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異世界酒造、月白  作者: 塩野さち


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第14話 自由の酒、解禁される 〜酒類法、ついに改正!〜

第14話 自由の酒、解禁される 〜酒類法、ついに改正!〜


【三上 健太】


 陽光酒場のカウンターで、俺はまたしても届けられた王家の紋章入り書状を前に、深いため息をついていた。先日、リヒテンベルク伯爵が泥酔して担ぎ出された一件が、どうやら面倒な形で王宮にまで届いてしまったらしい。


「今度は一体、どんなお説教が待ってるんだか……」


 レイラが同情的な視線を向けてくる横で、俺は重い足取りで王宮へと向かった。


 通されたのは、前回のような華やかな謁見の間ではなく、高い天井を持つ円形の議場だった。中央の席には国王陛下が座り、その周りをいかにも高位の貴族や文官たちが取り囲んでいる。そして、その一角には、あの白銀の鎧をまとったカタブツ騎士、ヴァルター・グレンツェの姿もあった。


(うわ……完全に審問会ってやつじゃないか、これ……)


 俺が緊張で固まっていると、ヴァルターが俺の前に進み出て、硬質な声で告げた。


「三上健太殿。貴殿の造り出した新たな蒸留酒……『月白酒』は、今や王都の秩序、ひいては貴族社会そのものを揺るがす存在となりつつある」


 やはり、そういう話か。俺はゴクリと喉を鳴らした。


「本日、ここにいる王国の重鎮たちの前で、かの酒がもたらす影響について、公の審問を行う」


 重苦しい空気が場を支配する。まず証人として呼び出されたのは、なんと、あのリヒテンベルク伯爵だった。彼はバツが悪そうに顔を俯かせ、ちらりと俺を睨むと、咳払いを一つして口を開いた。


「……先日、わたくしは確かに、かの酒の前に醜態を晒した。しかし!」


 伯爵は顔を真っ赤に染めながら、急に声を張り上げた。


「それは、わたくしが未熟だったからに他ならない! あの『月白酒』は、ただ酔うためのものではない! 一口飲めば、凝縮された大地の恵みが魂を震わせる……。これは、極めて文化的価値の高い、芸術品なのだ!」


(え、何その高尚なレビュー!?)


 俺が呆気に取られていると、他の貴族たちも次々に立ち上がって声を上げた。


「左様! 我が領地の民は、あれを一杯飲むと、一日の疲れが吹き飛ぶと評判でしてな! 労働意欲の向上に繋がっております!」


「それに、あの芳醇な香りは精神を安定させる効果があるとか……。ええ、きっと美容と健康にも良いはずですわ!」


 無理筋な擁護が飛び交い、議場は騒然となる。一体どうしてこうなった。俺が混乱していると、それまで黙って皆の意見を聞いていた国王陛下が、静かに手を上げた。


「皆の言い分は分かった」


 しんと静まり返った議場で、王はにこりともせずに、とんでもない爆弾を投下した。


「……ちなみに、わしは割って飲む派じゃ」


 一瞬の沈黙の後、議場がどっと沸く。貴族たちが「陛下が!」「まさか!」とざわめく中、王は面白そうに口の端を上げた。


「麦から造られた酒を水で割ることを義務付けた、あの古い法……。だが、時代は変わった。三上健太が造った新しい酒は、我々に新たな選択肢を示してくれた。割るか、割らぬか。ストレートで魂を震わせるもよし、水で割ってじっくりと風味を味わうもよし。その選択の自由こそが、この国の新しい酒文化の始まりではないのか?」


 その鶴の一声で、審問会の空気は完全に変わった。あれほど議論を呼んでいた旧酒類法は、満場一致であっさりと廃止が決定。酒の提供方法は、全面的に造り手の裁量に委ねられることになったのだ。


 俺は、いつの間にか「国の法律を変えた英雄」として、貴族たちから盛大な拍手を浴びていた。


(いや……ただ、うまい酒を造って、みんなが勝手に盛り上がっただけなんだが……)


 熱狂の中心で、俺は一人、そんなことをぼんやりと考えていた。


 その夜、陽光酒場は祝杯をあげる男たちの熱気で、これまで以上にむさ苦しく、そして楽しげな空気に満ちていた。



 王宮からの帰り道、女神様のほこらの前で祈る。


(女神様、俺ついにやりましたよ。これからはどんどん飲ませますね)


 そうつぶやいて、ポケットから月白酒の小瓶をほこらにささげた。俺はなんとなく気分が良くなり、のんびりと街を散策しながら酒場へ帰った。


「よかったじゃない。これでアンタの好きなように、この世界一うまい酒を出せるってことでしょ?」


 カウンターの向こうで、レイラが誇らしげに笑う。彼女は完成したばかりの芋焼酎のボトルを手に取ると、俺のグラスに琥珀色の液体をなみなみと注いだ。


「新しい時代の幕開けに、乾杯!」


 俺は差し出されたグラスを受け取り、レイラと、そして店中の客たちと高らかに掲げた。法に縛られない、本当の意味での『自由の酒』。俺たちの本当の挑戦は、まだ始まったばかりだ。

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