20話「離宮と王太子とじゃがいもと」
「やっぱり、お庭で食べるのが最高ね」
「同感なのだ。
お日様の下で食べるふかしたてのじゃがいもは格別なのだ!」
午前中に収穫したじゃがいもは全て茹で終えました。
茹でたじゃがいもは、クレアさんに頼んでお城の人達に食べてもらいました。
仕事を終えた私は、庭のベンチに腰掛け寛いでいました。
熱々のじゃがいもをほふほふしながら、お庭で食べられるなんて最高だわ。
膝の上には愛くるしいフェルがいるし、
意地悪なメイドのジャネットは自国に帰ったし、
クレアさんとも仲良くなれたし、
お城の人達にもじゃがいもを喜んでもらえたし、
言うことなしね。
クレアさんは、午後は別の仕事があるから夕食まで来れないと言っていました。
ピチチ……! と音がし、そちらを見るとりんごの木に小鳥が止まっていました。
「あっ、雀さんが来ているのだ!」
新しいお友達ができたことが嬉しいのか、フェルが私の膝から離れ、小鳥に向かって飛んでいきました。
「気を付けてね」
私はフェルに向かってそう伝えました。
バキッ……! と小枝のようなものが踏まれる音がして振り返ると……。
そこには漆黒のジュストコールを纏った大柄の男が立っていました。
王太子殿下がこちらにいらっしゃるとは珍しいですね。
彼は驚いた表情でこちらを見ています。
もしかしてフェルが見つかったのかと、りんごの木を見ましたが、彼は姿を消していました。
ホッと胸を撫で下ろし、改めて王太子殿下に向き直りました。
「王太子殿下、いらしていたのですね」
「き、君は……アリアベルタ王女なのか……?」
王太子殿下は目を見開き、口を半開きにして、私を見下ろしていました。
私は今、メイド服にポニーテールという楽な格好をしています。
王太子殿下は、私がゴテゴテしたドレスを着て、ハデハデなメイクをしているところしか見たことないんですよね。
それなのに、私だと気付くことができました。
王太子殿下より接点があるクレアさんだって、最初は私だと気付かなかったのに。
「よく私だと、お気づきになりましたね」
「君の瞳を見ればわかる。
…………夫婦だからな」
王太子殿下は最後の方は伏し目がちに、小さな声で呟きました。
「今なんと?」
「相手の体の特徴を覚えるのは得意だ。
軍人だからな!」
「そうなんですね」
相手の身体的な特徴を覚えていて、服装が変わっても誰だか瞬時にわかるなんて、軍人さんは凄いのですね。
でも声を覚えるのは苦手なんですね。ジャネットが「化け物」と叫んだのを私の声だと思っているのですから。
「先ほど君は『気を付けてね』と言っていたが誰に言っていたのだ?
誰か他にいるのか?」
王太子殿下にはフェルのことが見えません。
なんとかごまかさなくては。
「苗木に止まっている小鳥に話しかけたのです」
りんごの苗木にはまだ小鳥が止まっていました。
フェルは小鳥とお話ししてるようです。
「小鳥に話しかけるとはメルヘンだな」
今、バカにされたのでしょうか?
「ところで、殿下どうしてこちらへいらしたのですか?
なにか緊急のご要件でしょうか?」
フェルとじゃがいもほふほふタイムを満喫したいのですが……とは言えません。
「俺がここに来てはまずいことでもあるのか?」
彼は少し傷ついた顔をしていました。
私の言い方が悪かったでしょうか?
「そのような意味では……。ですが、私の発言が殿下の不快を招いたのなら謝罪します。申し訳ございません」
王太子殿下が離宮にいると、フェルとのんびり過ごせないんですよね。
「その……侍従長から聞いた……。
君は祖国から持ってきた種芋を庭に植え、収穫したじゃがいもを使用人に配ったそうだな?」
殿下は少し照れながら、そう言いました。
「品種改良の進んだじゃがいもを、祖国から持ち出してくれたことに感謝する。
それから、使用人にじゃがいも振る舞ってくれたことにも礼を言う」
王太子殿下にお礼を言われるとは思いませんでした。
意外と素直な人なのかもしれません。
「いえいえ、当然のことをしただけですから」
「それで、その……」
「はい?」
王太子殿下は何か言いにくそうにしていました。
「俺にも……じゃがいもを分けてくれないか?」
彼は顔を真っ赤に染め、恥ずかしそうに言いました。
「王太子殿下に召し上がっていただくじゃがいもなら、先ほど宮廷に届けましたよ」
寂れた離宮ではなく、宮殿の豪華な食堂で召し上がった方がいいと思います。
私がそう伝えると、彼は少しショックを受けた顔をしていました。
「そうではなく、そなたがベンチで食べているのが美味しそうで……。
だから一緒に……」
彼は俯いたままボソボソと喋っています。
「すみません、今なんと……?」
「もういい!
礼を言いに来ただけだ!
じゃあな!」
彼はそういうと踵を返しました。
「お待ちください!」
私は殿下のジュストコールの袖を掴んでいました。
王太子殿下に、庭の拡張をお願いするのを忘れていました。
「な、なんだ……?」
振り返った彼は、少し嬉しそうな表情をしていました。
「宮殿の方々には、じゃがいもをお腹いっぱい召し上がっていただけました。
ですが、城下町の民はまだ飢えています。
もっとじゃがいもを作り、民にも配りたいと思います。
それには、離宮の庭だけでは足りません」
じゃがいもは、毎日収穫できます。
ですが、離宮の庭で作るだけでは民にまで行き届きません。
「なので畑を拡張したいと思います!
宮殿の庭も貸してください!」
私は王太子殿下に頭を下げました。




