8話「荒れ果てた庭」
私は、ジャネットに見つからないように外に出ました。
離宮の西側には庭と思わしき場所がありました。
そこは雑草が生い茂り荒れ果てていました。
「荒れ果てた雑草だらけの庭、素敵だわ!」
私は、思わず声に出してしまいました。
綺麗にお花が植えられた庭園だったら、花を切って畑にするのをためらうところでした。
ですが、ここまで荒れ果てているのなら遠慮なく畑にできます。
「あそこをじゃがいも畑にして、
あっちにりんごの木を植えて、
こっちにはみかんと桃の木を植えましょう!
それから……」
「楽しみなのだ!」
私はフェルと一緒にわくわくした気持ちで、畑の構想をしていました。
なので、背後から近づいてくる人の気配に気が付きませんでした。
「誰ですか? こんな夜中に庭園にいるのは?」
振り返ると、メイドが立っていました。
フェルを見られたかも?
と思って一瞬ビクッとしました。
フェルは他の人に見られないように姿を消していました。
私はホッと息をつきました。
私に声をかけてきたのは、私を離宮に案内してくれたメイドでした。
確か名前は……。
「クレアさん」
「王女様、こんな時間に何をしているのですか?」
クレアさんは訝しげな目でこちらを見てきました。
夜更けに、ゴテゴテしたドレスを着た女が庭に一人で立っているのです。
その姿を目撃した彼女はさぞかし驚いたでしょう。
「えっと……そう、食後の散歩です!」
私は適当な言い訳をしました。
「そうですか。
明日は結婚式なので早めに休んでくださいね」
クレアさんは、私の言い訳を信じてくれたようです。
「はい。そうします」
「では、わたしはこれで」
クレアさんが踵を返そうとしました。
「あの……!」
私はクレアさんを引き止めました。
「なんですか?」
彼女は足を止めました。
「この庭園のことなんですが……」
雑草を抜いて畑にしても良いか、許可を取らなくては。
いくら荒れ果てた庭でも、勝手に使うわけにはいきません。
「庭がどうかしましたか?
ノーブルグラント王国の庭園と違いますか?
荒れ果てているのが気になりますか?」
クレアさんは、冷たい目で私を見ました。
「いえ、そんなことは……」
そんなつもりではなかったのですが、彼女の機嫌を損ねてしまったようです。
「不作が続き、離宮の庭の管理まで手が回らないのです。
王太子殿下のご命令で、庭師も農業に携わっています」
彼女の瞳には悲しみとやるせなさが宿っていました。
「そうだったんですね」
それで、こんなにお庭が荒れていたのですね。
この国の人達が食料不足でそんなにも困窮しているなら、急いで畑を作らないといけませんね。
フェルの手にかかれば、あっという間に収穫できますから。
「クレアさん。
この庭園に種を蒔いてもいいですか?」
「王女様、わたしの話を聞いていましたか?」
クレアさんにジト目で睨まれました。
「今この国には、呑気にガーデニングをしている余裕はないのです。
花に肥料を与えるなら、畑の肥料にして、少しでも生産性を……。
こんなこと、王女様にお話しても仕方ありませんね」
クレアさんは肩をすくめ、大きく息を吐きました。
どうやら彼女に呆れられてしまったようです。
私は花の種を撒きたかったわけではないのですが……。
どうにか彼女の誤解を解かないと……。
「クレアさん、私が蒔きたいのは花の種では……」
しかし、私の言葉は途中で遮られてしまいました。
「それと、王女様が『こんな安物食べられない』と言って残されたお食事は、この国では贅沢なものなのですよ!」
「えっ?」
私はパン一個しか貰っていません。
また、ジャネットが何かしたのかしら?
「お食事を残されるだけなら構いませんが、メイドに食べ物を外に捨てさせるのは感心しません。すぐにやめて下さい!」
ジャネットったら、そんなことしていたのね。
「それは、うちのメイドが申し訳ありませんでした」
「アリーは謝ることないのだ!
