42話「アリアベルタと王太子、甘い雰囲気になる」
「僕、牛さん達にお礼を伝えに行って来るのだ〜〜!
りんごや桃の木が成長したら、牛さん達のバターを使って、アップルパイや桃のタルトを作ってもらうのだ〜〜!」
フェルはそう言って、部屋を飛び出していきました。
フェルったら落ち着きがないわね。
「あっ、思い出しました!
そういえばわたし、洗濯当番でした!
王太子殿下、王太子妃様、失礼いたします」
クレアさんは一礼すると、リビングから出ていきました。
困りました。
レオニス様と二人きりになってしまいました。
何を話せばいいでしょう?
沈黙は気まずいです。
今日のレオニス様は髪を整え、ジュストコールを纏い、服からは甘い香水の香りがして……このままパーティにでも参加できるような装いです。
うっかり見惚れてしまいました。
「父上と母上が、君にとても感謝していた」
沈黙を先に破ったのはレオニス様でした。
「私は何も、全てはフェルの力ですから」
私は首を横に振りました。
薬草を見つけたのも、解毒ポーションを作ったのも、疲労回復のハーブティーを作ったのもフェルです。
「確かに妖精殿の力は凄い。
それは認める。
妖精殿の信頼を得て、彼を説得し、動かしてくれたのは君だ」
レオニス様が私の手を取り、真っ直ぐに見つめました。
彼も、私がフェルのオマケだと言いたいのでしょうか?
「両親は君が離宮に住んでるのを知って、怒っている。
今朝も『いつまでアリアベルタを離宮に住まわせておくつもりだ!』と叱られてしまった」
レオニス様はそこで話を切り、大きく深呼吸しました。
「二人は……その……こ、子供を……見たがっている……。
君と妖精殿が離宮での暮らしを気に入っているのは知っている。
だから、宮殿に移れとは言わない。
その……、俺が……時々、離宮に泊まりに来ても……いいだろうか?」
レオニス様のお顔は真っ赤でした。
レオニス様が離宮に泊まる?
フェルを交えてお泊り会でもするのでしょうか?
それとも寝ずにパーティ?
「最初に……君に触れないとか、いずれ離縁するとか言ったことを、ずっと……後悔している……。
君は、とても魅力的な人だ……。
君が許してくれるなら……その、き、君と……共寝を……」
その時、部屋の扉がノックされました。
レオニス様は、言いかけていた言葉を呑み込んでしまったようで、口をパクパクとさせていました。
「どうぞ」
私が返事をすると、クレアさんが入ってきました。
「王太子殿下、王太子妃様、お話し中のところ申し訳ありません。
お取り込み中でしたら、改めて伺いますが……」
クレアさんにそう言われ、レオニス様は彼から私の手を離し、距離を取りました。
「と、取込み中なんて……そ、そんなことはありませんよ!」
レオニス様と他愛のない話をしていただけですから。
「それでクレアさん、どうしたのですか?
何か急ぎの用事ですか?」
「それが、今しがた王太子妃様宛にこのようなお手紙が……」
クレアさんが神妙な面持ちで、私に手紙とペーパーナイフの乗った銀製のサルヴァを差し出しました。
「私に手紙……?」
私はサルヴァから手紙を受け取りました。
私に手紙を書いてくれる人なんかいたかしら?
「差出人は、ノーブルグラント王国のシャルロット王女です」
「えっ?」
クレアさんに言われて、一瞬ポカンとしました。
手紙の裏面を見ると、王家の蝋印と共にシャルロットの名前が記されていました。
異母妹が私に手紙を書くなんて……。
私達は手紙のやり取りをするような仲ではありません。
いったい手紙には何が書かれているのでしょうか?
私はトレイからペーパーナイフを取り封を開けました。
手紙の内容を読んで、私は唖然としました。
「…………」
「アリアベルタ?
手紙にはなんて書いてあったのだ?」
手紙を握ったまま動かない私を、レオニス様が心配して声をかけてくれました。
「妹が……」
「君の妹がどうかしたのか?」
「シャルロットが……ヴォルフハート王国に来るそうです」
私がそう告げると、レオニス様は目を見開きました。
「君の妹がこの国に来るだと?
こちらには、ノーブルグラント王国からなんの知らせも来ていないぞ?
それで君の妹はいつこの国に来るんだ?」
レオニス様が顔を顰めました。
先触れもなしに他国を訪れるのは失礼に当たります。
彼が嫌そうな顔をしても仕方ありません。
「それが……手紙には今日の日付が記されています」
「はっ? 今日だと?」
レオニス様が目を見開き、口をポカンと開けました。
私も、彼と同じような表情をしていたと思います。
先触れとは、何日か余裕を持って知らせるものだと思っていました。
まさか隣国の王室を訪れる知らせを、その日に届く手紙で知らせて来るとは思いませんでした。
その時、また扉がノックされました。
「入れ」
レオニス様が短く返事をすると、メイドが部屋に入ってきました。
「王太子殿下、王太子妃殿下、失礼いたします。
ノーブルグラント王国のシャルロット王女が、先ほど城を訪ねて参りました。
シャルロット王女は、王太子殿下と王太子妃殿下に面会を求めております」
メイドに言われ、私は混乱しました。
妹からの手紙が届いたと思ったら、次の瞬間には本人の来訪が知らされたのですから……。
「妹が城に来ているのですか?」
先触れがほぼ意味をなしておりません。
「シャルロット王女は妻の異母妹で、友好国の姫だ。会わないのは失礼にあたるな」
レオニス様がそう言って席を立ちました。
私も彼に続いて席を立ちました。
「レオニス様、妹の非礼をお詫びいたします」
私はレオニス様に頭を下げました。
「いや、君が謝ることではない。来てしまったものは仕方がない。丁寧に応対しよう」
レオニス様が優しい口調でそう言いました。
彼が器の広い方で良かったわ。
「シャルロット王女は今どこにいる?」
「宮殿の応接室にお通ししました。そちらでお待ちいただいております」
「そうかわかった。アリアベルタ、共に行こう」
「はい」
私はレオニス様と一緒に、妹が待つ宮殿の応接室に向かいました。




