44話「アリアベルタ、シャルロットに庭を案内する」
「レオニス殿下ともっとお話して、彼とお近づきになりたかったのに……!
お姉様ったら酷いわ……!
どうしてわたくしの邪魔をするの!?」
レオニス様が部屋を出て行ったあと、妹が小声で呟いていました。
「いけない。
今はそれより大事なことがあるのよ。
目的を達成するまでは、お姉様と仲良しの振りをしなくちゃ……!」
妹が俯いてボソボソと囁いていました。私にはよく聞こえませんでした。
妹が、すっと顔を上げにっこりと笑いました。
「お姉様、せっかくヴォルフハート王国まで来たのです。
お城の中を案内してくださいませんか?」
お城の案内には数時間はかかります。
今はお昼の少し前ですから、お城を案内している間に日が暮れてしまいます。
妹は、今日お城に泊まるつもりでしょうか?
王女ともなると警備のことも考えなくてはいけません。
隣国から訪ねてきた妹を、街の宿屋に泊まらせるわけには行きません。
今日はお城に泊まってもらって、明日の朝早く帰ってもらいましょう。
「クレアさん、妹の部屋の用意をお願いできますか?」
「王太子妃様、お任せください」
本当は直ぐに帰ってほしいのですが、そういうわけにはいきませんよね。
「良かったわ!
お城に泊まれるのね!
お姉様に追い出されるのではないかと、冷や冷やしていたのよ」
妹は胸に手を当て、安堵の息を吐きました。
本当は泊めたくありません。
妹がレオニス様に近づくともやもやするからです。
ですが妹は友好国の王女。
両国の関係上、一泊もさせず追い返すことはできません。
「お姉様は、この国で『妖精の愛し子』『加護姫』と呼ばれてちやほやされているんですってね?」
「どうしてそのことを知っているの?」
「嫌だわ。
お姉様ったら有名人なのよ。
ノーブルグラント王国にも、お姉様と妖精の噂は届いているのですよ」
妹は口に手を当ててフフッと上品に笑いました。
「その他にも色々と知っていますのよ。
お姉様が離宮で暮らしていること。
庭園を野菜畑に変えていること。
妖精の加護を受けているお陰で、お姉様が国民に愛されていること」
私が離宮で暮らしているのは、ジャネットから聞いたのでしょう。
他のことは噂で知ったのでしょう。
祖国にまで、フェルの噂が届いているとは思いませんでした。
「お姉様ご自慢の野菜畑を見たいわ!
それと妖精様も見たいわ!
いいでしょう、お姉様?
私に妖精様を紹介して!」
妹のプレッシャーは強いです。
「ヴォルフハート王国まで来たのに、お姉様ご自慢の野菜畑も、妖精様も見ないで帰ったら、祖国で馬鹿にされてしまうわ! お願いお姉様!」
妹は両手を胸の前で組み、瞳をうるうるさせました。
そうやってお願いすれば、お父様もお兄様も折れたのでしょうね。
妹にフェルを紹介するつもりはありません。
フェルはノーブルグラントの王族をよく思っていません。
特に、私に自分の罪をなすりつけたシャルロットのことを嫌っていました。
フェルを妹に合わせたら、妹の髪は一本残らずチリチリにされてしまいます。
彼は妹の鼻毛を伸ばし、蝶結びにするかもしれません。
妹をフェルに会わせないのは、妹のためです。
「案内するのは野菜畑だけよ」
私は渋々了承しました。
「ありがとう! お姉様!」
妹はにっこりと微笑み、私に腕を巻き付けてきました。
妹が庭を見て満足して帰ってくれるといいのですが……。
◇◇◇◇◇
妹を離宮の近くにある畑に連れていきました。
「ふーん。畑って葉っぱばっかりなのね」
妹の第一声はこれでした。彼女は何故畑を見たいなどと言ったのでしょうか?
