表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/53

2話「妖精との暮らし」



「アリー、国王の話はなんだったのだ?」


離宮の扉を開けると、フェルが出迎えてくれました。


離宮はキッチン、ダイニング、リビング、寝室を兼ねた土間づくりの部屋です。


「ただいま、フェル。

 私、隣国の王太子に嫁ぐことになったわ」


「ええっ!?

 何なのだそれ?

 話が急すぎるのだ!」


「明日の朝にはここを発たなくてはいけないの。それまでに荷造りしないとね」


「王族はいつでも勝手なのだ!」


彼の名前はフェル、本当の名前はフェリックス。


母が村を出るとき連れてきた妖精です。


フェルは初夏の植物のような鮮やかな緑色の髪と瞳を持ち、七歳ぐらいのあどけない少年の姿をしています。


彼の顔立ちはとても可愛らしく、瞳はくりくりと大きく、肌は白く、ほっぺはぷにぷにしている。


母の育ったのはこことは別の大陸にある山奥の村。


その村は妖精と共存している村で、一人に一匹妖精がついていたそうです。


村の人間は外に出ることが禁じられていたけど、母は外の世界が見たくて、フェルを連れて旅に出ました。


母はいくつもの山を越え、川を越え、船に乗って大陸を越え、何年か旅をして、ノーブルグラント王国に落ち着きました。


そうして母が王都のカフェで給仕のお仕事をしていたとき、お忍びで街に来ていた父に見初められました。


フェルは母が亡くなった後も、私の傍にいてくれます。


彼が傍にいてくれたお陰で、母が亡くなった後も寂しくありませんでした。


それに、フェルの能力のおかげで飢えずに済んでいます。


フェルは作物の成長を促進する能力を持っています。


じゃがいもなら一日、りんごやみかんなどの木になる植物なら、種から植えても半年で収穫できます。


腐ったりんごから種だけ取り出して、水で洗ったものを天日に干して、畑に蒔くとよく育つのです。


離宮のお庭とフェルのお陰で、今まで生きてこれました。


フェルは他にも姿を消したり、飛んだりもできます。


フェルは、私と母以外の前では姿を消しています。


だからメイドは元より、父ですら妖精の存在を知りません。


「そう言わないで、フェル。

 私はちょっとだけわくわくしているの。

 だってお城の外に出られるのですもの」


「アリーはずっと離宮で暮らしていたのだ。

 だから外の世界を知らないのだ。

 気の毒なのだ」


外の世界ってどんなところなのかしら?


外の世界の情報は、お母様から聞いたお話と本で得た知識のみ。


実際に目にする世界はどんなものなのか、私は少なからず興味がありました。


隣国のお城にも庭があるかしら?


そこで植物を育ててみたいわ。


「一時間後にメイドが呼びに来るの。

 今日はこれから宮殿に移動して湯浴みをしたり、髪を梳かしたり、ドレスの採寸をしたりしなくてはならないの」


それまでに、荷造りを済ませておかなくてはいけません。


私はタンスを開け、ベッドの上にトランクを置きました。


これは母が嫁入りするときに持ち込んだものです。


「畑の作物を収穫している時間はないわね」


窓の外に見える果樹園にはりんごやみかんや桃がたわわに実り、畑にはじゃがいもの葉が茂っていました。


「種芋用に取っていたじゃがいもと、いざという時の為に天日干ししていた植物の種を、持っていきましょう」


片方に母の形見のドレスを、もう片方に種芋と果物の種を詰めました。


「この果樹園と、さよならするのは寂しいわ」


窓を開け、私は感傷に浸りました。


小さなお庭でしたが、私にとっては母とフェルと過ごした大切な場所です。


ここには、たくさんの思い出が詰まっています。


青々と茂った木々の隙間から、たわわに実ったりんごが見えました。


あの果物は、誰にも収穫されないのですね。


そんな果物が哀れに思えてきました。


「心配ないのだ。

 果物は鳥さんたちが代わりに食べてくれるのだ。

 じゃがいもだって他の動物や虫が食べてくれるのだ」


「そうね」


そのとき、りんごの木にスズメが止まり果実をつついているのが見えました。


その光景を見て、私は少しだけほっこりとした気持ちになりました。


「フェルは隣国までついてきてくれる?」


「絶対にアリーと一緒に行くのだ!

