34話「ドゥンクラー・ヴァルトへ。誤解が一つ解けた」
翌日、離宮――
ドゥンクラー・ヴァルトに行くので早起きしました。
クレアさんがお弁当を作ってくれました。
茹でたじゃがいもの上にチーズをたっぷり乗せてオーブンで焼いた、じゃがいものチーズ焼き。
茹でたじゃがいもを角切りにしバターで炒めた、じゃがいもとベーコンのソテー。
じゃがいものコロッケ。
それからバスケットにパンと干し肉とチーズも詰めました。
ふわふわのオムレツも入っています。
お昼ご飯が楽しみです。
私はメイド服や農作業用の服で出かけても良かったのですが……。
王太子殿下はそれを許してくれませんでした。
殿下は冒険者用の衣服を用意し、私に着るように命じました。
何でも冒険者用に特殊な繊維で作られた服なので、軽くて丈夫で動きやすいそうです。
白のブラウスに、茶色のベスト、水色のパンツ、茶色のブーツ。
服の上からフード付きのマントを羽織り、腰にポーチと護身用のナイフを付けました。
なんだかこうしていると、本物の冒険者になったみたいでわくわくします!
動きやすいように、髪はポニーテールにしました。
「アリーにはそういう服も似合うのだ!
可愛いのだ〜〜!」
フェルは私がどんな服を着せても褒めてくれます。
「ありがとうフェル」
王太子殿下は頬を染め、口をポカーンと開け締まりのない顔をしていました。
私が新しい服を着る度に彼はこんな反応をします。
似合ってないと言いたいのでしょうか……?
それとも別の意味があるのでしょうか……?
毎回のことなので慣れてきましたが、少し気になります。
「腰が想像していたよりもずっと細い……。
パンツ姿だと足が長く見える……。
それにヒップライ……んがごにょごにょ…」
殿下は俯いたまま何かボソボソと話しています。
彼の独り言にも慣れました。
「アリーには水色が似合うのだ〜〜。とっても素敵なのだ〜〜」
「ありがとうフェル。
そう言ってくれるのはあなただけよ」
私はフェルを抱きしめて、おでこにキスしました。
殿下が奥歯をギリリと噛み締め、怖い顔で睨んできます。
「俺もアリアベルタにおでこにキスしてもらいたい……!
妖精殿に負けられない……!」
危険な森に行く前なのに、フェルと遊んでいるから、たるんでいると怒られるのでしょうか?
「アリアベルタ!」
「はい?」
「今日の君はその……。
かわ、かわ、かわ、かわ、かわ……」
殿下が「かわ」と連呼しています。
もしかして彼は「川」と言いたいのでしょうか?
「ドゥンクラー・ヴァルトは川を超えた先にあるんですよね?
日暮れまでは戻らなくてはいけません!
急ぎましょう!」
殿下は、
「違う……! そうじゃない!」
と言っていましたが、気にしないことにしました。
◇◇◇◇◇
森の中では馬車は動きが悪いので、馬で行くことにしました。
私は馬に乗れないので、殿下と二人乗りすることになりました。
フェル以外の男性と密着するのは初めてです。
こころなしか、ドキドキしてきました。
私は馬の前に乗り彼は後ろに乗りました。
馬は前の方が振動が少ないそうです。
フェルは私たちの横を飛んでいます。
「すまない……。
君は……俺に触れたくないだろうに……。
馬に二人乗りなど……」
殿下が申し訳なさそうに言いました。
彼が今いるのでどんな表情をしているのかは分かりません。
「君は……初めて会った時、魔物の返り血を浴びた俺を見て……『化け物』と……」
殿下は、あの時の言葉を気にしていたようです。
それは「化け物」と言われたら誰だって傷つきますよね。
忘れられるはずがありません。
どうしましょう?
ジャネットは国に帰りましたし、あれは彼女が言ったことだと伝えてもいいでしょうか?
ですが彼女が処罰されたら……。
私が何て言っていいか迷っていると……。
「王太子のことを『化け物』と言ったのはメイドのジャネットなのだ!
アリーではないのだ!
そもそもジャネットとアリーの声とは全然違ったのだ!
声でちゃんと判断するのだ!」
フェルがプンプン怒りながら話していました。
「フェル……そんなことを言ってはジャネットが……」
「意地悪メイドは国に帰ったのだ。
あのメイドはアリーに意地悪ばっかりしてたから嫌いなのだ。
どうなっても知らないのだ」
フェルはツーンとした態度で言いました。
妖精は気まぐれなので困ります。
「そうだったのか……!
あれを言ったのは君ではなかったのだな……!」
彼の声色は穏やかで、ほっとしているように感じました。
何はともあれ誤解が解けて良かったです。
ジャネットごめんなさい。
二度とこの国には足を踏み入れないでください。
彼女がこの国に来た時どのような目に遭っても、私は責任を取れません。
「すみません。
誤解を解く機会がなくて……」
「君のことだからメイドのことを心配していたんだろう?
王太子を『化け物』と言ったら死罪だからな」
殿下は優しい声でそう気遣ってくれました。
なぜだか彼は機嫌がよさそうでした。
「返り血を浴びた僕を見た時、君自身はどう思ったんだ……?」
彼は不安と自信のなさが混じった声で聞いてきました。
「あの時は魔物の返り血なのか、怪我をしているのかわからなかったので、怪我をしているのならば早く治療したいと思いました」
「そうか」
彼の声には安堵が混じっていました。
「私たちを守るために戦ってくれたので、とても勇敢な方だと思いました」
「そうだったのか……!」
彼の声色は弾んでいるような気がしました。
彼は今どんな表情で聞いているのでしょう?
「その言葉が聞けてよかった」
彼が私の髪にキスをした気がします。
偶然、彼の顔が私の頭に触れてしまっただけでしょうか?
確認したいのですが、馬の上だと難しいです。
そのとき、馬の体がぐらりと揺れました。
「この先は道が悪い。
ぴったりとくっついていた方がいい」
彼はそう言って私を抱き寄せました。
心臓がドクンと音を立てます。
気のせいかもしれませんが、誤解が解けてから王太子殿下との距離感がおかしいです。
フェルに抱きしめられた時とは違う、この胸の高鳴りは一体何なのでしょう?




