48話「シャルロット、会議室に乗り込む」
ヴォルフハート王国、宮殿、会議室――
私は妹に命令されるまま、彼女と共に会議室の前まで来ました。
フェルは人質として取られ、妹の部屋にいます。
「王太子妃殿下、いかがされましたか?
王太子殿下に御用でしょうか?
ですが今は会議中です。
あなた様といえ、通すことはできません。
会議が終わるまで別室で待機願います」
会議室の入口に立つ兵士が私に気づき、そう言いました。
「お姉様、兵士に『国事に関する重要な話があるから、通しなさい』と命令するのよ。妖精がどうなってもいいの?」
妹が私の耳元で囁きました。
妹は兵士ににこやかな笑顔を見せていました。
その表情のまま、私の耳元でこのようなことを囁けるのです。
彼女は根っからの嘘つきのようです。
妹は重臣の集まってる場で、私に嘘の告白をさせたいようです。
「国事に関する重要なお話があり、レオニス様に至急報告しなくてはなりません。火急の要件です。速やかにそこを通しなさい」
私は毅然とした態度で兵士に命じました。
「承知いたしました。
ですが、会議室に入るには王太子殿下の許可が必要です。
確認して参りますので、しばらくお待ちください」
兵士はただ事ではないと察し、私達の入室の許可を取るために会議室に入っていきました。
レオニス様……私が部屋に入ることを許可しないでください。
私は心の中でそう願いました。
「王太子妃殿下、お待たせいたしました。
王太子殿下のお許しが下りました。
十分ほどお時間をくださるそうです」
戻ってきた兵士は爽やかに答えました。
私の願いは届かなかったようです。
「手筈通りにお願いね、お姉様」
妹がまた、私の耳元で囁きました。
心臓がドクドクと嫌な音を立てています。
今からこの中にいる人に嘘をつかなくてはいけません。
私の言葉に失望する方もいるでしょう。
気が重いですが、フェルを人質に取られている以上、逃げることはできません。
私は気持ちを落ち着かせ、会議室の扉を開けました。
◇◇◇◇◇
部屋の中には国王陛下と、王妃様と、レオニス様と、大臣が二十人ぐらいいました。
彼らは長いテーブルを挟んで座っていました。
上座には陛下が座り、その両隣には王妃様とレオニス様が座っていました。
大臣たちは会議の最中に割り込んできた私を、不審そうな目で見ています。
「国王陛下、王妃様、王太子殿下、並びに重臣の皆様。
会議の途中にお邪魔して申し訳ありません。
ですが妖精について皆様に聞いてもらいたいことがあったのです。
妹のシャルロットもこの件に深く関わっております。
故に妹の同席をお許しください」
「ノーブルグラント王国の第二王女、シャルロット・ノーブルグラントと申します。
以後、お見知りおきください」
妹はにこりと微笑み、優雅にカーテシーをしました。
愛らしい容姿の妹は、大臣達の視線を集めています。
「かまわない。
アリアベルタが言いたいことがあるなら聞こう。
会議室に来るくらいだから、緊急の要件なのだろう」
レオニス様は、突如訪れた私に嫌な顔をすることなくそうおっしゃいました。
彼の笑顔を見てると胸が痛みます。
彼を愛してると自覚したばかりなのに、彼に別れを伝えなくてはいけないのですから。
しかし、感傷に浸る時間はありませんでした。
「まずは、レオニス殿下の前に行きなさい」
妹に命じられるままに、私はレオニス様の前まで歩きました。
「アリアベルタ、君が会議中に訪ねて来たと聞いて驚いたよ。
いったいどんな重大な話があるんだい?」
彼は無作法に働いた私を咎めることなく、穏やかな表情でそうおっしゃいました。
……今から私は、この方を騙さなくてはいけないのです。
胸がズキズキと音を立てています。
「レオニス様、実は……」
ここでレオニス様に真実を伝え、助けを求めたら……。
「お姉様、わかっているとは思うけど余計なことは言わないでね。
わたくしの言う通りにしないと、妖精の命はないわよ」
私の心情を察したように、妹が耳元で囁きました。
背筋がゾクッとするのを感じました。
私には、彼女の言う通りにするという以外の選択肢はありません。
ごめんなさい、レオニス様。
今からあなたを騙します。
私のことを嫌っても、憎んでも構いません。
どうか後のことはよろしくお願いします。
私は国王陛下と王妃様、それから集まった重臣たちの顔を見回し言葉を発しました。
「皆様にお伝えしたい大切なことといいますのは、妖精のことです。
私はこの国の民に『妖精の愛し子』『加護姫』と呼ばれてきました。
ですが私は、そう呼ばれるのにふさわしい存在ではありません」
私はそこで一度言葉を区切りました。
大臣たちは私が何を話すのか、固唾を飲んで見守っています。
「妖精は……フェルは……私のものではありません。
フェルは、元々は妹のシャルロットについていました。
皆にちやほやされる妹が憎くて、妬ましくて……。
この国に嫁ぐ時に、妹から……フェルを奪ったのです。
本当の妖精の愛し子は妹のシャルロットです」
私がそう告げると、会議室からどよめきが起こりました。
大臣たちが顔を見合わせ、何かを話しています。
国王陛下と王妃様は互いに顔を見合わせていました。
レオニスのお顔は怖くて見れません。
「私のような心の醜い女は……王太子妃にふさわしくありません」
自分が発する声が震えているのがわかりました。
本当はこんなことを言いたくありません。
でも妹の言う通りにしなければ、フェルの命が……。
「私は意地悪で、嘘つきで、身勝手で、どうしようもない女です。
そんな女はレオニス様の妻としてふさわしくありません。
レオニス様、どうか醜い私と……り、離縁してください。
王太子妃には……妖精に愛されている妹こそふさわしいです……」
レオニス様のお顔を見ることができません。
彼は今どんな顔で私の話を聞いているのでしょうか。
レオニス様は今私に、失望、敵意、悪意、蔑み、憎悪……そのような感情を抱いているのでしょうか?
失意と憎しみの籠もった目で、レオニス様に見られる前に、ここから逃げ出してしまいたいです。
ですが、妹が私の腕をしっかりと掴んでいたので、それも叶いませんでした。
「シャルロット王女、今の話は本当なのか?」
レオニス様が妹に尋ねました。
「レオニス殿下、お姉様が説明した通りですわ。
わたくしが本当の妖精の愛し子です」
彼の問いに、妹はにっこりと笑って答えました。
「最近になって、お姉様に妖精を奪われたことに気づき、取り返しに来たのです。
ですがわたくしは、お姉様を責めるつもりはありません。
お姉様はきっと、わたくしだけがお父様やお兄様に愛されていることが、気に入らなかったのでしょう。
嫉妬や憎しみの気持ちから、妖精を盗んでしまったのでしょう。
お姉様はとても可哀想な人なのです」
妹は皆の前で物わかりの良い、優しい王女を演じています。
愛らしい容姿の妹がにっこりと微笑んでそのように話せば、「彼女の言葉こそ本当だ」と皆は思ってしまうでしょう。
地味な私の言葉など、信じてくれるはずがありません。




