前世の僕の宝物
西暦645年、大化の改新の始まりを告げた乙巳の変で、蘇我蝦夷という人物が当時の歴史書と共に焼身自殺したらしい。少なくとも学校ではそう習った。
燃えて灰となった歴史書には、古代日本について記載されていたらしい。
蘇我蝦夷のせいで謎だらけの古代日本の歴史の手がかりが消え去ったのだ。
邪馬台国がどこにあったとか、日本の空白の4世紀のこととか、きっと書いてあっただろうに勿体ないよね。
ここから得られる教訓について、僕はこう思うのです。
どんな些細なことでもメモして残しておかないといけない、捨ててはいけない。燃やすなんてもっての外ってね。
まぁ、僕もちゃんとメモを残さない人間だから、現在進行形で困っている最中なんだけど。
探し物について、はっきりと覚えていない。
手がかりは大切な宝物を桜の木の下に埋めた記憶だけ。
その桜は、国の中でそこそこ有名だった。悪い意味で。
呪われた桜とか噂れていた気がする。呪われた樹の下には、誰も近づかないだろうと考えて宝を埋めたのだ。
誰にも見つからないことを願って。
永い年月が経ってしまったが、大切な宝物を取り戻すため、僕は桜の木の下で穴を掘っていた。
「あのぉ、つかぬことを伺いますが、貴方はそこで何をしているのでしょうか?」
そんなある日、恐る恐ると言った様子の彼女に声をかけられた。
見目麗しい少女が警戒した表情で僕を見ていた。
僕は警戒を解くように爽やかに笑って答えた。
「穴を掘っているんだよ」
少女が「うわぁ、変人さんだ。だけど、何だか私と近しいものを感じる」と呟くのが聞こえたけど、気にしない。変人なのは自覚しているから。
「どうして穴を掘っているんですか?」
「宝物を探しているんだ。どこかに埋めたはずなんだけど、どこに埋めたのか分からなくなってしまってね」
僕の返答を聞き、少女は納得したようだ。
「なるほど。よくある話ですね。安心しました。てっきり、死体でも埋めているのかと思いました」
「桜の木の下には、死体が埋まっているのは本の中だけだよ」
「フラグですか?」
「違うよ。それより、君はここで何をしているの?」
「運命の人を待っているんです」
「運命の人?」
「はい。実を言うと私は世間で言うところの『前世持ち』です。前世の私には愛する人がいましたが、結ばれることなく死に別れました。死ぬ間際、私と恋人は約束しました。生まれ変わったら、この桜の木の下で再開しようと」
20年前、『前世持ち』という概念が生まれた。これは前世の記憶を持つ人々を指した言葉で、30人に1人は『前世持ち』の認定を政府から受けていた。
「生まれ変わって以来、ずっとここに来ては運命の人を待ち続けているんです」
少女が立板に水を流すように語るのを見て、恋は盲目と言う言葉が浮かんだ。
『運命の人』とやらが、都合良く彼女と同じ時代に転生し、おまけにそいつも『前世持ち』の可能性は限り無くゼロに近い。
しかし、少女は運命の人が現れるとことを疑っていないようだ。きっと現実を直視できないのだろう。可哀想に。でも、ここで少女に客観的な視点を持つように諭しても無駄だろう。ここは暖かく見守るのが正解だ。
「健気だね。運命の人と会えることを願っているよ。頑張って」
「ありがとうございます。ところで、私は貴方に近しいものを感じるのですが、貴方も前世持ちですか?」
「そうだよ。ちなみに宝物は、遠い前世で、僕が埋めたんだ」
「前世の貴方がこの桜の下に埋めたのですか?」
「それは分からない。どこの桜の下に埋めたのかなんて覚えて無いよ」
「それでは、どうやって探すのでしょうか?」
「手当たり次第、怪しげな桜の木の下を掘るしか無いね」
僕が拳を握り締め決意を表明した。
一瞬、少女はドン引きしたような顔をし、それは直ぐに憐れみへと変化した。
「努力家ですね。貴方の宝物が見つかることを願っています。頑張ってくださいまし」
「ありがとう」
聞き覚えのあるやり取りをした後、少女は去って行った。
気を取り直して穴掘りを続けたが、結局、探し物は見つからなかった。
次の日は、平日だった。
本当は一刻も早く穴掘りをしたかったが、出席日数がこのままでは足りなくなると担任に脅されていたこともあり、学校に行くことにした。
学校での僕は正直、浮いていた。
前世での知識と経験を引き継いでいたため、僕は生まれた瞬間から国立の大学に合格できるくらいの学力はあったと思う。更に、前世のアドバンテージがあるからと言って怠けることなく、ずっと努力し続けてきた。
勉強はもちろん、体力作りも欠かさない。幼い頃から毎日、走り込んだ。それから、柔道も習い、中学生では全国大会にも出場した。
地方の高校という小さな井戸の中でだが、そこそこの立ち位置をキープすることができていた。本当は高校生活を無双したかったけど、上には上がいるんだよねぇ。
『実力はあるのに、控えめなキャラクター』を僕は演じていた。
何故、そんなキャラクターを演じるのか?
