6話「兵士の動揺とモンスターの襲来」
周囲のヴォルフハート王国の兵士が、ひそひそと話している声が聞こえてきました。
「なぜ、第一王女なんだ……?」
「第二王女が輿入れするはずでは?」
「第一王女ってあれだろ? 金遣いが荒くて、暴力的って噂の……」
「はぁ〜〜、美少女と名高い第二王女ではなく、悪名高い第一王女が輿入れしてくるとはな……がっかりだ」
「詐欺じゃないか……?」
どうやら私は招かれざる客だったようです。
彼らがざわついていたのは、私の挨拶の仕方が変だったからではなく、妹の代わりに私が嫁いで来たからのようです。
彼らが動揺するのもわかります。
国王や国民に愛されている評判の良い妹ではなく、悪評高い私が嫁いで来たのですから。
それにしても……私の悪い噂って隣国にまで届いていたのですね。
これから長い期間、この国で暮らすことになるのに、先行きが思いやられます。
「静まれ!」
王太子が一喝すると、しんと静まり返りました。
凄いです。
一声で彼らを黙らせるなんて。
この軍はとても統率が取れているみたいです。
きっと殿下は兵士に尊敬され、信頼されているのですね。
「ノーブルグラント国王は『王女を嫁がせる』と言った。
第一王女も国王の娘。
彼らは決して嘘はついていない。
こちら側が第二王女が嫁いでくると、勝手に誤解していただけだ」
王太子殿下は、話が分かる人のようです。
彼となら上手くやっていけるかもしれません。
「部下が失礼した。
俺の名前はレオニス・ヴォルフハート、この国の王太子だ。
こちらこそ、末永くよろしく頼む」
王太子が私に右手を差し出しました。
「はい、殿下」
私は彼から差し出された手を握り、握手を交わしました。
そのとき、森の方から轟音が聞こえ、鳥が一斉に飛び立ちました。
そして「モンスターだ!!」という兵士の叫びが響き渡りました。
モンスター……?!
隣国にはモンスターが沢山出るとは聞いていましたが、隣国に来てすぐに遭遇するとは思ってもみませんでした!
「アリアベルタ王女は馬車に入れろ!
数名は馬車の警護に当たれ!
モンスターを馬車に近づけるな!
それ以外は持ち場に付け!!
モンスターを迎え撃つ!!」
王太子は近くにいた兵士に私を託し、森に向かって駆け出して行きました。
「王女殿下、馬車の中にお入りください!」
私を託された兵士が、私を馬車へと誘導しました。
「フェル……!」
私は小声で彼の名を呼び、彼の姿を探しました。
今フェルは姿を消しています。ですが普通の人間には見えなくても、モンスターにはフェルが認識できるかもしれません。
外にいたら危険です!
「アリー、僕はここなのだ。
僕はいつでもアリーの近くにいるのだ。
だから心配しなくても大丈夫なのだ!」
彼は私の元へ飛んで来ました。
フェルの声を聞いて、私はホっと息をつきました。
私はフェルを先に馬車に乗せ、彼の後に馬車に乗りました。
みんなにはフェルの姿が見えていないので、私が先に馬車に乗ったら、フェルが締め出されてしまうかもしれないからです。
私が馬車の中に戻ると、馬車の扉が外から閉められました。
窓から外の様子を見たかったのですが、
「やめてください! モンスターと目が合って襲ってきたらどうするのですか!?」
ジャネットがカーテンを閉めてしまいました。
「嫌だわ!
こんな野蛮な国!
早く帰りたい!
なぜ私がこんな国に来なければいけないの?!」
ジャネットは震えている自分の体を押さえながら、ブツブツと呟いていました。
外からは剣とモンスターの爪がぶつかったと思われる音や、兵士の怒号が聞こえて来ます。
兵を指揮する王太子の声も混じっていました。
彼の声は凛としていて、馬車の中までよく響いてきました。
私はフェルを膝の上に乗せ、彼をぎゅっと抱きしめた。
フェルを抱っこしていると不思議に落ち着きました。
他の人が私を見たら、何もない空間を抱きしめているように見えたでしょう。
ですがカーテンは閉まっていますし、同乗しているジャネットは目を瞑ったままブツブツと何か言っています。
私がフェルを抱きしめていることは、誰にも気づかれることはないでしょう。
どうか王太子殿下と兵士たちが無事でありますように。
私は彼らの無事を祈りました。
やがて「ぐわぁぁぁぁあ!」という、モンスターの断末魔が聞こえ、外が静かになりました。
そして兵士たちが勝どきを上げたのが聞こえてきました。
彼らがモンスターに勝利したことがわかり、私は安堵の息をつきました。
私はそっとカーテンを開けて、外の様子を窺いました。
こちらに近づいてくる王太子殿下の姿が見えました。
モンスターの返り血なのか、彼の血なのかわかりませんが、彼は全身血まみれでした。
もしあれがモンスターの返り血でないのなら、殿下は大怪我をしています!
早く治療しなくては……!
私が馬車の扉に手をかけた時、背後から「きゃあっ!」と言うジャネットの悲鳴が聞こえました。
彼女は続けて「血まみれの化け物!!」と叫びカーテンを閉めてしまいました。
王太子の位置からは、ジャネットの姿は見えなかったと思います。
だとしたら彼は、悲鳴を上げたのも「血まみれの化け物!!」と叫んだのも私だと思ったことでしょう。
カーテンが閉まる直前に王太子と視線が合いました。
守った相手に「化け物」と言われた彼は、寂しそうな目をしていました。
私は自分が酷いことを言ったと思われるより、彼を傷つけてしまったことが、とても悲しかったです。