49話「シャルロット劇場」
「ですが本日ようやく、妖精が私の元に帰って来ました。
なので、わたくしはお姉様の罪を許そうと思います」
妹は天使のように愛らしい笑顔でそう言いました。
「ただ、盗人にすぎないお姉様と結婚したレオニス殿下がお気の毒で……。
嘘つきで泥棒なお姉様が王太子妃であるメリットは、この国にはないはず」
妹はそこで一度言葉を区切りました。
「ですが、ご安心ください。
妖精の愛し子である私が、お姉様の代わりにこの国に嫁ぎます。
元々はわたくしとレオニス殿下が結婚する予定でした。
王太子妃が姉からわたくしに代わっても問題ありませんよね?
私が王太子妃となった暁には、この国には今まで通り妖精の加護を与えますわ」
妹が瞳をキラキラと輝かせ、レオニス様を見つめました。
この場にいるのが辛いです。
レオニス様が妹に愛を囁くところなど見たくありません。
「シャルロット王女、一つ質問してもいいかな?」
レオニス様は穏やかな笑みをたたえ、妹に問いかけました。
「何でしょうか?
レオニス殿下の質問なら何でもお答えしますわ」
妹がにこやかに返答しました。
「妖精殿の好きな食べ物は何だ?」
「簡単なことですわ。
アップルパイと、桃のタルトと、みかんのケーキと、梨のパウンドケーキですわ」
フェルの好物は、私が彼女に教えました。
なので、そのような質問には簡単に答えられます。
「そうか、では妖精殿がじゃがいもに付けている調味料は?」
「塩とバターですわ」
「妖精殿の髪と瞳の色は?」
「若葉のような鮮やかな緑色ですわ」
妹は自信満々に答えました。
「妖精のことなら何でも知っています!
いくらでも質問してください」
妹にフェルのことをあれこれと教える必要はありませんでした。
「それでは最後にもう一つ。
アリアベルタは彼の妖精のことを『フェル』と愛称で呼んでいるのに、君はなぜ『妖精』と種族名で呼んでいるんだ?」
レオニス様は鋭い目つきで妹を見据えました。
それは戦場で魔物を睨みつける時のような、冷酷で厳しい視線でした。
「えっ?」
レオニス様の急変に、妹は動揺していました。
「妖精殿はアリアベルタのことを『アリー』と呼んで、母親か姉のように慕っている。
夫である俺が入る隙がないほど、二人は仲が良い。
アリアベルタと妖精殿が仲睦まじくしている姿に、俺はいつも嫉妬している。
もし本当に、アリアベルタが君から妖精を盗んだのなら、妖精殿がアリアベルタにあれほどなつくはずがない!!」
レオニス様は眉間に皺寄せ、鋭い視線で射抜くように妹を見据えました。
レオニス様が放たれた覇気は、森で魔物と対峙した時のように研ぎすまれ、凍てつくほどに冷たいものでした。
妹はレオニス様を、温和な王太子と思っていたのでしょう。
彼の戦場での顔を垣間見た妹の表情から、笑顔が消えていました。
「それはその……、妖精は……誰にでもなつくのです。
……それでお姉様にも……懐いて……」
妹が囁くような声で弁明しました。
「そうかな?
俺はノーブルグラント王国が流したアリアベルタの悪い噂を信じて、彼女に酷い態度を取ってしまった。
そのせいで、初めは妖精殿に酷く警戒されていた」
そういえばフェルは、最初の頃、レオニス様に良い感情を抱いていませんでした。
「妖精殿は無邪気で天真爛漫で誰にでもなつくように見える。
しかし、その実とても好き嫌いが激しくイタズラ好きな性格だ。
彼は、アリアベルタに危害を加えようとするものには容赦をしない。
シャルロット王女、もし君が本当に妖精の愛し子なら、妖精殿は自分を愛するものから引き離したアリアベルタに、酷く腹を立てとんでもないイタズラを仕掛けただろう」
レオニス様はフェルの性格をよくご存知でした。
「妖精殿がアリアベルタに懐いているのが、彼女が嘘つきでも泥棒でもない何よりの証拠だ!」
レオニス様は険しい表情で妹を見据えました。
「それは……妖精は男性が苦手なので……。
ですが、女性にはよく懐くのですよ……」
妹の顔から血の気が引き、酷く動揺していました。
「俺は、妖精殿からアリアベルタと仲睦まじく過ごしたエピソードを山程聞かされている。
そのたびに嫉妬で胸が焦げそうになっている。
不意に訪れたそなたが『実は妖精はわたくしのものでした』と言われて、『はいそうですか』と納得できる訳がないだろう!」
レオニス様に絶対零度の視線で睨まれ、妹の顔色は青を通り越して白くなっていました。
「アリアベルタ、君が先ほど話したことが本心だとは思えない。
どうか俺に本当の事を教えてくれないか?」
レオニス様が優しい表情で私に尋ねてきました。
彼に本当のことを伝えられたら楽になれるのに……。
「レオニス様……私は……」
レオニス様は私が偽りの証言をしても、妹が嘘をついても、それに惑わされず真実に辿り着きました。
そのことがとても嬉しい。
胸の中に暖かい気持ちが広がりました。
「お姉様、妖精の命はわたくしが握っていることを忘れないで!
なんとかうまくこの場を取り繕いなさい!
わたくしを助けなさい!」
妹が私の耳元で囁き、背中をつねりました。
胸の中に広がりつつあって暖かな気持ちは、すぐに冷たい気持ちに覆われてしまいました。
フェルが人質に取られている以上、私には何もできません。
「レオニス様……妹の申したことは真実……」
私の妹が庇おうとしたその時でした……。
「アリーー!!」
扉が勢いよく開いて、緑色の髪の少年が会議室に飛び込んできました。
「フェル!!」
彼の姿を見た瞬間、私の心は安堵に包まれました。
よかった! 妹の客室から逃げられたのね!
「会いたかったのだっっ!!
アリーー!!」
フェルが私の胸に飛び込んできました!
私はフェルのことをしっかりと抱きしめました。
彼の心臓がトクトクと振動しているのが伝わってきます。
良かった!
フェルが生きてる……!
「フェル、どこも怪我をしていない?」
「無傷なのだ?
アリーこそ平気なのだ?
泣いてるのだ?」
フェルに指摘され、自分の頬に涙が伝っていることに気が付きました。
「フェルが無事だってわかって嬉しくて……!」
私はフェルを強く抱きしめました。
「近い、近い、近い……!
イチャイチャが過ぎる……!」
レオニス様の声が聞こえます。彼の声は少し苛ついているように聞こえました。
会議室に集まっていた重臣がざわめいています。
「あれが豊穣の妖精……?」
「宙に浮いていたな」
「噂には聞いていたが、間近で見るのは初めてだ」
「なんと愛らしく清らかな存在なのだ!」
フェルの存在をお披露目したのは、国王陛下の回復を民に報告したときのみです。
フェルは普段離宮の庭で過ごしています。
大臣の中には、フェルを実際に見たことがない方もいたのでしょう。
フェルは説教が好きそうなおじさんが苦手です。なので普段は会議室には近づきません。
「嘘っ……!
妖精がどうしてここに……!
檻に入れておいたはずなのに!
檻の扉は鍵がないと開かないのになんで……!?
それに睡眠薬で眠っていたはずでしょう……!?
……あっ!」
妹は自ら墓穴を掘っていました。
彼女は失言に気づき、自らの手で口を覆いましたが手遅れでした。
彼女の発言を、ここにいる全員が聞いていました。
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