個人的にそれが一番カッコ良いと思うからです。
いつも一歩引いたところに立ち、誰とも群れず。しかし、いざと言う時に活躍する『僕』を演じていたところ、思いもかけない人物に声をかけられた。
「穴掘りの変人さんは、同じ高校の先輩だったんですね。何と言いますか、世間は狭いものですね」
昨日出会った『前世持ち』の少女だ。
彼女は早乙女一華と名乗り、僕より一つ下の高校一年生だと教えてくれた。
「先輩って有名人みたいですね」
「まぁね」
どうやら一つ下の学年にも僕の実力が知れ渡っているらしい。困るなぁ⭐︎
「勉強も運動もできて、ルックスも良いのに何するか分からない変人だって」
一華から僕の評価を聞いて、首を傾げた。
僕が思い描いている『僕』のブランディングとかなり異なる。良くない方向で。
「まぁ、先輩は『前世持ち』ですから、奇行に走ってしまうのは仕方ありません」
「奇行なんかして無いよ」
「そう言うことにして置いてあげます。それよりも私の相談を聞いてくれませんか?」
一華が切り出した。
「色々考えたのです。このまま私は運命の人を待ち続けるのが正解なのか。JKという貴重な時間を前世の約束何かのために無駄に消費して良いのか。というか、いい加減待つことに疲れました。もう、先輩が私の運命の人で良いじゃないですか。先輩は『前世持ち』で、顔も私の好みです。先輩、私の運命の人になってくれませんか?」
「意味分かんない」
「分からなくないですよ。私と付き合ってくださいって言ってるんです。どうです? 美少女の私と付き合えて嬉しいですよね? 私の美少女力は学園の四天王に匹敵するくらいの実力は持っていますから」
「何だよ。美少女力って。あと、四天王なんて厨二設定はこの学園には無い」
「ボッチの先輩が知らないだけで、この学園には四天王が君臨していますよ。私も近々、四天王に戦いを挑みその座を手に入れようと思っています」
「勝手に四天王になってくれよ。僕を巻き込まないでほしいなぁ。僕は、目立ちたくないんだ」
「全く、強情ですね。でしたら、こうしましょう。先輩が私と付き合ってくださったのなら、先輩の穴掘りを手伝ってあげても良いですよ?」
一華の提案を聞き、悪くないかもと思ってしまった。一人で穴を掘り宝を探すことに限界を感じていた。
渋々であるが僕は彼女の提案を承諾し、一華との交際が始まった。
学校の昼休みに、二人で会って昼食を食べた。放課後は二人で待ち合わせて一緒に帰った。休日には二人で穴掘りに出かけた。
そこに、カップル特有の甘い雰囲気は無かった。
基本的に、一華が一方的に喋り、僕は適当に返事をするだけ。
「先輩の『前世持ち』としてのランクを教えてくださいな」
「Fだよ」
「Fって最低ランクじゃないですか。先輩って雑魚なんですねー。クスクス」
「君の『前世持ち』のランクは?」
「私は、政府に『前世持ち』であることを告げていないから、認定試験も受けていません。モグリの『前世持ち』なんです。でも、きっと先輩よりは上ですよ」
正直、イラつくことの方が多かった。
『前世持ち』は前世で成した功績と、前世の記憶をどれだけ有しているかどうかでランク付けされる。最低ランクがFで、最高ランクはSSSとなっている。
前世の僕は、普通に生きて、普通に死んだ一般人だった。前世の記憶もあやふやだ。Fランク認定で文句は無い。ランクが高いからと言って、得があるわけでも無い。むしろ、前世が有名人であれば政府に強制的に身柄を保護されるケースもある。一華のように自分が『前世持ち』であることを隠し通す者も少なくないだろう。
