第12話 街の片隅で蒸留装置発見される 〜さっそく使ってみた!〜
【三上 健太】
騎士叙任の騒動から数日。俺は気晴らしに、王都の裏通りで開かれている古道具市をぶらついていた。ガラクタや出所不明の骨董品が並ぶ中、ある露店の隅に置かれた、ほこりまみれの機械が俺の目を引いた。
複雑に絡み合った銅製の管と、フラスコのようなガラスの容器。その無骨で、しかしどこか機能美を感じさせる形状に見覚えがあった。
(……これ、理科の実験で見た蒸留器、アランビックにそっくりじゃないか?)
俺が興味深そうに眺めていると、やる気のなさそうな店主が声をかけてきた。
「兄ちゃん、それに興味あんのかい? なんでも、昔の錬金術師が使ってた道具らしいが、使い方がさっぱりでな。もう何年も売れ残ってるんだ」
「これ、いくらですか?」
俺が尋ねると、店主は面倒くさそうに答えた。
「……ああ、そんなガラクタ、持ってってくれるなら銅貨十枚でいいよ」
破格の値段に、俺は即決した。陽光酒場からレイラとバルガスさんを呼び出し、三人で汗だくになりながら、その巨大な装置を『月白』の工房まで運び込んだ。
工房では、連絡を受けて待っていたボルン爺さんが、装置を見るなり目を輝かせた。
「おお……! これが、古文書でしか見たことのなかった錬金術の蒸留器……! まさか酒造りに活路があったとはのう!」
俺たちは早速、この古代の遺物で『月白にごり酒』を蒸留してみることにした。にごり酒を釜に入れ、慎重に火にかける。やがて、管の先から、無色透明の液体が一滴、また一滴と滴り落ちてきた。
「「「「おおお……!」」」」
工房に、四人の歓声が響き渡る。滴り落ちた液体を杯に受け、まずはボルン爺さんがゴクリと一口。次の瞬間、爺さんは激しくむせ返りながらも、カッと目を見開いた。
「……うまい! これは……うまいぞい!」
俺たちも続いて試飲する。喉が焼けるような強烈なアルコール。しかし、その奥に、凝縮された天果の芳醇な香りと甘みが、爆発するように広がった。
「こりゃ、果実の風味が濃縮されててやばいな……」
「スピリッツってやつか? アルコール度数、めちゃくちゃ高そうだぞ!」
「名前をつけないとな!」
その一杯をきっかけに、俺たちの祝宴が始まった。「月白スピリッツ」「
女神の吐息」「天果の雫」など、思いつくままに名前の候補を出し合ったが、酔いが回るにつれて、まともな議論になるはずもなかった。
翌朝。俺は、ガンガンと割れるように痛む頭を抱えて、自室のベッドで目を覚ました。
(飲み過ぎた……。それにしても、なんか腕が重い……?)
気だるく右腕に目をやると、そこには見慣れた赤茶色の髪が……。俺の腕を枕に、レイラがすやすやと寝息を立てていた。服は乱れ、床には空の酒瓶が転がっている。
「……な、なんで!?」
俺の悲鳴に、レイラがぱちりと目を開けた。数秒間、状況が飲み込めずに俺と自分の姿を交互に見た後、彼女の顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていく。
「え、私が聞きたいんだけど!? なんであたし、アンタの腕枕で寝てるのよ!? 確か、アンタが急に抱きついてきて……!」
「俺が!? 覚えてないぞ!」
俺たちが言い争っていると、部屋のドアから、バルガスさんとボルン爺さんがひょっこりと顔を出した。
「おう、昨日はよく飲んだな! お前ら、いつの間にか部屋に戻っちまって」
「わしらはちゃんと、廊下で雑魚寝したぞい」
悪びれもなく告げられた言葉に、俺は頭を抱えた。
「……誰か、昨日何があったか、詳しく説明してくれ……」
後日。陽光酒場の棚の片隅に、透明な液体が満たされた試作品の瓶が数本、静かに並べられた。昨夜の惨状を思い出し、俺は一人、ため息をつく。だが、同時に、この未知の酒が持つ可能性に胸が高鳴るのを止められなかった。
(これ、下手すりゃ、この国の酒の常識をひっくり返す革命が起きるんじゃね……?)
新たな酒は、新たな波乱の幕開けを、静かに告げていた。




