18話「隣国の王女との出会い」王太子視点
――王太子・レオニス視点――
俺の名前はレオニス・ヴォルフハート。
ヴォルフハート王国の王太子だ。
我が国は、ここ数年、大寒波や、日照りや、害虫の大量発生などが立て続けに起き、作物の収穫量が激減している。
それに加え、モンスターの動きが活発になった。
最近では、村や畑にまでモンスターの被害が及んでいる。
俺は民を守るため、自ら先陣を切りモンスター退治に向かった。
そうしてついたのが「殺戮の王子」の二つ名だ。
恐ろしいあだ名だが、国と民とを守ったことで付いた呼び名だ。不服はない。
だが、この名前で呼ばれるようになってから、婚約や婚姻の話がパタリと来なくなった。
カラスのような漆黒の髪に、魔物のような真紅の瞳、長身で、目つきが鋭く、表情の乏しかった俺は、ただでさえ気弱な令嬢には敬遠されていた。
このあだ名がついたことが決定打となり、誰からも相手にされなくなった。
父は「お前には裕福な国の王族との政略結婚をしてほしかったのだが……。年頃の令嬢はお前を恐れ、ついに婚約の話すら持ち上がらなくなった」そう酷く消沈していた。
例え、俺に「殺戮の王子」という恐ろしい二つ名がなくても、貧困に喘いでいる我が国に嫁入りしたがる姫などいないだろう。
その上、昨年末から父は原因不明の病に伏せている。
母は父の看病と公務で忙しく、このままでは母まで倒れてしまいそうだ。
俺もできる限り公務をこなしているが、モンスター退治に時間を取られ、満足に書類仕事を行えていないのが現状だ。
国民を不安にさせないためにも、俺が弱音を吐くわけにはいかない。
いつも堂々とした態度でいなくては!
そんな折、国境付近でモンスターに襲われている男を救ったのは偶然だった。
俺が助けた男は、隣国ノーブルグラント王国の国王だった。
国王は「命を助けてもらった礼に、貴国に王女を嫁がせたい」と言ってきた。
ノーブルグラント王国はこの二十年、どのような天災が起きても、変わらぬ収穫量を誇っている農業大国。
国王は、ノーブルグラント王国の宝玉とうたわれるシャルロット王女を、目の中に入れても痛くないほどに可愛がっていると聞く。
シャルロット王女を嫁にすれば、隣国からの食料の援助を受けられるかもしれない。
打算にまみれた結婚に、年頃の王女を利用するのは気の毒だとは思った。
しかし、食糧難にあえぐ我が国には他に選択肢がなかった。
俺は国王の申し出を二つ返事で了承した。
そして、数週間後……。
◇◇◇◇◇
国境にシャルロット王女を迎えに行った俺は、嫁いできたのが第二王女シャルロットではなく、第一王女のアリアベルタだと知った。
正直、嫁いできたのがシャルロット王女ではなく酷くがっかりした。
アリアベルタ王女は、国王の愛人の娘だ。
国王の寵愛を受けるシャルロット王女を嫁にするからこそ、隣国からの食料援助を受けられるという旨味があるのだ。
愛人の娘に過ぎないアリアベルタ王女の為に、国王がどれほど食料を出すか……見通しは暗い。
その上、アリアベルタ王女は酷く金遣いが荒く、使用人に暴力を振るうことで有名だ。
アリアベルタ王女は、顔にゴテゴテした化粧を施し、成金趣味の金ピカのドレスを纏っていた。
金遣いが荒いだけでなく、センスまでないとはな……。
ノーブルグラント王国は、評判が悪く金遣いの荒いアリアベルタ王女を、俺に嫁がせることで、体よく厄介払いしたのだ。
しかし、嫁いで来てしまった者を追い返す訳にもいかない。
隣国の国王は「命を助けてもらった礼に王女を嫁がせたい」と言った。
なるほど、アリアベルタ王女も「王女」には違いない。
こちらが勝手にシャルロット王女が嫁いで来ると、勘違いしただけだ。
◇◇◇◇◇
アリアベルタ王女は、馬車から降りるときドレスの裾を踏み、転びそうになった。
彼女の体を支えようと馬車の前まで走り、腕を広げた。
腕の中に降りてきた彼女は、羽のように軽かった。
彼女の体は思ったよりも細く、ちゃんと食べているのか心配になった。
俺の心配をよそに、彼女は何もないところに向かってコクリと頷いていた。
そのあと、彼女は俺が支えていることに気付き、俺から体を離すと恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「お恥ずかしいところをお目にかけました。
私の名はアリアベルタ・ノーブルグラント、ノーブルグラント王国の第一王女です。
ヴォルフハート王国のレオニス殿下ですね?