「私は転生一回目ですから、下手に自分の前世のことを公表することが怖いんですよね。先輩は何回目ですか?」
僕は答えなかった。
とある休日、一華と僕は日課となった穴掘りに来ていた。
「そう言えば、先輩は何を埋めたんですか?」
「宝さ。それを手に入れることができたらきっと一生遊んで暮らせるくらい凄い宝さ」
「その宝は金銀財宝ですか?」
「金銀財宝は、無かったかな。あまり覚えてないけど」
「あまり覚えて無いのですか」
ため息混じりに少女が言う。
呆れられたような態度に傷ついた僕は、必死になって思い出そうとし、かつて自分が埋めた時の光景を脳裏に思い浮かべた。
「本をたくさん埋めた気がする」
「本? 何の本ですか?」
「うーん。確か、邪馬台国について書いてあった気がする」
一華は穴を掘る手を止めた。
彼女は目を見開きながら、僕を見つめ「なるほど。そういうことでしたか」と何かを納得したかのように頷いた。
どうしたのか?と僕が訊ねようとする前に、一華が質問をした。
「先輩は、宝物を何のために探しているんですか? 宝物をお金に換えて、一攫千金を狙っているのですか? それとも」
「『我らの本当の歴史を取り戻すためだ』」
自然と僕の口から言葉が漏れ出た。それは、前の人生で僕が何度も何度も何度も何度も何度も呟いていた言葉。今も昔も生まれ変わっても変わらない僕の生き方を体現した言葉でもあった。
「その目的は前世から引き継いでるようですね。私も他人のことは言えませんが、それはもはや呪いのようですね」
ため息混じりに一華が感想を述べた。それを僕は否定できない。
「ねぇ、先輩。邪馬台国はあったと思いますか?」
唐突に一華が訊ねてきた。
「あったんじゃないかな」
「ええ、正解です。邪馬台国は、『私』の国は本当にありました。転生してびっくりしたのは、私の国が日本の歴史書に書かれていなかったこと。悲しかったなぁ」
邪馬台国は中国の歴史書には登場するが、日本の歴史書では語られることが無いらしい。故に、邪馬台国は近畿にあったとか、九州にあったとか、いやいや東北にあったなどと侃侃諤諤の議論をしていた。
「悲しかったけど、仕方ないし、今更私が何かを主張しても何も変わらないから、本当のことは黙っていようと思っていました。過去の面倒ごとは忘れて今を楽しく生きて、今の世界で例え私が女王になれなくても、女王に近い立ち位置を目指して生きようと。でもまぁ、私が主張することできっと救われる人もいるのかもしれないと今、思ったのです。本当の歴史を取り戻したい人がいるようですからね」
「?」
「ねぇ、先輩。もう、穴を掘る必要は無いですよ」
次の日、邪馬台国の女王卑弥呼の『前世持ち』が現れたと言うビッグニュースが日本を席巻した。
SSSクラスの『前世持ち』認定を受けた少女の名は公表されなかったけど、僕には少女の本名は容易に想像がついた。
それ以降、僕は一華に会っていない。
これが、Fランクの『前世持ち』であった僕と、SSSランク卑弥呼の『前世持ち』一華と出会った、前世の記憶だ。
桜の木の下で、今世の僕は卑弥呼とのエピソードを目の前の男に語っていた。
僕の話を聞き、男は黙っての桜の木を見つめていた。
しばしの沈黙の後、男が口を開いた。
「前世の私には恋人がいたんだ。恋人も私を愛してくていたが、前世では結ばれること無く死に別れた。死の間際、再び桜の木の下で再開しようと約束し、桜の木の下で自害したんだ。まぁ、その桜の木がどこか覚えていないけど。後世で、あの桜が呪われた桜だとか噂されていなければ良いんだけど」
