28話「フェルの存在を知られる」
「まぁ……これは……!」
紙袋に入っていたのは、素敵なドレスでした。
しかも一枚ではなく複数枚あります。
ピンクや、水色や、白や、黄色……色とりどりのドレスが入っていました。
「このドレスを私に洗濯しろとおっしゃるのですか?
見たところ洗濯の必要のないくらい綺麗ですが?」
服からは甘い香りがします。汚れてはいないようです。
「違う!
なぜ王太子妃の君に洗濯をさせなくてはいけない!」
「では、繕い物ですか?
どこもほつれているようには見えませんが?
このドレスに刺繍を施せとか……?」
「なぜ君にそんなことをさせなくてはいけない!
第一それではプレゼントにならないだろう!?」
「プレゼントとは隠語で、仕事をさせようとしているのかと」
「君はじゃがいもを育てたり、炊き出しをしたり、十分働いている!
それ以上のことを君に望んではいない!」
「それではこのドレスは……?」
「街に出たとき君は、作業着とメイド服しか持っていないと言っていただろう?
だから、普段着用のドレスを用意したんだ。
き、君に似合うと思って……」
彼は顔を赤らめ、伏し目がちにそう言いました。
私のために普段着用のドレスを……?
「殿下、お気持ちは嬉しいのですが、このような無駄遣いは……」
私は形だけとはいえ王太子妃です。
彼は王太子という立場上、私にそれなりの服を着てほしいのでしょう。
しかし私の仕事は、じゃがいも作りや、離宮のお掃除です。
貴婦人たちとお茶会をするわけでも、パーティに出るわけでもありません。
なので、今のところ高価なドレスは必要ないのです。
「違う!
新しく仕立てたわけじゃない!
それは母が若い頃着ていたものだ!」
「王妃様が……?」
「母のドレスを君のために少し手直しした。
だから、金額のことは気にせず受け取ってほしい!」
彼の顔は真っ赤でした。
もしかして女性に贈り物をするのに慣れていないのでしょうか?
大きな図体で照れている彼が、少し可愛く見えました。
「高価なドレスをいただいても、今のところ着る機会がありませんが?」
掃除とじゃがいもを育てること以外していませんから。
立派なドレスを着てそんなことをしたら、汚れてしまいます。
「ドレスを着る機会は俺が作る!」
ドレスを着たらお茶会や、パーティに参加しなくてはいけないんですよね?
それはそれで面倒な気もします。
「君は少し無防備すぎる!
メイドの格好は可愛らしいが、君が王太子妃だと知らない連中に声をかけられ危険な目に遭っている!
君がちゃんとした身なりをしていれば、そのような危険は避けられたはずだ!」
もしかして彼は、先日炊き出しのときのことを根に持っているのでしょうか?
「炊き出しをしている時、若い男に声をかけられていた!
街を歩いていたとき柄の悪い男たちに絡まれていた!」
炊き出しの時にナンパされていたのは、クレアさんです。
道を歩いている時に出会った柄の悪い男たちは、お金が目当てだった気がします。
私がドレスを着ていても、結果は変わらなかったと思います。
「王太子殿下の気にしすぎではありませんか?」
「気にしすぎではない!
君は自分の魅力をわかってない!」
彼は眉間にしわ寄せ、私を睨みました。
私の魅力とは……?
「メイド服を着た君がポニーテールを揺らす仕草はとても愛らしくて……。
君を抱きしめたい衝動を必死に抑えているというのに……!」
「はい……?」
殿下がまたボソボソと独り言をはじめました。
「とにかく!
外に出る時はそのドレスを着て、必ず護衛を付けるように!」
殿下は意外と口うるさい人間だったようです。
今までのように放置してくれるとありがたいのですが。
「ドレスはありがたくいただきます。
王妃様にもお礼をお伝えしたいと思います。
ご迷惑でないのなら宮殿にお伺いしたいのですが……?」
この国に来てから、一度も国王陛下と王妃様にお会いしていません。
義理とはいえ親子なわけですし、この機会に一度ご挨拶したいです。
「その必要はない」
お飾り妻の私が、国王陛下や王妃様に挨拶する必要はないと言いたいのでしょうか?
それとも、謁見できない理由があるのでしょうか?
「母上は今……」
彼が沈鬱な表情をしたとき……。
「アリー、じゃがいもの匂いがするのだ! 僕も食べたいのだ〜〜!」
フェルがリビングのドアを開けて入ってきました。
彼は宙に浮いていて、姿を消していませんでした。
これでは、近所の子供です……と言い訳することもできません。
「あれ? 何で王太子がここにいるのだ?」
「フェル! 部屋に戻って、姿を消して……!」
今から王太子殿下の頭を殴って気絶させれば、「あなたが見たのは幻です」という言い訳が通用するでしょうか?
日々鍛錬している王太子殿下を、気絶させるのは難しいでしょうか?
「その子供はいったい……?
いや、それより人が宙に浮いている……!?」
王太子殿下は、大きく目を見開いて、口をポカーンと開けていました。
「もう遅いのだアリー。
王太子は完全に僕を視認しているのだ」
フェルがそう言って肩をすくめました。
どうしましょう!?
フェルの存在が、殿下に知られてしまいました!
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