4話「城下町と悪い噂」
十分後、フェルは戻ってきました。
「お帰りなさい、フェル!
帰ってきてくれて嬉しいわ!」
戻ってきた彼の眉間には、いくつもの皺が寄っていました。
いつも温厚なフェルがこんなに怒るなんて、何があったのかしら?
私はフェルを抱きしめ、膝の上に乗せました。
フェルが側にいてくれる。それだけで私の心には明かりが灯ります。
「ただいまなのだ!
アリー!
一人にしてごめんなのだ!」
「大丈夫よ。
それより何かわかったかしら?」
「そうなのだ!
いろんなことがわかったのだ!
アリーは第二王女の罪を全部着せられていたのだ!」
「ええっ?!」
第二王女って異母妹のシャルロットのことよね?
彼女はいったい何をしていたというの?
「パレードに同行している馬車に乗っている、兵士とメイドが話していたのを聞いたのだ!
シャルロット王女は可愛らしい見た目とは真逆の性格だったのだ!」
「どういうことなの?」
「シャルロット王女はとてもお金遣いが荒いのだ!
毎日のようにドレスやアクセサリーを買い漁り、お城のお金を無駄遣いしているのだ!
それに加えて彼女はヒステリックな性格で、気に入らないことがあると、使用人に八つ当たりしていたのだ!」
「なんてことなの……!」
可愛らしい見た目に反して、そんな恐ろしい事をしていたなんて……シャルロットは酷い子だわ。
「その罪を全部アリーに着せたのだ!
アリーが今日、派手派手のへんてこなドレスを着せられたのも、
屋根のない馬車に乗せられ街をパレードさせられてるのも、
アリーが噂通りの人間だと民に印象付けるための、
国王や第二王女の策略なのだ!」
フェルは頭から湯気が出るくらいプンプンと怒っていました。
彼のお話の通りなら、街に私の悪い噂が流れていることになります。
そこに噂通り豪華な馬車に乗り、派手なドレスを纏った私が現れたら……民衆はどう思うかしら?
きっと噂が事実だったと認識するわね。
「民衆から暴言が飛んできた理由が、よくわかったわ」
「アリーを蔑ろにする王族も、
王族の嘘を信じる国民も大嫌いなのだ!
こんな国なんて……」
フェルは怒りに任せ、王や国民を呪う言葉を吐こうとしていました。
このままでは、この国も、王族も、国民も、彼の怒りの対象になってしまうわ!
いけない!
フェルの怒りを鎮めなくては!
妖精の怒りを買った国の末路なんて、考えただけでも恐ろしいもの。
「落ち着いて、フェル。
私も陛下やシャルロットがしたことには腹が立っているわ。
でも国民は何も知らないの。
王族が流した噂に踊らされているだけの善良な人たちよ。
だから彼らを許してあげて」
「アリーは優しすぎるのだ……」
フェルははーっとため息をつきました。
彼の眉間のしわが消えているので、彼の怒りを和らげることに成功したみたいです。
「アリーが僕の頭を撫で撫でしてくれるなら、許してあげてもいいのだ」
「もちろんよ。
ありがとう、フェル。
国民を許してくれて」
私はフェルの髪をそっと撫でました。
私が彼のふわふわした髪を撫でると、彼はくすぐったそうな顔をしていました。
ここはお母様との思い出がある国。
だから妖精の怒りを買ってほしくありませんでした。
◇◇◇◇◇
城下町を抜け森に入ると、馬車が停止しました。
同行していた兵士から、屋根のない馬車を降りて、屋根付きの馬車に乗るように言われました。
屋根のない馬車は、パレード用だったみたいです。
パレード用の馬車ほどではありませんが、屋根付きの馬車も豪華な作りでした。
この馬車を見た民が私をどう思うか、想像に難くありません。
王族は、私が華美で贅沢好きな王女だとよほど民に印象付けたいようです。
馬車にはメイドが一人同乗するようです。
彼女はお城にいるとき、部屋に呼びに来たメイドでした。
彼女は昨日私の髪を痛いほど力を込めて梳かし、今朝はコルセットをギュウギュウに締めたので、あまり良い印象がありません。
彼女は隣国に同行し、結婚式まで私の世話を焼いてくれるそうです。
不安しかありません。
メイドの名前はジャネット。
私の二つ年上で、茶色い髪をお下げにしていました。
「このメイドだよ!
兵士とアリーの悪口を言ってたのは!」
フェルがそう言って、彼女を指差しました。
どうやら彼女はパレードのとき、私の乗った馬車の後を走る馬車に乗り、兵士と私の悪口を言っていたみたいです。
「この兵士だよ!
アリーの悪口を言ってたのは!」
フェルが指さした兵士は、私の乗る馬車の御者席に座りました。
この旅には、私の敵しかいないみたいです。
国境まで三日、この人たちと旅をするのかと思うと気が重いです。
彼らが一緒だと、フェルと気軽におしゃべりできません。それが一番辛いです。
「お前たちなんか大嫌いなのだ!
あっかんべー!
ベロベロベーなのだ!」
フェルがメイドと兵士に向かって舌を出しました。
彼は今姿を消しているので、彼の姿は私にしか見えませんし、声も私にしか聞こえていません。
このままだとフェルが彼らに危害を加えそうで心配です。
後でフェルと二人きりになったら、彼がメイドや兵士をつねったり、蹴ったりしないように、注意しておきましょう。
◇◇◇◇◇
私を乗せた馬車は、途中何度か宿駅に泊まり、国境を目指しました。
ある朝、宿駅で目を覚ますと、メイドと兵士の顔に靴墨が塗られ真っ黒になっていました。
兵士は眉が剃られ、メイドは髪がチリチリになっていました。
さらに彼らの靴には、虫が入っていました。
宿駅にメイドと兵士の絶叫が響きました。
「フェル、いたずらしたら駄目じゃない」
私は誰にも気づかれないように、フェルに小声で注意しました。
彼は「僕知らないのだ〜〜」と言ってそっぽを向いてしまいました。
でも妖精を怒らせて、この程度のいたずらで済んだのなら幸せかもしれません。
妖精の力はこんなものではありませんから。