植物に興味はなさそうに見えます。
「一面に植わっているのがじゃがいもよ。
その隣の畑に植えてあるのがトマトとナス。
あっちの畑では人参とピーマンを育てているわ。
向こうに見えるのが果樹園で、りんごやみかんや梨や杏を……」
「お野菜なんて、刻んで料理されてる物しか見たことないから、どれがどれだかわからないわ」
私の説明を、妹は退屈そうに聞いていました。
妹は生粋のお姫様。
畑の野菜など見たことがないのでしょう。
「畑って歩きにくいのね。
靴が泥だらけだわ。
ドレスにも土がついてしまうわ」
妹は自分の服の心配をしていました。
「あなたには離宮の庭は退屈みたいね。
宮殿に戻りましょう。
宮殿の庭園では花を育てているはずよ」
レオニス様が、花をプレゼントしてくれました。
彼は、食料の供給も整って来たので、花も育てることにしたと言っていました。
きっと、宮殿の庭園にはチューリップとマトリカリア以外の花も咲いているはずです。
「お花はノーブルグラント王国でも見られるからいいわ」
妹は花にも興味がないようです。
ではどこを案内すればいいでしょう?
宮殿の敷地内には人工池があったはずです。
そちらに連れていきましょう。
「それよりお姉様!
妖精様はどこにいるのですか?
畑に来れば妖精様に会えると思っていたのに、どこにもいないじゃありませんか!
どうして妖精様がいないのですか!?
意地悪しないで、妖精様に会わせてください!」
フェルは牛にお礼をすると言って、離宮を飛び出して行ったきりです。
彼が今どこにいるのか、私にもわかりません。
それに……。
「あなたはフェルに会わない方がいいと思うわ」
妹の髪の毛がチリチリになっても責任が取れません。
「『フェル』って、お姉様に加護を与えてる妖精様のお名前かしら?」
うっかりフェルの名前を出してしまいました。
「可愛い名前ね。
きっと妖精様は名前の通り、可愛らしい見た目をしているのでしょうね」
妹の言う通り、フェルはとても可愛らしい外見をしています。
でも彼は見た目が可愛らしいだけの妖精ではありません。
彼は大変なイタズラ好きなのです。
「お願いお姉様! 妖精様に会わせて〜〜!」
フェルは、好き嫌いがはっきりしています。
好きな人には優しい笑顔を見せますが、嫌いな人にはとんでもないイタズラを仕掛けます。
妹はフェルが嫌いなタイプの人間です。
妹をフェルに合わせたら……妹が酷い目に遭わされることは確定でしょう。
「あなたをフェルに会わせることはできないわ」
「どうして?
わたくしがこんなに頼んでいるのに、妖精様に会わせてくれないの!?
お姉様の意地悪!」
私は別に意地悪で言っているわけではありません。
「わかったわ! 祖国でわたくしがお姉様を助けられなかったことを、まだ根に持っているのですね?」
妹が瞳をうるうるさせながら見上げてきました。
あなたに泣かれると、私が虐めてるみたいに見えるのでやめてほしい。
「そういうわけではないのよ。
フェルはイタズラ好きだから……」
「ならせめて妖精様の特徴や、好きな食べ物を教えて下さい!」
妹はフェルに固執しているように見えました。
「シャルロットはどうしてそんなに、フェルのことを知りたいの?」
「それは……だって……。
妖精なんて絵本の中の存在だと思っていたから……。
実際に存在しているのがわかったら興味が湧きますわ……。
その妖精が姉の友人だとわかったら、
一度くらい会ってみたいと思うものではなくて?」
「そういうものなのかしら?」
幼い頃から、フェルがすぐ近くにいたので私にはよくわかりません。
「そういうものですわ!
祖国では妖精様の噂でもちきりでしてよ!
皆が妖精様に興味深々なのです!
ヴォルフハート王国まで来たのに、妖精様に会えないどころか、妖精様の情報を何一つ掴めないで帰ったら、祖国でバカにされてしまいますわ!」
ノーブルグラント王国の人達は、そんなにもフェルに熱中しているのですね。
「お姉様! わたくしを助けると思って、妖精様の事を教えて下さい!」
妹が私の手を握り、私を真っ直ぐに見つめました。
妹は情報通になりたいようです。
フェルに会わせるのはまずいですが、彼の特徴と、好きな食べ物を教えるくらいは構わないわよね?
「フェルの特徴と好きな食べ物を教えるから、それで我慢してね」
「ありがとう!
お姉様!
お姉様はやっぱり優しいわ!」
妹が瞳をきらきらさせて見上げてきました。
このとき、彼女の口の端が醜く歪んでいたのを、私は見逃していました。




