第3話 ギルド登録は計画的に
【三上 健太】
衛兵に軽く一礼し、俺はついに王都アステリアの中へと足を踏み入れた。
その瞬間、むわりとした熱気と、喧騒の渦に飲み込まれる。石畳のメインストリートの両脇には、木造の建物が所狭しと並び、活気のある呼び声がそこかしこから響いていた。行き交う人々の服装は様々で、屈強な冒険者風の男たちや、ローブをまとった魔術師らしき人影、さらには獣の耳や尻尾を生やした人までいる。
(うわ……すごい。本当に異世界なんだな)
しばしその光景に圧倒されていたが、すぐに我に返る。腹の虫がぐぅ、と情けない音を立てた。感動に浸っている場合じゃない。俺には金がない。今日の寝床も、晩飯の当てもないのだ。
(まずは衛兵に言われた通り、ギルドとやらを探さないと)
商業活動の免許、と言っていたから、おそらくは商業ギルドだろう。俺は道行く人に声をかけることにした。ターゲットは、人の良さそうな果物屋のおばちゃんだ。
「すみません、ちょっとお尋ねしたいのですが」
「ん? なんだい、その変な格好の兄ちゃんは」
「ははは……。商業ギルドはどちらの方向になりますでしょうか?」
俺が営業スマイルを向けると、おばちゃんは一瞬きょとんとした後、面倒くさそうに、しかし親切に大通りの先を指さしてくれた。
「商業ギルドかい。それなら、この道を真っ直ぐ行った先にある、天秤の看板が目印のデカい建物だよ」
「ありがとうございます!」
礼を言って歩き出すと、すぐにそれらしき建物が見えてきた。三階建ての立派な石造りの建築物で、入口には確かにてんびんをかたどった大きな木製の看板が掲げられている。
中に入ると、外の喧騒が嘘のように静かで、それでいて多くの人々で賑わっていた。高い天井、磨かれた床。いくつも並んだ受付カウンターでは、いかにも商人といった風体の男女が、職員とやり取りをしている。
(さて、と……)
俺は一番空いていそうなカウンターへ向かった。対応してくれたのは、眼鏡をかけた、いかにも仕事ができそうな女性職員だった。
「ごきげんよう。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「こんにちは。こちらのギルドで、身分登録をしたいのですが」
「身分登録ですね。かしこまりました。では、身分を証明できる物と、保証人の方のお名前、それから登録料として銀貨五枚をご用意ください」
矢継ぎ早に告げられる必要事項に、俺の顔から笑顔が消えていく。
「あの……その、どれも持っていない、のですが……」
俺が正直に告げると、受付嬢の丁寧な微笑みが、ぴしりと固まった。
「……は? どれも、ない?」
「はい。何分、遠い国から来たばかりでして。途中で無一文になってしまい……」
「お客様。申し訳ありませんが、規則ですので。身分証、保証人、登録料。この三点がなければ、登録は不可能です」
彼女はきっぱりと言い放った。その声には、同情の色もなければ、交渉の余地も感じられない。
(うわ、手強い。マニュアル通りの完璧な対応だ……)
食い下がろうにも、ないものはない。万事休すか、と肩を落としたその時だった。
「そういうことなら、まずは日雇いの仕事でも探してみることだな!」
隣のカウンターで手続きを終えたらしい、人の良さそうな髭面の男が、気の毒そうな顔で俺に声をかけてきた。
「日雇い、ですか?」
「ああ。日銭を稼いで、まずは今日の宿と飯を確保するんだ。少しずつでも金を貯めて、街での信用を得れば、保証人になってくれる奴も見つかるかもしれん」
「なるほど……!」
それは、この世界におけるもっともな正論だった。俺は礼を言って、再び受付嬢に向き直る。
「では、その日雇いの仕事は、どちらで紹介していただけるのでしょうか?」
すると、受付嬢は少しだけ同情的な目をしながら、別の場所を指さした。
「力仕事や雑用でよろしければ、あちら……冒険者ギルドの方が、その日の仕事は見つかりやすいかと存じます。ここから西に歩いてすぐの、剣の看板が目印です」
(冒険者ギルド……。なんだか物騒な響きだな)
しかし、今の俺に選り好みしている余裕はない。俺は受付嬢と親切な商人に深く頭を下げ、商業ギルドを後にした。
まさか、異世界に来て早々、肉体労働からスタートすることになるとは。スーツ姿で冒険者ギルドの門を叩く自分の姿を想像し、俺は乾いた笑いを漏らすしかなかった。