第21話 三上男爵、初めての『おでかけ』 〜赤と緑の貴族ルックで村へGO!〜
【三上 健太】
王から男爵に叙された俺は、まず王都の仕立て屋へと足を運んでいた。もはや道楽で貴族をやるわけにはいかない。最低限の体面というものが必要だろう。
「お客様! 新しく男爵になられた方には、こちらの組み合わせが定番でございます!」
店主が自信満々に広げてみせたのは、目に痛いほどの鮮やかな赤色のチュニックと、それを上回るほどに鮮烈な緑色のタイツだった。
「これは『火と森』を象徴する、若き領主様の門出を祝う由緒正しき色なのでございます!」
背後で、付き添いのレイラが「ぷぷっ」と吹き出すのを、俺は聞かなかったことにした。
「……うーん。俺には派手すぎないか? あ、いや……貴族って、こういうもんか?」
俺が困惑していると、となりの店で馬車まで勧められた。通常のものより装飾が多く、当然のように値段も高い。
(貴族ってのは、最初の初期投資が高すぎる……!)
結局、俺は財布の中身と相談しながらも、貴族デビューのためのフルセットを買い揃えることになった。
数日後。ピカピカの豪華な馬車に乗り込み、俺たち一行はついに、新たな領地となるセレス村への視察へと出発した。
護衛役として戦士の装備に身を固めたレイラ。そして、俺の従者として王家から預けられた、九男のミレオと九女のシャルロット。ミレオはまだ少年だが、その口調はどこか大人びていた。
「三上殿。王命とはいえ、あなたがボクを迎えてくれて嬉しいです。これから、よろしくお願いします」
「こちらこそ。シャルロット様も、よろしくお願いしますね」
俺が微笑みかけると、シャルロットは気品あふれる仕草でこくりと頷き、頬を染めた。
「はい、三上様。これから、一緒に寝たりあんなことやそんなことや……ふふ、いえ、なんでもありませんわ♪」
その様子を、御者を兼ねたレイラが腕を組んで、ややむくれた顔で眺めている。
「ふーん、奥さんまで揃って完璧な旅だこと。あたし、どこまで『護衛』すればいいのかしらね」
(なんか、家族旅行みたいになってないか、これ……)
俺の心中のツッコミも虚しく、馬車はセレス村へと入っていった。途端に、村のあちこちから、ざわめきが起こる。俺の赤と緑の貴族ルック、豪華な馬車、そして物々しい戦士姿のレイラ。その威圧感は、村人たちに『ガチの貴族による視察』だと思わせるには十分すぎた。
道端で農作業をしていた者も、家の中にいた者も、わらわらと集まってきて、俺たちの前で深々と頭を下げる。
「は、ははぁっ! ようこそ我らが村へ、貴族様!」
村の長老らしき老人の、畏まりきった声が響いた。
「うわ……本当に貴族って、あんな格好してんだ……」
若い村人のひそひそ声が聞こえてくる。
(色の暴力だったけど……結果オーライ、か?)
俺たちは、村人たちに案内され、村で一番大きな館――以前の男爵の屋敷へと向かった。そこは、それなりに広く立派な造りではあったが、よく見ると雨漏りの染みや壁のヒビなど、あちこちがボロボロだった。
「これは……このまま住んだら風邪ひくレベルですね」
俺が顔をしかめると、村人たちが申し訳なさそうに「修繕には時間がかかる」と告げた。
「よし、俺が責任もって大工を派遣する。それまでは一度、王都に戻って準備を整えよう!」
俺がそう宣言すると、ミレオがぱあっと顔を輝かせた。
「さすがです、三上殿! 早く、この村で暮らしてみたいです!」
「わたくし、お庭に小さな葡萄園を作りたいですわ」
シャルロットも、夢を膨らませている。その横で、レイラが半眼で俺に尋ねた。
「……村に移ったら、あたしも部屋ひとつ確保していいわけ?」
馬車に乗って王都へ帰る道中、夕暮れの空を眺めながら、俺はぽつりと呟いた。
(異世界に来て、騎士になって、今度は男爵か……。俺、どうしてこうなった……)
そんな俺の感傷をよそに、馬車の“中”は奇妙な空気に包まれていた。わたくし、とっても楽しみですわ、とでも言いたげに鼻歌を歌うシャルロット。その横で、無邪気に空を眺めているミレオ。そして、御者台にいるレイラはといえば、時折「ちっ」と鋭い舌打ちをしながら、やけに乱暴に手綱をさばいているのだった。
『営業ノート記録』
見た目は大事。中身はもっと大事。でも、赤と緑はやっぱり派手すぎる。




