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異世界酒造、月白  作者: 塩野さち


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第15話 女神の祝福と、なぜか隣にいる君

【三上 健太】


 陽光酒場での祝宴が終わり、俺は自室のベッドに倒れ込んだ。法律が変わり、これからは誰にも文句を言われずに、俺たちが信じるうまい酒を造り、売ることができる。その高揚感と、心地よい疲労感に包まれていた。


 ふと、王宮からの帰り道に立ち寄った、あの小さな祠を思い出す。


(そうだ。これからはもっと頻繁にお供えすることになるだろうし、ちゃんとした場所を作っておこう)


 俺はむくりと起き上がると、部屋の片隅の棚を綺麗に片付け、白い布を敷いた。そこに故郷の神棚を真似て、小さな木の台を置く。簡素だが、これで立派な女神様専用の祭壇だ。俺はその中央に、なみなみと注いだ『月白酒』の杯をそっと供えた。


「リディア様。いつもありがとうございます。これからも、見守っていてください」


 自然と、そんな言葉がこぼれた。満足感と共に再びベッドに潜り込むと、俺の意識はすぐに深い眠りの底へと沈んでいった。


 気がつくと、俺は見慣れた真っ白な神殿に立っていた。そして、目の前には……。


「ぷっはー! やっぱりアンタのお酒は最高ねぇ!」


 俺が供えたばかりの杯を片手に、頬を赤く染めた女神リディアが、上機嫌で立っていた。相変わらず、デロンデロンに酔っぱらっている。


「いやぁ、毎日毎日うまい酒を捧げてくれるから、わたくしの神力も、だいぶ戻ってきちゃったわよ」


「そ、それはようございました」


「ええ! それでね、健太。力が戻ったから、アンタを元の世界にいつでも返せるようになったの」


 女神様はにこりと微笑む。その言葉に、俺の心臓がどきりと跳ねた。


「この世界も、アンタのおかげで美味しいお酒で満ちてきたし……。どう? もう、帰りたい?」


 帰る。その言葉が、頭の中で何度も反響する。懐かしい日本の街並み、会社の同僚たちの顔、そしてコンビニの冷えたビール。だが、それと同じくらい、陽光酒場のむさ苦しい熱気や、レイラのからかうような笑顔、バルガスさんの豪快な笑い声、そしてボルン爺さんの頑固で優しい顔が、脳裏に浮かんでは消えた。


(俺の居場所は……もう、ここにあるのかもしれないな)


 俺は、迷いを振り払うように顔を上げ、はっきりと告げた。


「俺は、ここに残ります。陽光酒場も、この世界で始めたばかりの『月白酒造』も、まだ放っておけませんから」


 俺の答えを聞いた女神様は、きょとんと目を丸くしたが、やがて楽しそうにくすくすと笑い出した。


「あっそ。じゃあ、転移に使うはずだった分の力が浮いたわね。代わりに、アンタに特別な祝福をあげるわ!」


 そう言って女神様が指を鳴らすと、俺の体に温かい光が流れ込んでくる。


「一つ! 人の二日酔いをちょっとだけ良くしてあげる奇跡! 二つ! アンタ自身が、今よりちょっとだけお酒に強くなる奇跡よ!」


(……なんというか、微妙な祝福だな……)


 ありがたいが、もっとこう、伝説の剣とかが良かった。俺が複雑な表情をしていると、女神様が「んー、もう一つくらいなら、おまけしてあげよっかな」と指を立てた。


 俺は、ここぞとばかりに頭を下げた。


「でしたら、女神様! 俺の『運』を良くしてください!」


「運?」


「はい! 俺は元営業マンです。どれだけ良い商品があっても、それに見合うお客様と出会えなければ意味がない。良い出会いは、いつだって『運』が運んできてくれました。だから俺は、運の力を信じています!」


 俺の熱弁に、女神様は感心したように頷いた。


「へぇ……。わかったわ! アンタのその心意気、気に入った! 祝福を授けましょう! ちょっとだけ、ね!」


 再び光に包まれたのを最後に、俺の意識は遠のいていった。


 翌朝。ガンガンと痛む頭と、なぜか腕にかかる妙な重みで、俺は目を覚ました。


(昨日の夢……いや、飲み過ぎたのか……? それにしても、この腕の重さは……)


 恐る恐る、気だるい視線を右腕に向ける。そこには、見覚えのある快活な赤茶色の髪が……。俺の腕をがっちりと枕にして、レイラがすやすやと寝息を立てていた。


「ええっえええ〜っ!」


 俺の絶叫が、静かな朝の部屋に響き渡った。床には、昨日供えたものとは別に、何本もの空き瓶が無造作に転がっている。そして、祭壇として使った棚の上には、一枚のメモがひらりと置かれていた。


『この娘のカラダ借りて飲んじゃった。てへっ! ――リディア』


「ま、またかよぉぉぉ!」


 俺の叫び声に、隣で寝ていたレイラが、ん……と身じろぎをして、ぱちりと目を開けた。数秒間、ぼんやりと俺の顔と自分の状況を見比べた後、彼女の顔が、ぼっと音を立てるように真っ赤に染まっていく。


「なっ……ななな、なんであたしが、アンタの部屋で……!?」


 レイラは叫ぶなり、布団を蹴飛ばしてベッドから飛び降りると、一目散に部屋のドアへと駆け寄り、嵐のように去っていった。


 一人残された部屋で、俺は頭を抱える。女神様から授かった「ちょっとだけ良くなった運」は、どうやらとんでもない方向で、早速その効果を発揮し始めているようだった。

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