開店準備を終えた陽光酒場で、後片付けをしていたレイラが、店の外を気にしながら俺に声をかけてきた。


「ねえ、アンタ。さっきから店の様子を窺ってる、役人みたいな怪しい男がいるんだけど」


 彼女が指さす薄闇の中、確かに一人の男が、何かを手帳に書き留めてから去っていくのが見えた。


「なんか、面倒ごとになりそうな予感がしない?」


 レイラの言葉に、俺は買ってきた芋を一つ、固く握りしめた。


「……だったら、その前に『抜け道』を完成させるまでだ」


 不穏な気配と、新たな挑戦への決意。王都の片隅で、俺たちの本当の戦いが、今まさに始まろうとしていた。

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