第20話 イモ焼酎『月白・炎』始動!
【三上 健太】
王から騎士の位を授かって以来、俺の生活は一変した。さすがに、いつまでもよれよれのスーツというわけにもいかず、俺は意を決して、仕立て屋に新しい服を注文した。
「ぷっ……! あはは! 何よその格好! 似合わないったらありゃしない!」
出来上がってきた貴族風のチュニックとタイツに身を包んだ俺を見て、レイラが腹を抱えて笑い転げる。まあ、自分でも見慣れない格好に、どうにも落ち着かないのは事実だった。
そんなある日、ボルン爺さんが興奮した様子で工房から駆け込んできた。その手には、素焼きの瓶が一本、大事そうに抱えられている。
「できたぞい、三上! ついに、あの芋を使った蒸留酒が完成じゃ!」
瓶から注がれた液体は、どこまでも澄み切った透明な輝きを放っていた。俺たちがこの酒に付けた名前は、『月白・炎』。蒸留によって凝縮された、燃えるようなアルコールの力強さを表現した名前だ。
俺は杯をそっと口に運ぶ。アルコール度数は二十度ほどだろうか。喉を熱い塊が通り過ぎた後、芋の持つ、ほのかな甘みと土の香りがふわりと広がった。
「……うまい。これは、いけますよ、ボルンさん!」
(下手に世に出すと、また国王陛下になんか言われるかもしれないな……。よし、今回はこちらから届けてみるか)
俺はレイラを伴い、新しい服に身を包んで王宮へと向かった。
「騎士の三上です。国王陛下に、新しく完成したお酒をお持ちいたしました」
門番にそう告げると、少し待てと言われ、とりあえず中へと通される。やがて案内された謁見の間には、国王陛下と、あのシグムント将軍が待ち構えていた。
俺はまず、自ら毒見をして安全を示した後、恭しく二人へと『月白・炎』を差し出した。
「おお! これはまた、キリリとした味わいじゃ! 愉快、愉快!」
「うむ! この喉が焼ける感覚! これぞ酒よ!」
国王陛下と将軍は、ことのほかこの新しい酒を気に入った様子だった。特に将軍は、そのアルコールの強さに満面の笑みを浮かべている。
「しかし三上よ。これほど美味いとなると、さぞ高かろう?」
国王の問いに、俺は待ってましたとばかりに胸を張った。
「いえ、陛下。原料は庶民の食い物でもある芋でございますので、これまでの酒より、むしろ安価にご提供できます」
その言葉に、国王は「ふむ」と深く頷き、しばし考え込んだ。やがて、その口から思いもよらない言葉が飛び出す。
「ちょうどよい。王都から馬車で数時間のところにあるセレス村を治めていた男爵が、跡継ぎを残さず亡くなってな。三上、おぬしにあの村を任せる」
「は……はあ!?」
「そして、ただの騎士に領地は与えられん。本日この時をもって、汝を男爵に叙する! 三上男爵、その村を新たな拠点とし、今後も国のために美味い酒を造るがよい!」
いきなりの領主任命と、それに続く叙任の言葉に、俺の頭は完全に追いついていなかった。俺が呆然としていると、国王はさらに続けた。
「ただし、一人では大変であろうから、わしから従者をつけてやろう」
陛下が合図をすると、扉が開き、一人の少年が部屋に入ってきた。まだ小学生くらいの、可愛らしい顔立ちの男の子だ。
「我が九男、ミレオじゃ。従者というのは、騎士が戦場で華々しく戦っていた頃、荷物持ちや身の回りの世話をする係での。平和な今の世では、まあ名誉職のようなものじゃ」
国王は、どこか寂しそうに目を細める。
「さすがに九番目の息子となると、王族として残すのも難しい。かといって、平民にするのも親心として忍びなくてな。酒で儲けておるおぬしになら、安心して預けられるというものよ」
「えっ……」
「うむ。そういうわけで、娘もくれてやろう」
「娘さんもですか!?」
俺の叫びも虚しく、今度はフェリクス王子とそっくりな顔立ちの、可憐な少女が紹介された。年は十六くらいだろうか、ちょうどこの国でお酒が飲めるようになったばかりの頃合いだ。
「我が九女、シャルロットじゃ。二人まとめて、頼んだぞ」
(断ったら、確実に首が飛ぶ……!)
俺は、引きつった笑みを浮かべて、深々と頭を下げるしかなかった。横ではレイラが、なんとも言えない複雑な表情で成り行きを見つめている。
王宮からの帰り道。すっかり黙り込んでしまった俺の隣で、レイラがぷっと吹き出した。
「ま、アンタとは別に、そういう関係じゃなかったし? ただ一緒に飲んでただけっぽいし、まあいいんじゃない」
彼女は俺の顔を覗き込み、悪戯っぽく笑う。
「それに、たまにはアタシで遊んでもいいのよ? なんたって、アンタは男爵様なんだから!」
そのからかうような声に、俺はただ、深いため息をつくことしかできなかった。俺の異世界ライフは、また一つ、とんでもない荷物を背負い込むことになったらしい。




