第11話 騎士、叙任される 〜俺、酒を造ってただけなんだが〜
【三上 健太】
陽光酒場のカウンターで、俺は溜息をつきながら、目の前に積まれた羊皮紙の束を眺めていた。どれもこれも、貴族の紋章が入った招待状だ。
「また招待状? 今度はどこのお貴族様よ」
俺の憂鬱をよそに、レイラがキラキラした目で招待状を覗き込む。
「それってつまり、貴族のお屋敷で接待ってことでしょ!? 豪華なごはんが食べ放題じゃない!」
「そういう問題じゃなくてだな……」
正直、ただの酒屋の親父としては、貴族との付き合いは荷が重い。俺は一番上にあった一通を手に取った。差出人は、バリュード・マルケス男爵。酒好きで知られる、陽気な人物らしい。
数日後、俺は久しぶりにクローゼットの奥からよれよれのスーツを引っ張り出し、身なりを整えて男爵邸へと向かった。異世界では、この営業マンの戦闘服が、なぜか最高級の礼装として見られるのだから皮肉なものだ。
緊張しながら屋敷の扉をくぐると、人の良さそうな初老の紳士……マルケス男爵が、満面の笑みで出迎えてくれた。
「おお、三上殿! よくぞ来てくれた! いやあ、あの『月白にごり酒』、実に素晴らしい! ぜひ我が家でも飲ませていただきたくてね!」
てっきり何か面倒な頼み事かと思っていたが、男爵の用件は「週に一本、この屋敷までにごり酒を届けてほしい」という、ただの配達依頼だった。俺は拍子抜けしながらも、その場で軽く一杯ご馳走になり、世間話をして屋敷を辞した。
それを皮切りに、俺は毎週のようにどこかの貴族邸に呼ばれるようになった。
「どうだ三上殿、私の娘婿にならんかね?」
「今度の夜会で、ぜひとも君の酒を振る舞ってほしいのだが」
だんだんと話は大きくなり、俺のスーツもいつの間にか「三上殿のあの服は、実に粋ですな」と社交界の最先端ファッションとして認識され始めていた。
そんなある日のことだった。店の扉が静かに開き、王家の紋章が刻まれた封蝋で閉じられた、一通の書状が届けられた。王宮からの、正式な召喚状だった。
「王から……? え、国王陛下って本物の……?」
レイラが絶句する横で、店の隅で酒を飲んでいたボルン爺さんが、静かに呟いた。
「まあ、とうとうここまで来たか」
重々しい雰囲気の王宮。謁見の間に通された俺は、ただただ圧倒されていた。玉座に座る国王陛下は、歳の頃は五十代だろうか。威厳に満ちているが、どこか飄々とした不思議な空気を持つ人物だった。
形式的な挨拶が終わり、沈黙が場を支配する。やがて、王は静かに口を開いた。
「三上健太。汝の造る酒は、我が王都に豊穣をもたらした。活気を失いかけていた民に、笑顔と潤いを与えた功績、誠に見事である」
俺が何が何だか分からずにいると、王はすっくと立ち上がり、傍らの従者から剣を受け取った。そして、俺の前に立つと、その剣先を俺の肩に、そっと当てた。
「よって……汝を騎士とする。今後もその腕で、この国を、民を、豊かにするがよい」
謁見の間を出て、茫然自失のまま廊下を歩いていると、待ち構えていた貴族たちにあっという間に取り囲まれた。
「おお、三上騎士殿! この度はおめでとうございます!」
「いやはや、驚きましたぞ! あれでも王は、三上殿のファンらしいですぞ!」
「左様。社交界では、毎晩陛下が『月白にごり酒』をそれはそれは美味そうにたしなんでおられると……」
「『あれでも』感謝されています。『あれでも』、ですぞ」
(えっ……マジで? 国王が俺の酒のファン? でも、なんでみんな『あれでも』って言うんだよ……)
意味深な言葉の数々に首を傾げながら、俺はなんとか貴族たちの輪を抜け出し、王宮を後にした。
陽光酒場に戻ると、店の皆が心配そうな顔で俺の帰りを待っていた。
「おかえり、アンタ。……で?」
レイラが、俺の胸元を指さす。そこには、先ほど授かったばかりの、騎士の身分を示すきらびやかな勲章が輝いていた。俺は疲れ切った顔で、ただ一言、呟いた。
「……なんか、騎士になって帰ってきた」
一同が、あんぐりと口を開けて固まる。俺の異世界ライフは、また一つ、とんでもない方向に転がり始めたようだった。