 置いてけぼりなんて嫌なのだ!」


「ありがとう、フェル。

 そう言って貰えて嬉しいわ。

 あなたが一緒なら、どこに行ってもやっていけるわ」


フェルが一緒なら百人力です。


隣国でも、もしかしたら食べ物をもらえないかもしれません。


でもフェルがいてくれたら、果物の種と種芋と畑さえあれば、食べ物には困りません。



◇◇◇◇◇



そのとき、玄関のドアが乱暴にノックされました。


「王女様、お時間です」


外から女性の声がしました。


どうやらメイドが呼びに来たようです。


彼女の言葉から不機嫌さがにじみ出ていました。


「はい。

 今行きます」


私はメイドに短く返事をしたあと、窓を閉めました。


そして、小声でフェルに話しかけました。


「フェル。

 他の人に見られると面倒なことになるわ。

 隣国に着くまで……ううん、安全なところに着くまで姿を消していてくれる?」


「わかったのだ」


フェルは大きくうなずいて姿を消しました。


妖精の加護を受けている私の目には、フェルの姿が透き通って見えます。


ですが他の人には、彼の姿は認識することはできません。


「これでアリー以外の人間には、僕の姿は見えないのだ」


「ありがとう、フェル。

 これで安心ね」


私がフェルと会話していると、メイドが玄関の扉を開けて部屋の中に入ってきました。


「王女様、お支度はまだでしょうか?」


彼女は不機嫌なのを隠そうともせず、そう言いました。


「時間を取らせてごめんなさい。

 母にお別れを言っていたの」


隣国に行ったら、おそらくここには二度と戻ってこられないでしょう。


天国の母に、旅立ちの挨拶をしていたのは本当です。


「そうでしたか。わたしは外で待機しています。お母様へのお別れは手早く済ませてくださいね」

 

彼女は事務的にそう告げると部屋を出ていきました。


フェルはメイドの後ろ姿に向かってあっかんべーをしていました。


妖精は特別な力を持っていると、生前母から何度も言われました。


妖精の存在を秘密にするようにとも。


妖精の力を悪人に利用されたら大変だからです。


隣国に行っても、フェルの存在を知られないように気をつけなくてはいけません。


「メイドは僕の存在に全然気が付かなかったのだ。僕の魔法は完璧なのだ」


フェルがえっへんと胸を張りました。


「そうね。

 あなたの魔法はいつ見ても凄いわ」


「それにしても失礼なメイドなのだ。

 部屋の主に許可なく部屋に入ってきて、荷物も運ばないなんて!」


「フェル、誰かに期待してはだめよ。

 お母様が亡くなってから、ここの人たちはいつもあんな感じでしょう?」


母が亡くなってからというもの、私はお城の人達にぞんざいに扱われてきました。


私に優しくしてくれたのはフェルだけです。


「僕、アリー以外の城の人間は嫌いなのだ」


フェルは頬を膨らませ、プンプンと怒っています。


母の時代から生きているフェルは、私より遥かに年上です。


だけど妖精の年の取り方と、人間の年の取り方は違うようで、フェルは幼い外見の通り中身もお子様なのです。


なので彼は、喜怒哀楽が直ぐに顔に出ます。


私はそんなフェルの明るさに、励まされてきました。


彼がいなければ、私は寂しくて病気になっていたことでしょう。


私にとってフェルは、家族同然の大切な存在なのです。



◇◇◇◇



私はトランクを玄関の前に置きました。


お母様と暮らしたこの部屋とも、今日でお別れです。


私は部屋を見回し、頭を下げました。 


「今までありがとう」


それからお礼を伝えました。


この家があったから、天露をしのぎ、冬の凍えるような吹雪からも身を守ることができました。


「お母様、私、隣国の王太子に嫁ぎます。

 どうか私が隣国に行っても、天国から見守っていてくださいね」


頭を上げ、天国のお母様にお別れの挨拶をしました。


トランクを持って玄関を出るとき、何とも言えない寂しさが込み上げてきました。


泣いては駄目です。


これからも強く生きていかなくてはいけないのですから。


泣いていたら、天国のお母様に心配をかけてしまいます。




※下記の長編を投稿中です。2025年1月20日

 こちらもよろしくお願いします!

「第一王子の有責で婚約破棄されたら、帰国した王弟から熱烈にアプローチされました!」

https://ncode.syosetu.com/n4446jz/ #narou #narouN4446JZ

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