この度は、私の為に国境まで足を運んでくださりありがとうございます。
ふつつか者ですが、幾久しくよろしくお願いいたします」
そうして、彼女は何事もなかったかのように淑女の礼をした。
王女としては少したどたどしい挨拶だが、見られないこともなかった。
アリアベルタ王女の名前を聞いた兵士から、ざわめきが起きた。
「なぜ、第一王女なんだ……?」
「第二王女が輿入れするはずでは?」
「第一王女ってあれだろ? 金遣いが荒くて、暴力的って噂の……」
「美少女と名高い第二王女ではなく、悪名高い第一王女が輿入れしてくるとはな……」
「詐欺じゃないか……」
彼女の悪名は我が国にも轟いているが、当人の前で言うことではない。
「静まれ!」
俺はザワつく兵士たちを一喝した。
「ノーブルグラント国王は、
『王女を嫁がせる』と言った。
第一王女も国王の娘。
嘘はついていない。
こちら側が勝手に誤解しただけだ」
俺がそう言うと、兵士たちは静かになった。
ノーブルグラントの国王は嘘は言っていない。
どの王女が嫁いで来るか、確認を怠った俺の落ち度だ。
「部下が失礼した。
俺の名前はレオニス・ヴォルフハート。
この国の王太子だ。
末永くよろしく頼む」
「はい、殿下」
こちらが手を差し出すと、彼女は俺の手を握り返してきた。
気弱な女性なら俺の顔を見て泣き出すが、彼女は平然としていた。
なかなかに度胸があるようだ。
化粧はくどいが、彼女の翡翠色の瞳は無垢な少女のように輝いていて……彼女と目が合った瞬間、ドキリと胸が鳴った。
◇◇◇◇◇
その時、部下がモンスターの襲来を告げた。
「アリアベルタ王女を馬車に入れろ!
お前は馬車の警護をしろ!
それ以外は持ち場に付け!!
モンスターを迎え撃つ!!」
俺は王女を部下に任せ、剣を抜きモンスターの群れに飛び込んでいった。
幸い、モンスターの数が少なかったので割と簡単に討伐できた。
しかし、モンスターの断末魔はそれなりに響いていた。
我が国に着くなりモンスターに襲撃されるとは、ついていない。
アリアベルタ王女も、馬車の中でさぞや怖がっているだろう。
俺は、アリアベルタ王女の様子を見るために彼女の乗った馬車に近づいた。
その時、馬車のカーテンが開いていた。
アリアベルタ王女は俺と目が合うと「きゃあっ!」と悲鳴を上げ、「化け物!!」と言ってカーテンを締めた。
彼女に言われ、俺は自分の格好を確認した。
俺の服や体は、モンスターの返り血を浴びて真っ赤に染まっていた。
そうだった……。
戦場を知らない淑女から見れば、俺は化け物なのだ。
分かりきっていたことなのに、面と向かって言われてショックを受けていた……。
彼女とは、最低限の関わり以外持たないことにしよう。
向こうも「化け物」とは一緒にいたくないだろう。
アリアベルタ王女には最低限の使用人を付け、離宮に閉じ込めることにしよう。
そうすれば、手当たり次第に使用人に暴力を振るわれることもないだろう。
離宮に商人を近づけさせなければ、散財されることもないだろう。
それがお互いにとって最善の道だ……。
その時の俺は、その判断が正しいと信じていた。