7話「離宮とふかふかのパン」
そのあと、ヴォルフハート王国の馬車は王都を目指して走り出しました。
ジャネットの体はまだカタカタと震えています。
馬車は何事もなく進み、数時間後には無事に王都に着きました。
馬車を降りるとき、誰もエスコートしてくれないので転びそうになりました。
今度はフェルが助けてくれました。
王太子殿下は「明日は式だ、今日は休め」そう言って、去って行きました。
一度も目を合わせることもなく、声もとても冷たかったです。
兵士たちの態度もよそよそしい……というより、敵意に満ちています。
それはそうですよね。
命がけでモンスターを倒したのに、「化け物」と呼ばれたら、誰だって気分が悪くなりますよね。
「化け物」と叫んだジャネットは、ヴォルフハートの王宮を見て、「ノーブルグラント王国とは比べ物にならないくらい、狭くて汚い王宮ですね」と言っています。
お願いだからこれ以上、好感度を下げるようなことはしないでほしいです。
「あの意地悪メイドに喋れなくなる魔法をかけてやりたいのだ」
フェルにそう言われたとき、ちょっとだけお願いしたくなりました。
「ノーブルグラント王国の王女様ですね。
お部屋までご案内いたします」
ヴォルフハート王国のメイドさんが話しかけてきました。
茶色い髪を後ろで綺麗に束ねた、若くして、仕事のできそうなメイドさんでした。
「アリアベルタ・ノーブルグラントです。本日より、こちらでお世話になります」
私の名前を聞いて、メイドさんの眉がピクリと動いたのを私は見逃しませんでした。
やはり皆、異母妹のシャルロットが嫁いで来ると思っていたみたいですね。
「クレアと申します。
今日付けでアリアベルタ王女様付きの使用人になりました。
何かありましたら、なんなりと御用をお申し付けください」
クレアさんも私に仕えることになって不服だと思います。
しかしそれを顔に出さずにいます。
彼女はプロ意識の高い使用人のようです。
「なら、早速だけど荷物を部屋まで運んでくれない?
それから喉が渇いたから部屋に行ったら冷たいジュースを出して!」
ジャネットが偉そうに指図しています。
ジャネットはどの立場から物を言っているのでしょうか?
「あいつの口を糸で縫い付けたいのだ」
思わず、フェルの意見に同意してしまいそうになりました。
ジャネットには、結婚式の衣装の着付けをしてもらわなくてはいけません。
「ジャネットは明日か明後日には国に帰るから、我慢して」
私は、フェルにだけ聞こえるように囁きました。
◇◇◇◇◇
クレアさんに通されたのは、宮殿の外れに建つ二階建てのレンガ作りの建物でした。
まだ正式に王太子妃になっていないから、結婚前は離宮に住めということでしょうか?
私としてはそれでも別に構いません。
あとで、離宮の庭がどんなふうになっているか見に行きましょう。
畑を作れるほど広いお庭だと理想的だわ。
ヴォルフハート王国の離宮は、ノーブルグラント王国の離宮よりも、広くて片付いていました。
ノーブルグラント王国の離宮は、外は石造りで、床はなく土間づくりの粗末な建物でした。
キッチン、ダイニング、リビング、寝室が区切りなく一つの部屋に集まっていました。
ヴォルフハート王国の離宮は、レンガ作りの上に、二階建てです。
小さいですが玄関ホールが有り、玄関の左手にキッチンとダイニングが、
右手にリビングがあります。
二階は寝室になっているようです。
それに綺麗に片付けられています。
こんな所に住めるなんて、お姫様になった気分です。
そういえば私、一応はノーブルグラント王国のお姫様でした。
◇◇◇◇◇
クレアさんはリビングに私たちを通すと、飲み物を出してくれました。
「わたしはこれで失礼します。
アリアベルタ王女様のお部屋は二階です。
お付きの方の部屋はそのお隣です。
兵士や御者の方は男性ですので、別邸にお泊まりいただいています。
説明は以上です。
夕飯時にまたお伺いします」
クレアさんはそう言うと、部屋を出ていきました。
ジャネットは、クレアさんの用意してくれたジュースを飲みながらソファーで寛いでいます。
これではどちらが主で、どちらが使用人かわかりません。
「離宮に住まわせられるなんて、アリアベルタ王女はこの国に歓迎されていないようですね」
ジャネットが私の顔を見てにやりと笑いました。
「それにしても狭くて古くて汚い建物ですね。
お城の中にこんな汚い建物があるなんて思いませんでした」
ジャネットがぶつぶつと文句を言っています。
そうでしょうか?
私はノーブルグラント王国の離宮より、ずっと広くて新しくて綺麗だと思います。
もっとも、今まで宮殿付きのメイドをしていたジャネットには物足りなく感じるのかもしれません。
「意地悪メイドなんか嫌いなのだ」
フェルは歯をむき出しにして、ジャネットに「いー」と言っていました。
「相手にするだけ疲れるわ」
私はフェルを制して、リビングを後にしました。
トランクを持って二階に移動しました。
一番大きな扉の前に「王太子妃の部屋」と立て札がついていました。
扉を開けると、天蓋付きのベッドと、落ち着きのある家具が備え付けられていました。
窓には新品のカーテンが取り付けられ、床には絨毯が敷いてあります。
この部屋を、私が使っていいのでしょうか?
トランクを床に置き、ベッドに腰を下ろしました。
ベッドはふかふかで、キシキシと音を立てることもありませんでした。
「フェルはふわふわのベッドなのだ〜〜!」と言ってはしゃいでいます。
今日は色々ありました。
結婚相手に会ったり、モンスターの襲撃に遭ったり、メイドの失言にハラハラしたり……。
ベッドに横になると睡魔に襲われました。
うとうとしていると、ジャネットがやって来ました。
彼女は扉をノックもせずに開け、「夕食です!」と言ってパンを一つ投げつけました。
「文句ならこの国のメイドに言ってくださいね!
わたしだってパン一つで我慢してるんですから!
食事のあとは入浴です!
結婚式に備えて準備してください!」
それだけ言って、ジャネットは部屋を出ていきました。
夕食はパン一つだけ……?
なんてことなの……!?
こんなの、こんなの……!
嬉し過ぎます……!!
「見て!
フェル!
白くてふわふわのパンよ!
白パンを食べるなんて、何年ぶりかしら?」
「今日は、ごちそうなのだ!」
カチカチのパンや、カビの生えたパン以外のパンが食べられるなんて、夢のようです……!
私は、フェルと半分こしてパンを食べました。
甘くて、柔らかくて、とっても美味しいパンでした。
美味しいパンが出るのなら、この国での暮らしも悪くないかもしれません。
あとは庭の使用許可をもらい、畑を作り、じゃがいもや果物を育てるだけね!
じゃがいものサラダをパンに挟んで食べたら、美味しいでしょうね。
想像しただけでよだれが……。
ちょっとだけ、この国での暮らしが楽しみになってきました。
「フェル、今から庭を見に行きましょう」
「うん、このお城の庭がどんななのか楽しみなのだ」
ご飯を食べて機嫌が良くなったのか、フェルはニコッと笑いました。
私にはフェルがいてくれます。
彼と一緒なら、どこでだってやっていけます。
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