19話「結婚式と初夜」王太子視点
――王太子・レオニス視点――
城までの道のりで、アリアベルタ王女とは一言も話さなかった。
向こうも「化け物」とは会話したくないだろう。
城に着いたとき、彼女に「明日は式だ、今日は休め」とだけ告げて別れた。
彼女は戸惑った表情をしていた。
相手は見知らぬ国に来たばかりで不安なのだ。
もう少し、優しい言葉をかけるべきだったかもしれない……と少し後悔していた。
◇◇◇◇◇
結婚式当日。
アリアベルタ王女はゴテゴテした化粧に、派手なウェディングドレスを纏っていた。
ヴェールを取った時に見た彼女の瞳は、あどけない幼子のようにキラキラしていた。
そのような瞳をした彼女に、魔物の返り血を浴びた俺はふさわしくない。
祭壇の前で誓いの言葉は交わしたが、誓いのキスは交わさなかった。
彼女に顔を近づけ、「安心しろ本当にはしない。フリだけだ。化け物に触れられたくはないだろう? 俺もお前に触れたくはない」そう言って、口付けをする振りをした。
彼女の瞳を見ていると心を奪われそうになるので、その後は言葉を交わさなかった。
結婚式だけで、披露宴やパレードは行わなかった。
それから、結婚式には国王夫妻である両親は参加しなかった。
これは、彼女への意地悪ではない。
父は病のため出席できない。母は公務多忙で体調を崩している。
今の我が国には、披露宴やパレードを行う余裕がないのだ。
国王夫妻の参列しない結婚式。
その上、披露宴もパレードもないので、アリアベルタ王女は、自分が歓迎されていないと思ったかもしれない。
◇◇◇◇◇
結婚式のあと、王都の近くに魔物が出たと連絡が入り、討伐に向かっていた。
城に帰ったときには、夜も遅い時間だった。
血なまぐさい体で寝室に赴くわけにはいかない。
初夜も当然、すっぽかそうと思っていた。
しかし……。
侍従長に小言を言われた。
「初夜に寝室にいかないことほど愚かな行為はありません。
今後に影響を及ぼし、双方が後悔する結果になるでしょう。
どうか寝室に顔だけでもお出しください。
それが、夫として最低限の礼儀かと存じます」
侍従長に離宮に行くように説得された。
返り血のついた服を脱ぐように言われ、侍従長の用意した黒のジュストコールに袖を通した。
結婚式からだいぶ時間が経っているし、彼女はもう寝ているはず。
彼女が寝ていたら、顔だけ見てさっさと帰ろう。
そう思って寝室に向かった。
俺の予想に反し、彼女は起きていた。
ナイトドレスを羽織ってベッドに腰掛けている彼女の無防備な姿に、心臓がドクンと音を立てた。
「悪趣味だな」
彼女になんと声をかけたらいいのかわからず、気がつけばそんな言葉を口にしていた。
「殿下が、お越しになるとは思いませんでした」
彼女は俺の言葉を聞いて、ムッとしていた。
「今日は初夜だ。
侍従が煩いから顔を見に来ただけだ。
すぐに帰る。
お前も血なまぐさい男に触れられたくはないのだろう?」
「それは……」
彼女は俺の言葉を否定はしなかった。
「心配するな。
俺はお前の事を愛してないし、これから愛することもない。
お前との間に子を作るつもりもない。
お前はお飾りの妻として、離宮で大人しくしていればいい。
いずれ時を見て離縁してやる」
「離縁」という言葉を口にしても、彼女に傷ついている様子は見られなかった。
むしろどこか、むしろホッとしているように見えた。
当然だ。
誰が「化け物」の嫁で居続けたいものか。
「それだけだ」
俺はそれだけ言うと踵を返した。
「お待ち下さい……!」
だが、思いがけず彼女に呼び止められた。
彼女が俺のそばに駆け寄り、俺の服の裾を掴んでいた。
彼女に触れられるとは思っていなかったので、動揺を隠せない。
「放せ、私に触れると汚れるぞ」
彼女を振り払おうとしたが、彼女は俺の服を掴む手に力を入れ、離そうとしない。
「放しません!」
彼女の瞳が真っ直ぐに俺を見つめていた。
俺のことが怖くはないのか?
「そなたのことを、愛することはないといったはずだ」
冷たい言葉をかけ、突き放す。
「あなたの愛などいりません!」
彼女に断言され、ショックを受けたのは俺の方だった。
分かりきっていたことだ……。
彼女は俺を「化け物」と思っているのだ。俺からの愛情など欲しいはずがない。
ならばなぜ、彼女は俺に縋り付くのか?
子供か?
ノーブルグラント王国の国王に、「離縁するにしても、せめて一人は子供を作ってからにしろ!」と言われたのか?
「愛はいらないが子供だけは欲しいと言うわけか? 強欲だな」
「愛も子供もいりません!」
わざと意地悪な言い方をすると、きっぱりと言い切られてしまった。
わかってる……。
俺の愛情も、子供も必要ないのはわかってる。
泣いてない。
俺は泣いてないぞ。
俺は今までで一番苦しかったモンスターとの戦闘を思い出し、平静を保った。
あの時に比べたら、彼女の言葉など取るに足らない…………はず。
「なら、なぜ俺を呼び止めた?」
「庭を……」
「庭?」
「離宮の庭園を私に貸して下さい! あとガーデニング用品と作業着も!」
庭を貸して欲しいと?