「『女王』との再開は難しいと思いますよ。『女王』卑弥呼の『前世持ち』は昨日死んだらしいですから。いつ転生するかについては、法則性は無いようですが、昨日の今日で転生するとは思えません」
ニュースで卑弥呼が死んだという報道が流れた。その年齢は200歳。世界の長寿記録を更新した。卑弥呼が記録を伸ばしている間に、僕は一度死に、10年前に転生した。
花咲研二、10歳、小学4年生。それが今の僕だ。
まだまだ子供であるが、前世の日課を引き継ぎ、穴掘りをしていたところ、卑弥呼の運命の人と名乗る男に出会ってしまったのだ。男は『私は運命の人を探している』とかつての一華と同じ言葉を吐いたのでピンと来て、僕は勝手に語り出したという訳だ。
「花咲君は何人分の前世を持っているんだ?」
何回、転生したかは覚えていない。
数えられないほど、転生を繰り返し、その度、僕は大切な何かを探している。
「あまり、覚えていません」
「そうか。それはすまない。私はまだ一回目なんで、参考に訊きたいと思っただけなんだ。ところで、私は貴方に近しいものを感じるのだが、君の前世の中に、邪馬台国の人間はいるのかい?」
男の質問に僕は誇らしげに胸を張る。
「ええ、最初の『僕』が邪馬台国の子孫でした。前、前、前、前世くらいかな? その時の僕の名前は蘇我蝦夷として教科書にも載っています」
「大化の改新の中で、屋敷に火を放ち、『天皇記』と共に焼身自殺した方ですね。あぁ、なるほど、彼は邪馬台国に連なる方でしたか。道理で」
「ええ、そうです。どうやら中臣鎌足の子孫である藤原氏にその事実は無かったことにされて、僕の名前も蝦夷という名に、勝手に変えられて後世に伝えられたのが遺憾ではありますが」
一華が邪馬台国は実在したことを受け、邪馬台国の研究は急速に進んだ。その中で、大化の改新の中で滅ぼされた蘇我氏は邪馬台国に連なる者達であり、その事実を藤原氏が意図的に隠したと言うのが通説となった。
「そんな君が、何故穴掘りをするんだい?」
「焼身自殺したと言うのは嘘です。蘇我蝦夷は死んだと見せかけて、宝と歴史書を携えて逃げました。歴史書には、邪馬台国について書かれていました。その歴史書を桜の木の下に埋めたんです。僕はずっとそれを探している」
「努力家だね。君が宝物を見つけられるよう応援しているよ。頑張ってくれ」
男の顔には、1500年前の本が見つかる訳ないだろと書いてあるが、気にしない。
男と別れた後も、僕は穴を掘り続けた。
穴を掘る意味はもはや無いのだろう。蘇我蝦夷が伝えたかった歴史は、卑弥呼の『前世持ち』によって白日の下にさらされた。
けれども、これからも僕は穴を掘り続けるだろう。
大切な何かを見つけるために。
今も、前世も、来世でも、生まれ変わっても。
これはもはや呪いでは無く、僕にとって趣味のようなものだ。
趣味も高じれば、人に認められる特技として花開く。
前世の僕は、穴を掘っていたら思いがけず埋蔵金を掘り当て、穴掘り名人として少しだけ有名となり、学園の四天王の一人にも選ばれた。四天王の中では、最弱だったけね。
そして今世、穴掘り名人の『前世持ち』である僕のランクはEランク。前世よりも一つランクアップしていた。
がつん。
シャベルが硬い何かにぶつかり、何かを掘り当てた音が聞こえた。
Eランクの『前世持ち』花咲研二は期待に胸を膨らませる。