全部意地悪メイドが勝手にやったことなのだ!」
私の横でフェルがぷりぷりと怒っています。
今、フェルは姿を消しているので、彼の声は私にしか聞こえません。
「今後は気をつけて下さい。
この国には、無駄にする食糧なんて麦一つないんですから」
クレアさんに睨まれてしまいました。
「はい、すみませんでした」
私はしおらしく謝罪をしました。
「それと、庭園の使用許可はわたしには出せません。
どうしてもというのなら、王太子殿下の許可を取ってください」
「王太子殿下の許可ですか……?」
「そうです」
王太子殿下に会える機会があるかしら?
彼は私を嫌っているようですが、結婚式、もしくは初夜には会えますよね?
そのときに聞いてみましょう。
「では、わたしはこれで下がります。
王女様も早くお休みください」
「はい」
クレアさんは踵を返し去っていきました。
「あのメイド、感じ悪いのだ!
アリーは食べ物を粗末にしたりしないのだ!
それにアリーは、庭園で花を育てるなんて一言も言っていないのだ!」
フェルが、クレアさんが去っていった方向にあっかんべーをしていました。
「フェル、仕方ないわ。
クレアさんは私がジャネットに命じて食事を捨てたと思い込んでいるんですもの。
それに、王女が庭でじゃがいもを育てたいなんて、普通の人なら考えもしないわ」
嫁入り道具は種芋と、りんごなどの種ですから。
「全部、ジャネットのせいなのだ!
あいつの鼻毛をボーボーにしてリボン結びしてやるのだ!
お嫁にいけなくなれば良いのだ!」
鼻毛をリボン結びにしたジャネットを想像して、ちょっとだけ笑ってしまいました。
「やめて、そんなことをしてはだめよ」
フェルなら本当にやりそうなので、止めることにしました。
「どうしてなのだ?
あんなやつを庇う必要はないのだ。
ジャネットは、ぼくにお仕置きされて当然なのだ。
アリーは優しすぎるのだ」
フェルは頬を膨らませて、プンプンと怒っています。
「フェルが怒るのはわかるわ。
でもね、ジャネットは結婚式が終われば国に帰るから、少しだけ我慢して」
「その前に、ジャネットにアリーの結婚式がめちゃくちゃにされてしまうのだ。
アリーの好感度が、ますます下がってしまうのだ」
ジャネットのことだから、今日私に施したようなけばけばしいメイクを明日も施すことでしょう。
ウェディングドレスも、センスの悪い派手な物を用意しているのでしょう。
「それでいいのよ。
ジャネットには、結婚式で私の好感度が下がったと思わせるの。
私がこの国の人たちに嫌われているとわかれば、ジャネットはきっと国に帰るはずよ」
おそらく彼女の目的は、ノーブルブラント王国の国民に、私を贅沢が好きなとんでもない女だと思わせることです。
「アリー、それはどういう意味なのだ?」
フェルは小首をかしげました。
「これは私の推測だけど、ジャネットは誰かの指示を受けて、私に嫌がらせしていると思うの」
おそらくジャネットの裏にいるのは、異母妹のシャルロットでしょう。
彼女は、平民の娘である私が第一王女である事に、とても腹を立てていましたから。
「ジャネットを操ってる黒幕に、私がヴォルフハート王国の人々に嫌われて、酷い目に遭ってると思わせたいの。
そうすればこれ以上、祖国から余計な妨害は入らないと思うから」
メイドを使ってそこまでするなんて、執念深いと言うか、暇というかやることが陰険だわ。
「アリーは頭が良いのだ!」
フェルはパッと顔を輝かせました。
「だけどやっぱりジャネットには腹が立っているのだ!
あいつが毎朝、果物の皮で滑って転ぶ呪いをかけてやりたいのだ!」
フェルのジャネットへの怒りは相当のようです。
フェルなら本当にやりそうで怖いわ。
私は、なんとかフェルを宥め離宮に戻りました。
◇◇◇◇◇
離宮に戻ると、ジャネットがお風呂の用意をしていました。
彼女にしては気が利くわ……と思ったのはつかの間。
お風呂に入ったら、体を強く擦られ、髪を酷く引っ張られました。
やはりジャネットは、一筋縄ではいかないようです。
フェルに頼んで、彼女の鼻毛を蝶結びにしてやりたくなりました。
いけませんね、このような考えに囚われてはいけません。
明日の結婚式が終われば、ジャネットは国に帰るはず。
それまでの辛抱です。
そして、結婚式当日を迎えました。