第13話 酒場、今度はムサい男だらけになる
【三上 健太】
あの朝の惨劇以来、俺は人が変わったように王都中の古道具屋を巡り、錬金術師の遺物である蒸留装置を片っ端から買い集めた。
今では『月白』の工房に、大小様々な蒸留器がずらりと並んでいる。ボルン爺さんが全工程を監督し、新たに雇った屈強な男たちが、汗を流しながら蒸留酒造りに励んでいた。以前市場で見つけたあの芋を使った、本格的なイモ焼酎の製造も、ついに軌道に乗った。
そして、その結果……陽光酒場の雰囲気は、再び一変した。
「くっはぁ〜、たまんねぇな! この喉が焼ける感じがよぉ!」
「これぞ大人の酒だ! 子供が飲む甘ったるい酒とは違う!」
「う……もうだめだ……一杯で、これ以上は飲めねぇ……」
かつて『月白にごり酒』を求めて集った女性客たちの華やかな嬌声は消え、代わりに汗と土の匂いをさせた冒険者や職人たちの野太い声が、店内を支配していた。
「あーあ。せっかく綺麗なお客さんでいっぱいだったのに、すっかりむさ苦しいったらありゃしない」
カウンターの隅で、レイラが頬杖をつきながらぼやく。俺は苦笑いを返すしかなかった。
そんなある日のこと。むさ苦しい男たちの熱気で満ちた酒場の扉が、場違いなほど静かに開かれた。高価な絹の服を身にまとい、見るからにプライドの高そうな貴族が、従者を一人連れて入ってきたのだ。
彼は鼻をハンカチで押さえながらカウンターまでやってくると、俺を見下すような視線で言った。
「君が店主の騎士か。例の新しい蒸留酒……巷では『月白酒』と呼ばれているそうだな。それを一杯もらおうか」
「かしこまりました。ですが、かなりアルコールの強い酒ですので、水で割ることをお勧めしますが……」
俺が親切心から忠告すると、その貴族……リヒテンベルク伯爵は、カッと目を見開いて激昂した。
「無礼者! この私に、水で薄めるなぞという庶民の飲み方を勧めるかッ!」
(ああ、そうですか。じゃあ、知りませんよ……)
俺は心の中で毒づきながら、黙って蒸留酒を注いだグラスを差し出した。伯爵は「ふん」と鼻を鳴らすと、見せつけるようにそれを一気に煽った。
「……大したこと、は……な……」
強がる言葉は、最後まで続かなかった。伯爵の体はぐらりと揺れ、次の瞬間、がくりと音を立ててカウンターに突っ伏した。従者が慌てて彼を担ぎ上げ、ほうほうの体で店から逃げ出していく。その無様な姿に、店中の男たちから盛大な笑い声が上がった。
この「リヒテンベルク伯爵泥酔事件」は、あっという間に貴族たちの間で笑いの種として広まったらしい。
そして、それから数日後。
またしても、陽光酒場に見覚えのある王家の紋章が入った封蝋付きの書状が届けられた。
「げっ……また、王宮から?」
レイラが、あからさまに嫌な顔をする。俺はその書状を無言で受け取ると、天を仰いで深いため息をついた。
(今度は、一体なんだって言うんだ……)
どうやら俺の平穏な日々は、この世界では望むべくもないらしい。