まさかそのような要求をされるとは思ってもみなかった。
「我が国では不作が続き、宮殿で働く庭師すら農業に従事している。
だというのに道楽で花を育てたいだと?」
祖国を離れ、単身見知らぬ国に嫁いで来たのだ。
趣味のガーデニングぐらいしたいだろう。
ガーデニングぐらい許可してやりたいところだが、我が国の財政ではそれすら厳しい。
「言っておくが花にくれてやる肥料はないぞ」
「肥料はいりません。
鍬と鋤とスコップなどの用具と、作業着を貸してくださればそれで十分です」
健気だな。
そうまでして花を愛でたいのか?
彼女の翡翠色の瞳が俺を真っ直ぐに見据える。
ひたむきな彼女の瞳から目が離せなかった。
「おかしな女だ。
いいだろう。
庭は好きに使え。
道具はあとで届けさせる」
このまま彼女とふたりきりで寝室にいたらおかしくなりそうなので、俺は急いで部屋を出た。
そのあと、部下が王都の近郊にモンスターが出たと知らせに来た。
討伐しても、討伐してもきりがない。
俺は、それから二日、モンスター討伐に当たることになる。
モンスター討伐中は彼女と距離を置けたので、ホッとしていた。
モンスター討伐でもしていなければ、四六時中彼女の事を考えてしまいそうで怖かったから。
◇◇◇◇◇
モンスターの討伐を終え、数日ぶりに城に帰った。
城の様子がいつもと違うような気がした。
いつもは見張りの兵士が空腹でカリカリしているのだが、その日は母親の側で居眠りをしている仔犬のように、満足げな表情をしていた。
「どうした? 何かあったのか?」
俺は出迎えに来た侍従長に尋ねた。
「王太子殿下、お帰りなさいませ!
王太子妃殿下からじゃがいもの差し入れをいただいたのです。
それが大変、美味でして……!
久しぶりにお腹いっぱい食べられたこともあり、皆、顔がほころんでいるのです!」
侍従長は嬉しそうに答えた。
「王太子妃殿下付きのメイドのクレアの話によれば、じゃがいもは沢山あるそうで、明日も城の皆に振る舞ってくださるそうです」
彼がこんなに穏やかな表情をしているのを見たのは、いつ以来だろうか?
「そうか」
ノーブルグラント王国の国王は、愛人の娘であるアリアベルタ王女のことを蔑ろにしていたと思っていた。
しかし、その認識を改めた方が良さそうだ。
国王がアリアベルタ王女に、大量のじゃがいもを持たせたのがその証拠だ。
「侍従長、そのじゃがいもは、アリアベルタ王女が輿入れの際に祖国から持参したものか?」
アリアベルタ王女を迎えに行ったとき、それらしい荷物を見なかった。
「いいえ、それが違うようです。
クレアの話では、王太子妃殿下がノーブルグラント王国から持ってきた種芋を、庭園で栽培し皆に配ったそうです」
侍従長の答えに俺は首を傾げた。
「アリアベルタ王女が我が国に嫁いできてから、数日しか経過していないぞ!?
いくらなんでも、そんなに早く収穫できるはずがないだろう?」
アリアベルタ王女に庭の使用許可をねだられたのが、一昨日のことだ。
たった二日で庭を畑に変え、じゃがいもを収穫したというのか?
そんなこと、魔法でもつかわなければ起こり得ない!
「はい、わたくしもそこは不思議に思い、クレアに尋ねました。
彼女の話では、王太子妃殿下が輿入れの際に持参した種芋は、隣国で特別に品種改良されたものだそうです。
成長が早く、大寒波や、日照りや、害虫の大量発生に見舞われても、びくともしないとか」
品種改良? 隣国ではそのようなことをしていたのか?
「隣国が、毎年豊作な理由が分かりましたね」
にわかには信じがたい話だが、隣国が毎年豊作なのは事実だ。
なんらかのからくりがあると思っていたが、品種改良の技術をもっていたとはな。
しかも、大寒波や、日照りや、害虫の大量発生にもびくともしないのだから、隣国の品種改良の技術はかなり高い。
仮にそうだとしたら、品種改良したじゃがいもは他国に持ち出し厳禁なはず。
そんな貴重な種芋を持ち出したことが知られたら、王女といえどただでは済まないのではないか?
アリアベルタ王女は自分の危険も顧みず、自国から種芋を持ち出したことになる。
「侍従長、俺は彼女のことを誤解していたようだ。
彼女は俺が想像していたよりもずっと、この国の民のことを考えてくれているようだな。
彼女に礼をしなくてはならない。
今から離宮に行く」
「お待ち下さい、殿下。
その格好で王太子妃殿下に会いに行くおつもりですか?」
侍従長に指摘され、ハッとした。
モンスターの討伐中に奴らの返り血を沢山浴びた軍服。
それに沢山汗もかいた。
この格好では、アリアベルタ王女には会えない。
「その前に湯を浴びて着替えをしたい。
侍従長、用意はできるか?」
「はい。今すぐに」
侍従長が目を細め、にっこりと微笑んだ。
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